66話 準備
ジスタードの家はわかりやすい。貴族の家がひしめく中にあり、その中でもダントツの豪邸である。
俺がこの町を支配しているんだ! という言外の主張が聞こえてきそうだね。門には見張りがいて、掛け合ってみたけれど門前払いだった。そりゃそうだよね。
見ず知らずの冒険者なんて相手にされないか。悪魔に対する有益な情報があると伝言を頼んでおく。
「はいはい、気が向いたらな」
耳かっぽじりながらの返事である。間違いなく伝えないので、俺は彼らに一万ずつ握らせた。
「おう! 任せろ、伝えといてやる」
地獄の沙汰も金次第っていうしね。こういう金の使いかたもありなのかな。
翌日からは二手に分かれて行動する。俺とギンローはフリーPを貯める作業。
オリーヌとソフィアは聞き込み調査だ。
俺は早速ここのギルドに行き、仲良くなった冒険者たちに魔物スポットを教えてもらう。
昨日の今日で図々しいけど、体裁よりも結果を重視する。
彼らと一緒に狩りに出かけ、日が暮れるまで魔物を退治し続ける。ちなみに、冒険者たちにはめちゃくちゃ感謝された。
「ユウトとギンローが倒した魔物、本当におれたちの手柄にしていいのか?」
「あたしたちなにもしてないじゃん?」
そんな疑問にも大きく頷く。今回に限っては金稼ぎが目的じゃない。Pさえ貯まればどうでもいい。
しかも嬉しいことに、オーク系の魔物を借りまくっていたら結構大きめの魔石が一つ取れたのだ。
地球に返すのに役立つから、これはしっかりと収納しておく。
オリーヌたちの方も収穫があった。一つ、悪魔を密かに崇拝する集団がいること。二つ、ジスタードから連絡があったこと。
なんと明日、会って話を聞いてくれると言う。会わない手はない。
「悪魔崇拝についても情報は得てるわ。毎週金曜の夜は、集会を開くみたい」
「諜報力凄いな。どうやったんだ?」
「昨日ユウトがやった作戦と同じよ。片っ端からお金握らせて、知っている情報を話してもらうの。ここは税が高くて貧困に喘ぐ人も多いから比較的楽よ」
オリーヌには依頼で貯めたふんだんな資金があるからな。ソフィアの方も優秀だ。
「私は、ジスタードさんについて妙な噂を聞きました。その悪魔集会に、たまに参加していることがあるそうです」
「悪魔崇拝者なのか?」
「まだわかりません。でも、他にも変な話はありました」
ここの領地は代々ジスタード家が治めている。だがその無能な政策などから反乱が起きることも度々あるらしい。
領主の交代を求める声もいまだに強い。実際そういう動きが数年に一度発生するのだが、毎回失敗に終わる。
全員、行方不明になったり、死亡したりするから……。やる側も学習して護衛に傭兵や冒険者を雇うものの、彼らもあっさりと不幸な死を遂げる。
「怪しすぎるな」
『タシカニ!』
「本当わかってるのかなー、ギンローは」
『ワキャキャ!? クスグル、ズルイ!』
ギンローとじゃれ合いつつ、俺はまだ千里眼を使っていないことを思い出す。
みんなに告げてから覚醒、トランスを覗き見る。
……薄暗いな。トランスはベッドに腰掛け、ロウソクの灯かりで本を読んでいるようだ。石壁の部屋で、それほど広くはない。他に人や生き物はいない。自室だろうか。
ここで千里眼の効果が切れる。覚醒のときならば、一回ごとに50Pはかかるが何度でも千里眼を使用できる。
約十分後にもう一度使ってみた。同じ部屋でまだ本を読んでいた。
「一人だけを監視するより、悪魔に関係してそうな数人を毎日調べた方が効率良いかもな」
「そうね。あたしとソフィアは、崇拝者の代表は誰かを突き止めてみるわね」
「先生も魔物退治、頑張ってくださいね。お怪我だけは気をつけてほしいです」
「でもユウトなら大抵のは自分で治せるじゃない?」
「それもそうでした!」
『ベンリダネッ』
本当だね! 調子のって即死だけはしないよう注意しよう。一晩明けると、早朝から俺は出かけていく。
ソフィアはゆっくりなのに、わざわざ起きて宿の外まで見送りにきてくれた。
「いってらっしゃいませ」
いつの日か、ソフィアにはメイド服をきていただきたい……。日本のメイドカフェにソフィアを送り込んだら、きっと美人過ぎるメイドさん! として有名になること間違いなしだろう。
狩りの方は、アカゴドラゴンというトカゲ系の魔物を山の中で集中的に狩る。こいつは弱いがフリーPがかなり高い。逃げ足の速さが異常なのが関係しているかもしれない。
俺単独ではとてもとても……。
『マッテェ~~~』
ギンロー師匠と追いかけっこをしてもらい、激しい鬼ごっこの末……
『モガモモモモモッ』
ギンローが口にくわえたところを俺が斬って戦闘終了させる。ありがとうございます! 主人としてこれでいいのかと多少疑問が残るが、200Pも入ったのを見るとそんな考えも吹き飛ぶ。
次の獲物を見つけるのもギンロー先生だ。最近判明したんだけど、嗅覚だけじゃなくて視野も人間より広いみたいなのだ。
おかげで順調に狩りは進んでいく。
ジスタードに会いにいくため、早めに切り上げて町に戻る。オリーヌたちがまた有益な情報を得ていた。
「悪魔崇拝の集団を取り仕切っている人間が誰かわかったわ」
カルトル伯爵という貴族のようだ。もう老人だけど、昔からジスタードとは仲が良かったという。
ますますきな臭いな。
「また金の力を使ったのかい?」
「いいえ、今日は色仕掛けよ」
「す、凄かったんですよ。官能的なポーズで……」
ソフィアが顔を赤くするくらいにはセクシーだったと。
立派な胸を寄せ上げて「触りたい?」と酔っ払いたちに問うのだそうで。
裏事情に詳しい酔っ払いがペラペラと話したのは、酒のせいだけじゃないだろう。
「それで……触らせたの?」
「あら、気になる?」
「そ、そりゃ」
「うふふ! まぁ、毛先をちゃんと触れさせてあげたわ。誰も胸とかお尻とは言ってないもの」
酔っぱらいたち、泣いただろうな……と思いきや、結構喜んでいたというから意外だ。まあ、美人の髪に触れる機会なんてそうそうないもんね。
約束の時間より少し早めに伯爵家に出向く。
すると、門の前でちょっとした騒ぎが起きていた。若い男性が門番に殴られているのだ。彼は暴力を振るわれながらも、必死に足にしがみついて訴える。
「カトーシャに……妻に、会わせて、ください……」
「しつけえな! いい加減に諦めろよ! てめえだって大金もらったんだろ。それで新しい女見つけりゃいいじゃねえか」
「お金なんていらない! 彼女の代わりなんて、いないんです!」
悪い人には見えないな。門番の暴力がエスカレートしそうだったので俺たちは仲裁に入った。
門番がガーガーうるさいので彼を少し離れた場所に連れて行く。口の中が切れていて話し辛そうなので回復魔法を使ってあげた。
盗人などではないし、問題ないだろう。
「妻が……領主様に、奪われてしまったのです……ッ」
この国は一夫多妻制が認められていて、権力者には妻を複数持つ人もいる。ジスタードもそうで本妻以外にも数人存在するとか。
最悪なのは、彼の妻を無理矢理自分の妾的なものにしたことだ。
領主特権とやらで、昔からあるとのこと。
「今の領主様は特に酷くて……妻もすべて他人から寝取ったものなのです」
「ゲス野郎ね」
まったくだ。もはや、そういう趣味なのかもしれない。
領主の評判が悪いのも当然だ。ただ、現状俺たちが彼にしてあげられることはない。
肩を落として帰っていく彼を、俺たちはもどかしい気持ちで見送った。
次回の更新は9月3日(火)となります。




