64話 計略
俺がずっと引っかかっていたのは、トランスとの初対面のことだ。あいつは俺の実力を調べるために殺意を出してきた。それだけなら、そう不思議ではない。
本気でやり合って実力が測れることもあるだろう。問題は初見殺しの技を躊躇なく使ってきたこと。
まさにさっきの、槍を投げて操る技だ。
あんなのは中々予想できないし、初めて見る相手に死角から使ったら大体食らうはず。槍が刺さったら死ぬか、大怪我だ。
クラーケンと戦う仲間にやる技じゃない。
「……ぐっ」
痛みを我慢して槍を抜く。これがあると邪魔で動きにくい。
すぐに回復したいのだが、ピピとウリュウが攻めてくる素振りを見せた。
「いい加減にしてください」
『ユウトニ、ナニスル!』
ギンローとソフィアが俺の前に来て守ってくれる。ウリュウが魔法を放とうとしたけど、動きが強制的に止められる。
オリーヌが念力を使ってくれたのだ。
「貴方たち、ユウトを殺すつもりなの!」
「そうだよ。僕らは彼を殺さなきゃならない。なぜなら、彼は――悪魔だからだ」
そんな言いがかりあるか? 仮にそう疑っているなら、なぜこのタイミングで主張するって話だ。
当然、オリーヌたちは呆れてものを言えないが、数人の冒険者がトランスの近くに集まって武器を構える。
「おれたちは、トランスを信じる。ずっと怪しいと聞かされていてな。個人があれだけ色んな力があるのはおかしい。また、夜中に町を抜け出していたこともある。要塞で人を襲っていたからだろう」
冒険者たちに動揺が走る。今発言したのは、ベテランでそれなりに信用度の高い人だ。
テキトーな理由でも信じてしまう者が出てもおかしくない。
さっき俺が使ったデスフレアなどについても言及される。確かにフリースキルは強い。転移も回復魔法も使えて、クラーケンを滅する炎まで操るのだ。
能力的には悪魔的かもな。トランスがここぞとばかりに声を上げる。
「みんなも手伝ってほしいんだ。彼をここまで野放しにしたのはクラーケンを倒させるためだった。敵を倒した今、放っておく道理はない」
トランスのパーティに憧れている人は多い。数十人いる内、半分くらいは戸惑いつつもあちらの側についた。
それを見てソフィアとオリーヌが訴える。
「先生が悪魔なら、なぜ命を張ってクラーケンを倒すのですか? もう一度、頭を働かせてください!」
「そうよ。むしろ怪しいのはトランスとその仲間ね」
正直、俺はトランスか仲間の誰かが悪魔じゃないかと思う。今回の出来事でその疑念は強まった。
俺の能力は異常かもしれないけど、悪魔に疑われる行動なんてほぼ取っていない。要塞にいく回数ならトランスの方が遙かに多かった。
あいつが悪魔で、俺に濡れ衣を着せようとしているんじゃないか?
「俺は、ユウトを信じるね。悪魔がどんな理屈でクラーケンから町を守るんだ。今回だってユウトがいなければ撃退できたか怪しい」
俺たちみたいに外部からきた冒険者は、トランスに対して憧れもない。ありがたいことに彼らは俺を信じてくれた。
みんなが守ってくれるので、ハイヒールに専念できる。……が、傷が深すぎて治りが遅いな。
俺はまだ覚醒状態が続いている。そしてフリーPも約2000ある。500P支払ってエクスヒールを使った。
治癒力が跳ね上がり、立ち上がれるまで回復した。
ちなみに、落ちている槍はずっとギンローが踏みつけてくれている。
『ガタガタ、ウルサイナァ』
トランスが俺を殺そうとずっと槍に力を加えていたのだ。引き続き押さえてくれるようギンローに頼み、俺は先頭に出ていく。
「クラーケンを倒した後を狙うなんて、随分と卑怯じゃないか?」
「見てくれ。あれほどの傷がもう治っている。悪魔の眷属だからこそできる芸当だよ」
トランスはまだ茶番を続けたいらしい。
ふと雨女と戦ったときのことを思い出す。その経験から、俺はとある手を使うことにした。
「俺はどの悪魔の眷属だって言うんだ。ベルゼガスか? 勘弁してくれ。ベルゼガスみたいなザコに仕えるなんて死んでもご免だね~」
ベルゼガスの眷属であることがいかに恥か。そして奴がどれだけ矮小で卑屈で下等な存在かを口にする。まあ会ったことないけどね。
ひたすら馬鹿にしていたら、トランスが顔を激しく歪ませた。冷静なあいつらしくない。
そして予備で用意していたであろう槍を天高く投擲する。それだけじゃなく、本人が別の槍を手に直接攻めてきた。
「へらへらとうるさい男だ。僕が討つ。みんなも続いてくれ!」
意識は正面だけじゃなく上にも置く。どちらかに集中するとやられるからだ。俺は激しい無数の突きを剣で捌きつつ、槍が迫ってきたタイミングでバックステップ。
地面に垂直に刺さった槍の柄を切断。残った先端を足で上から踏みつける。
「お前がベルゼガスの手下なんだろ。手口がせこいもんな」
「その減らず口――がっ……」
トランスの肩が下がる。急に数十キロの重荷でも背負わされたみたいに。オリーヌの補助に感謝しつつ、俺は懐に入り込んで斬り上げた。
こいつが悪魔の眷属じゃないとしても関係ない。こっちも殺されかけている。
「ぐぞう…………ぐぞが……」
トランスは苦しそうな声を出しながら数歩後ずさる。白目の部分が黒く、黒目の部分は赤く変色していた。悪魔か、悪魔の眷属でほぼ決まりだろう。
トランスの顔を見た冒険者たちが、それを指摘して騒ぐ。あっち側の冒険者たちも驚いている。
ピピとウリュウもその中に含む。全員、騙されていたってことだろう。ピピが唇を震わせながら声を絞り出す。
「ト、トランス。嘘でしょ? なんでそんな顔してんのよ? 悪魔とかじゃないよね?」
「悪魔の眷属がトランスの体を乗っ取っているか、もしくはこいつ自体が眷属になった。どちらにせよ、ピピやウリュウは自分の支持者として置いていたんだろう」
俺がそう指摘すると特に反論もしてこない。もう隠すのは諦めたか。日頃は信頼される冒険者として過ごし、裏では悪魔に仕える生活ね。
クラーケン襲撃がこいつの仕業とは思わないけど都合が良かったのは確かだろう。
港町では以前から殺人事件はあったが、要塞に移動してから数が跳ね上がったと聞く。港にいるクラーケン討伐隊が要塞で殺人を行うとは誰も考えない。
疑いの目が届かないと考え、動きが活発になったと推測できる。
「表の顔で善人。裏の顔で悪人。楽しいかトランス? バレたらクソダサいけどさ」
「……ユウト・ダイモン。異世界の人間で、その力はフリースキルというらしいな」
え、なんでわかるの? さすがに驚く。トランスはニタッと嫌らしい笑みを浮かべながら流暢に話す。
「君の過去なんて丸裸なのさ。これが最後のチャンスだ。ベルゼガス様の下につくんだ。お金を稼ぐ必要はなくなるし、食い物も女性も好きなだけ与えてもらえる。力だって今より強くなれる」
「俺の過去が見えてるなら、どうするか見えているだろ」
俺は踏み込み、片腕を切り落とすつもりで剣を振った。残念ながら躱されたので追おうとするが警告が入った。
「先生、上になにかいます! 気をつけてください!」
体長三メートルほどだろうか。手と翼が一体化した蜥蜴みたいな生物が、大口を開けて襲ってくる。俺は横っ飛びをして捕食を逃れた。
「ワイバーンだ……! なんでこんなところに……」
一番小型の竜種だと聞いたことがある。冒険者が言うのだから間違いないのだろう。そいつは執拗に俺を襲うことはなく、足でトランスを掴んだまま空に浮上していく。
「ユウト、君は必ず後悔することになるよ」
出た、三下のセリフ。
お前らの手下になるよりバッドエンドなんてないといい加減わかってほしいものだ。




