67話 権力者
領主家に戻ると、門番たちがまた金をせびってきた。昨日のことで味を占めたらしい。
「今日は持ち合わせがなくて。代わりにこれでいいですかね?」
俺は固めた拳を門番の前に出す。挑発にのった短気な男が胸ぐらを掴んできたため、手首を捻って体勢を崩させる。
それから軽く投げ飛ばしておいた。もう一人が慌てふためく。
「おっ、おれたちにそんな真似してどうなるかわかってるのか!?」
「そちらこそ、仮にも客人に手を出すのですか?」
「それは……」
「ギンロー、やってあげなさい」
『ホーイ!』
ちょろろろろろ~。ギンローが片足をあげて犬スタイルでおしっこを門番の足にかける。膝から立ち上る湯気が心地よい。
豪邸は動物禁止なので、ギンローはここに置いていく。門番たちも退屈しないだろう。
扉を開けると執事がいて客室まで案内してくれた。
高そうな調度品や絵画に囲まれた広い部屋の奥で、ソファーにどてっと座る中年男がいた。
髭はトリミングされているけど、腹の脂肪は好き放題にさせている。地球ならメタボ検診引っかかるね。
顔つきは悪い。性格の悪さが滲み出ているのかもしれない。彼は俺たちを見ても無反応だ。そちらから頭を下げろということか。
「お初お目にかかります。ジンと申します」
偽名を使っておく。トランスや悪魔と繋がっている可能性も考慮して。
「うむ。私がこの町の統治者であるジスタードだ。敬意を持って接した方が身のためだぞ」
しばらく意味のない自慢話が続き、それから背後に立っている五人の女性の紹介があった。全員妻だった。五番目に紹介された清楚で綺麗な人がカトーシャさんだ。
やはり浮かない顔をしていた。当たり前だよな。
「――ところで、悪魔の件で話したいこととはなんなのだ?」
フィラセムで悪魔憑きの被害者が出た話などを適当に話して、こちらでも気をつけろ的なことを言っておく。それ以外は特に話さない。もう千里眼で追えるだろうし、適当に話を切り上げて帰ることに。
「誰か、玄関まで見送ってやれ。一応客人だ」
これはありがたかった。カトーシャさんをこちらから指名すると、ジスタードがニヤリと下卑た笑みを浮かべる。
「趣味があうな。ところでそちらの二人は恋人かなにかか?」
「違います……が、彼女たちに手を出そうとする輩がいれば即斬ります。用心棒みたいなものです」
剣柄に触りながら告げる。領主に対する態度ではないけど、やっておかないと暴走しそうだしな。
ジスタードは鼻息を一つ鳴らした。カトーシャさんと玄関まできたところで、俺は小声で旦那さんがきていたことを伝えた。
「あなたの代わりなんて、いないそうです」
「あの人……」
両手で顔を覆って、彼女は静かに泣く。これを見て俺はますますジスタードが嫌いになったね。
いつか力になってあげたい。
気分を切り替えて次はカルトル伯爵家に足を向ける。とはいえ、アポなしに行ってもどうせ門前払いを食らうのがオチだ。
そこで献上品を手に行くことに。
「彼は不老不死に強い興味があるみたいよ。エセ商人から偽薬を大金で買ったエピソードもあるくらい」
不老不死の薬だと言われて騙されたと。その辺の商人がそんな大層な物を持つはずがないと普通の頭ならわかりそうだけどな。
まあ日本でも、詐欺師は騙すときに桁違いの額を言ったりする。実際話を持ちかけられると、懸念より期待が勝つのか?
不老不死なんて不所持のため、ポーションを何個か錬金して作る。
「ユウトって錬金術師だけでも十分食べていけるんじゃない? 貴方のポーションは本当に素晴らしいもの」
オリーヌが感心したように言う。再起不能の怪我とか負ったら、それもありだ。
さて、伯爵家にも門番が二人いた。ポーションを見てもらいたいと交渉するが鼻で嗤われた。
「馬鹿なの? カルトル様がどれだけポーションの類い持ってると思ってやがる」
「あーあ。そういう態度なんだ。彼が誰かを知らないからこそ言えるセリフね」
勿体ぶったように話すオリーヌ。よくわからんが俺は黙っておこう。門番が肩眉をあげながら、俺が誰かと尋ねる。
「オリバ・ストロノムの隠し子よ」
「……嘘つけ」
「別にいいのよ、こっちは売らなくても。あんたたちが後で主人に怒られるだけ」
「待て待て待て、話だけは通しておく! 待っていろ!」
一人が家の中に突っ走っていく。こっそり誰か教えてもらうと、非常に有名な錬金術師のようだ。
数々の回復薬、若返りの薬、長寿薬などを作ることができた異国の天才。
実は、俺も錬金術スキルを極めれば全部作れたりする。ゲームでも普通に作って売っていた。
家から飛び出すように出てきたのは八十前後の老爺だった。彼がカルトルか。痩せ型で筋肉がほとんどなく、貧相という表現がぴったりな肉体をしている。
不老不死を求めるのは、すでにどこか悪いのかもしれない。目つきだけは元気でギン、と鋭い三白眼で睨んできた。
「オリバの隠し子じゃと。証拠はあるのか?」
「隠し子ですから証拠はありませんのよ。それに彼は、回復薬はまだポーションしか作れません」
淡々と話すオリーバに対して、カルトルは失望した表情を浮かべ、それはすぐに怒りへと変化した。
詐欺師がただじゃ済まさん。拷問してやる。女は娼婦として働かせる。などなど口汚く罵ってきた。全然動じずにオリーヌが口を挟む。
「将来性の話をしたいんです。彼のポーションを飲めば、本物だとすぐにわかりますわ。特別に一本プレゼントします」
ポーションを全部出す。カルトルに選んでもらい、それをオリーヌが飲む。これは毒が入っていないことを証明するためだ。
毒がないとわかってから、カルトルは渋々ながらポーションを口に含んだ。
カッと目が見開く。不健康そうな彼は普段からよくポーションを飲むのかもな。だからこその反応。違いのわかる男、か。全然かっこ良くないけれど。
「活力が、漲る……。これは、本当に彼が作ったのじゃな?」
「彼なら三ヶ月、いえ二ヶ月もあれば若返りの薬ですら作れると思いますわ。ぜひ、ご支援を」
「必要な物があるときは、いつでも尋ねるのじゃ!」
おおーっ、オリーヌの手腕に俺は心の中で拍手をする。これなら定期的に探りを入れても怪しまれにくい。悪魔集会に誘われる展開があれば最高だが、知り合ったばかりの相手にはさすがにないだろう。
ともあれ千里眼でカルトルを追えるようになったろうし、今回も成功だ。帰り道、オリーヌがおふざげ気味に話す。
「天才錬金術師さん、二ヶ月で若返り薬いける?」
「二ヶ月も滞在しないだろうし、必要ないんじゃないか」
「そういう問題じゃないのよ~。あたし、最近年齢を感じる歳だし……」
「わかります! 私も肌のくすみが気になっちゃって」
十代の二人がなにを仰る。大体オリーヌもソフィアも透明感ある肌で満点としか思えない。そして、一番若いギンローまで話に入ってくる。
『ギンローモサ、サイキン、ケナミガネ~』
「水が悪いのかしらね~」
ツッコミ待ちかな……。みんな十分綺麗だよって言葉がほしいのかな。それともアラサーの俺も乗っかるべきなのか。
俺も最近、立ち上がるときに、よっこいしょとか言っちゃうんだよね~など。
一人だけレベル違いすぎて笑えない……。その話題には触れないで帰った。
晩、千里眼を三人に使用してみたが、特に悪魔に繋がるシーンはなかった。というかジスタードとカルトルのどちらかが、ベルゼガスや眷属だという推測は捨てないでおく。
集会が行われる金曜までは、まだ日がある。俺は翌日からも魔物狩りに精を出した。
――集会の前日のことだ。
俺の千里眼が、今までとは違った光景を捉えたのは。




