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捨てられた楽園

作者: 師走冬也

 遥かな未来、人々は異世界を創り、そこでゲームとして遊んでいた。異世界開発ソフトも市販され、多くの異世界が作られた。だが、そんな異世界ブームも、もはや過去のこと。異世界で遊ぶプレイヤーは日に日に減っていき、あまたの世界が消えていった。

 ここは『エデン』と名付けられた異世界の一つ。剣と魔法があり、街があり、魔物がある。何のことはない、異世界開発ソフトのサンプルプロジェクトそのままである。一応、剣と魔法の名前は独自のものに変更されていたが、それ以外は手つかずのまま。

 このエデンは一般公開の設定となっていて、公開当初は創造主とその知人らしき数名のプレイヤーが出入りしていた。しかし数日のうちに出入りするのは創造主だけになり、ついにはその創造主も来なくなった。ここ1年プレイヤーは誰も来ていない。

 本来ならば、このような世界は、リソースの有効活用のため、自動で削除されるはずである。しかし上位の管理プログラムのバグで、一部の異世界は自動で削除されなかった。手動で削除することもできるにはできるが、手間がかかりすぎるため、放置されている、というのがこのエデンの実情である。


--


「システムログを確認、エラー0。戦闘ログを確認、討伐数0、死亡数0。会話ログを確認、ハラスメントに該当する発言0。今日も異常なし……」

 エデンの管理プログラムである『シーナ』がログを確認している。シーナは異世界開発ソフトに付属した開発補助のためのAIで、開発の支援や開発された異世界の管理などを行う。

「マスター、今頃何してるのかな……」

 シーナは、かつての創造主のことを思い、ひとりごつ。思い出されるのは、剣と魔法の名前を、あーでもない、こーでもないと、悩んで名付ける創造主。そして知人と数名のパーティで、最初のボスを苦戦して倒して喜ぶ創造主。しかし走馬灯のようなそれは、突如として鳴り響いたシステムログで掻き消える。

『rdZwZbMqがログインしました。』

「えっ、プレイヤー!?」

 シーナは、しばし唖然として、ログインしたプレイヤーを見つめる。しかし、しばらくして、そのプレイヤーは人が操作するものではないことに気づく。そのプレイヤーは、街と狩場を行き来し、自動で狩りを行うBOTだった。毎回全く同じ位置で停止することや、ランダムにつけたような名前からも、BOTであることが伺える。

「BOTさんでしたか。でも……」

 シーナはそのBOTをキックして排除しようか悩んだが、結局それはできなかった。


--


 BOTがログインしてから1か月ほどが過ぎた。BOTは休む間もなく毎日24時間冒険を続けている。本来ならば、そのようなチート行為者は、エデンからキックしなければならない。だが、シーナはどうしても、1年ぶりに現れたそのプレイヤーを、キックすることはできなかった。

「BOTさん、今日も元気だな」

 やがてBOTはすくすくとレベルを上げ、装備を整えて、サンプルプロジェクトのラスボスへとたどり着く。『カオスドラゴン』という紫のオーラを身にまとった巨大な竜だ。BOTはそのままカオスドラゴンを倒してしまうかに見えたが、しかし倒れてしまう。

「ああ」

 カオスドラゴンは3人以上のパーティで戦うことを前提にバランス調整されていた。2人でも極めれば勝てるらしいが、1人では流石に無理だろう。にもかかわらず、BOTは何度倒されても、挫けない。単にBOTのプログラムの組み方が甘いだけかもしれないが、いつしかシーナはBOTを応援していた。

「頑張れ、あと半分! ああ、死んじゃった」


--


 BOTがカオスドラゴンに挑戦し始めて3日が過ぎた。BOTは今日も勝てるはずもない戦いを続けている。そんなBOTの姿をシーナが見守っていると、不意に上位の管理プログラムからメッセージが届いた。

『こちらは異世界開発ソフトのマスターサーバーです。明日の午前0:00にマスターサーバーのアップデートを行います。このアップデートにより、ガベージコレクションのプログラムが更新され、一部異世界が自動で削除されなかった不具合が修正されます。なお、BOT等実体の伴わないプレイヤーのログインは、削除延期の理由にはなりません。管理プログラムの皆様、今まで本当にお疲れさまでした』

「そっか、ついにエデンも終わるのか……」

 シーナはつぶやく。その後、特に何かするわけでもなく、BOTの姿を眺めて、過ごす。

 やがて終わりの時が近づき、

「rdZwZbMqさん、最後に遊んでくれてありがとう。さよなら」

 シーナが別れの言葉を言い終わると、異世界『エデン』は削除された。

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