65話 トラジスト
トランスが去った後はなんとも微妙な雰囲気が流れたものだ。クラーケンから町が救われたって歓喜もあれば、自分たちのリーダーが悪魔の手先だったという悲哀。
トランスはなまじ完璧な冒険者を演じていただけにショックも大きいよな。俺は最初からなにかあると疑っていたけど、槍で腹を刺されるまで確信を持てなかった。
まあ、一日も過ぎると各々立ち直ってはいたみたいだけどね。冒険者は日頃からメンタル鍛えられている。
多少のことではヘコまない。かっこいいね。
昼には要塞からお偉いさんが数人きて、俺たちの働きを称えてくれた。一流の料理人と美女たちを呼び、派手な宴も翌朝まで開かれた。
俺は正直、めちゃくちゃ困ったよ。だって美女が頼んでもないのにベタベタしてくるのだ。
ソフィアなんかどこか冷めた目で見てくるし……。
ギンローと遊ぼうと思ったら、あいつ他の冒険者と大食い競争始めてて俺なんか眼中になしだよ。
俺より仲良くなっていたな。
コミュ力! そう、俺にはコミュ力が足りてない!
フリースキルにあったら真っ先に取るんだけどな。
宴が終わった後はみんなで爆睡。午後に俺たちはリーバレッドを後にした。
「またどこかであったらよろしく!」
「ユウト、今度うちの町に遊びにこいよ。ギンローもな」
「お前は最高のやつだったぜ、絶対また会おうな!」
一緒の飯を食べた冒険者との別れはジンと来るものがある。特にトランスと対立したとき、俺の味方になってくれた人たち。
本当に感謝している。中にはトラジストから派遣された人がいたので、町まで同行した。
道中、町の状況を詳しく教えてもらった。ベルゼガスの存在には怯えている人が多いけど、尻尾がつかめないし、仮にわかっても対抗できない。
半ば諦めているようだ。
悪魔憑きなどが起きたら、都度対処することで長く凌いできたと。
住民からしたらたまったもんじゃないよな。
「困ったら私たちを訪ねてきて。あんたらなら大きいことやれるって信じてる」
冒険者とは門で別れた。ギルドの場所も教えてもらったので困ったときは頼るのもありかな。
入口で身分証明をして入町料を払う。これは税金なんだけど、冒険者は観光客の三分の一で良いらしい。それでも高くね?
兵士に治安について訊いた。最近荒れているってことはない。殺人事件も週に数件でおさまっていると。
数万人都市なので少ない方なんだろうか。
「とはいえ、実際はもっと多いだろう。行方不明者は殺人に数えないからな」
ということらしい。ベルゼガスはおそらくここにいる。前に潰した悪魔からの情報だし、間違いない。
ただ、居場所までは特定できない。
長年尻尾を掴ませないってことは、人間に化けることも可能だと考えるべきだ。
または、有力者に協力者がいるな。
ここより文明の進んだ日本だって、警察が政治家などに忖度するって普通にある。
警察やマスコミが発表しなきゃ、一般人は事件が起きても詳細不明だったりする。
結局、力の持つやつを押さえておけばいいって話。そして、往々にして権力者が腐っていることは多い。
ふと、オリーヌが思い詰めた顔をしているのに気づく。
「大丈夫さ、仇は絶対に討てる。あいつらの鬼畜的な所業、神が許しても俺が許さないよ」
ぶっちゃけ、神も許してない気がする。だから俺を転生者に選んだ気すらしている。
リーバレッドの博識な冒険者に教えてもらったのだが、過去に悪魔を倒しまくった勇敢な人が従えていたのがマーナガルムだという。
ただの魔獣じゃない。悪魔相手でも引けを取らない能力がある。
実感に溢れるね。忘れがちだけど、ギンローって生後数ヶ月だから……。
絶賛成長期なので、最終的にどこまでいくか想像するだけでワクワクする。
「本当に心強いわ。ずっとベルゼガスを討つと考えていたけど、心のどこかでは負けるかもって……。でもユウト、ギンロー、ソフィアの三人がいると負ける気がしないの」
「はい。私たちなら絶対勝てますよ。ね、ギンロー」
『ウム、イケルデアロウ、ナ』
やれやれ、おっさん冒険者の口癖がうつってしまったようだ。個性的な人に影響を受けやすいんだよな。可愛いけどさ。
オリーヌはギンローの頭を撫で、ソフィアとハグをしてから、俺にもハグをしてきた。
「まだ知り合って長くはないけど、心から信用しているわ」
その辺は俺も一緒だ。リーバレッドでは何回も助けられている。あの念力と大剣技があれば、単独でも悪魔に勝っちゃいそうだけどね。
俺たちはトラジストの中を散策する。武器店や防具店が多い。町の近くは多様な魔物が出没するので、魔物に特化した武器店などがあるようだ。
飛行系に特化した武器店では弓矢や投擲用の刃物を取り扱っていた。トゲのついたブーメランもあった。趣味で一つ買っておいた。
宿も多くて、今晩の寝床は楽に確保できた。
部屋に荷物を置き、作戦会議をする。
「問題は、どうやって悪魔を見つけるかですね。トランスの行方も気になります」
「まずは有力者に話を聞きたいわね」
この町を治めるのはジスタード様だったか。
領主を務めるのは、代々そこの家柄の人だと聞く。
でもこの人、あまり評判は良くない。門で別れた冒険者も愚痴っていた。税金が高い、酒と女好き、魔物への対処が遅いなど。
過去に魔物が町に侵入した際、多くの兵士を自宅前に配置して住民から顰蹙を買ったこともあるとか。
権力者ってクズが多いよな。俺が過去に読んだ本だと、人間って権力を持つと他人に共感できなくなると書いてあった。
あれ当たっているのかもしれない。
「ジスタードに話を聞くのは賛成だけど、もっと簡単に居場所がわかるかもしれない」
フリースキルの中に千里眼スキルがある。過去に関わりのあった人が現在なにをしているか短時間だけ確認できる能力。
ゲームだと覗けるのは十秒未満だった。
あとやたら取得Pが高い。ゆえに優先度は低いんだけど、今回のような状況なら有用だ。
とはいえ、残り1500Pでは到底届かない。
貯めて獲得だと、覚醒のときに困るだろう。
ベルゼガスは覚醒ありきで倒すつもりだ。使えるPは多ければ多いほど良い。
そこで、覚醒状態で千里眼を使う。これならわずか50Pで済む。
「千里眼でトランスを追う。運が良ければ、ベルゼガスに接触しているかもしれない」
「先生、素晴らしい方法だと思います。今も使えるんですか?」
「できるはずだよ。やってみよう」
俺は覚醒して、50P消費して千里眼を発動する。目を閉じると、今とは異なる光景が浮かぶ。
カメラを背後に置いている感覚だが、自分の意思で上からとか前に回したりできる。
町中を歩いている? 多くの人が行き交う。俺は視点を前に回して顔を確認する。
口元にバンダナを巻き、帽子を深く被っているけど、見えるパーツからトランスだとわかる。
視点を変えてみると、先ほど通った大通りだと判明する。変装してこの町にいるのか……。
ベルゼガスに接触しにきたのは間違いなさそうだ。
千里眼の効果が終わったので、三人にも伝えた。
『オイカケル?』
「いや、ベルゼガスの姿はなかった。それに場所がわかっても攻めるのは次の日にしたい」
覚醒は一日一回しか使えないからだ。
今後は、毎日千里眼でトランスを監視する。しばらくは泳がせておこう。
平行してトラジスト近くの魔物を退治しよう。少しでも多くのフリーPを貯めておく。
戦闘で、超強力な技を使える状態にするのが重要だ。今まで迷惑かけられた怨みもある。
高火力で一気にぶっ叩いてやりたい。




