63話 VSクラーケン
正午過ぎに、港を見張っていた冒険者から合図があった。紛れもなくクラーケン襲撃の合図である。
急いでギルドから移動する際、俺は一つのことを疑問に思った。クラーケンの襲撃は毎回日が出ている間に行われる。
夜ならば俺たちはかなり戦い辛くなるのに、なぜ昼にくるんだ? 単に考える頭がないからなのか……いいや、違うだろうな。
クラーケンにとっても昼の方が都合が良いのだ。触手に視覚があるか、それに近い感覚があると推測できる。
「うわ、聞いてはいたけどデカいな……」
十本の長い触手が海面から伸びている。
「全員、訓練してきた通りに動いてくれ!」
トランスが指示を出して、みんなが一斉に動き出す。俺はオリーヌと組んで、まずは吸盤と刃の触手を斬ることになっている。
捕食の触手には近づかない。俺たちが食われたら、その時点で作戦は失敗だからだ。そちらはギンローやソフィアたちが相手してくれる。
「止めるわ――いいわよユウト!」
「了解」
念力でオリーヌが触手の動きを鈍くして、俺が素早く斬り落とす。地面に落ちたやつは火炎で念のため焼いておく。
一本切断したところで状況が変化する。バシャバシャと海から魔物が上がってきたのだ。
前回は触手が引いてからと聞いているので、かなり早い登場だな。でも想定内。タコの魔物の頭に次々に矢が刺さる。ギルドの弓使いたちが最優先で奴らを仕留める。
あいつは墨を広げて厄介らしい。
「前回と違うのが一体いるわ。あたしたちがやった方が良いかも」
オリーヌが指さしたのは頭が二つある体格の良い魚人だ。顔は二つとも人間っぽいが皮膚に鱗があり、それは全身にも及んでいた。腕が左右二本ずつあって体格がかなり良い。二メートルをゆうに超えている。
……触手がちょっかいをかけてきて邪魔だな。仲間に声をかけた後に閃光を使う。
すると、触手が暴れる。やっぱり目眩ましは有効なんだ。長くは続かないだろうから、今のうちに魚人を攻める。
下段から斬り上げる。片手でキャッチされて少々驚く。掌が金属並に硬質な肉体なのかよ。
「フーフーッ」
別の手を伸ばしてきたので至近距離から火炎を噴出……しない。視界にオリーヌが入ってきたからだ。
斬。
二本まとめて腕を切断してくれた。痛覚はあるようで魚人は悲鳴をあげる。俺の剣が解放されたのを機に、一本ずつ残った腕を斬った。
最後は俺が心臓を突き、彼女が頭部をまとめて横薙ぎにする。
コンビネーションが決まると気持ち良いな!
ここでギンローとソフィアを確認する。
大口開けて捕食しようとする触手。ソフィアがギンローを抱えたまま軽やかにジャンプ。投擲されたギンローが爪でひとかきして、触手を落とす。
「さすがね。あっちも順調みたいよ。少し癪だけど」
トランスたちも捕食触手を潰したところだった。
ザパァアアアアア――と海の中からとうとう本体が姿を現した。服が水で濡れてしまった。
デカくて迫力満点で、とても気持ち悪い。三角頭でイカを模したように見えるが、グロさは比較にならない。
丸く開いた口にはホホジロザメを彷彿とさせる尖った牙がびっちりと生え揃う。目はその少し上にあるが小さめだ。
もう少し落ち着けば良いのに、顔を疲労した途端に水を噴射した。
「ひええええええええええええ!」
「助けて、流され、るっ!?」
薙ぐように水を吹くので攻撃範囲はかなり広い。
水力もとんでもない。冒険者たちが耐えられずに次々飛ばされていく。受けない方がいいな。
俺はオリーヌに触れ、転移を使って直撃を避けた。
「助かったわ」
「困ったときはお互い様だよ」
「それ、すっごくいいわね」
母親の口癖だったんだよね。俺もいつの間にか気に入っていたりして。
『ア~~~レ~~~』
ギンロォオオーーッ! 遠くに滑っていくギンローとソフィアを目にすると、駆けつけてあげたい衝動に駆られた。
実際、そうしようと思ったのだが、見透かされたように怒鳴られる。
「そちらへは行くな! 君たちがクラーケンを倒すのだろう。目的を忘れたのかい!」
リーダーに命令されちゃ従うしかない。それがギンローたちを助けることにも繋がるだろうしな。
オリーヌの準備はできている。俺たちは手を繋いだまま海の方へ走っていく。足場ギリギリのところでジャンプする。息はぴったりだ。
クラーケンが奇妙な雄叫びをあげ、真正面から水を噴射してきた。体内にどれだけ水分を蓄えているのやら……。
俺は当たる前に転移する。
移動先はクラーケンの頭上十メートルってところ。
「はあああああああああああああ!」
まさに裂帛の気合いでもって、流星落としを決めにかかるオリーヌ・ロングストン。
結果は――大成功!
三角頭を真ん中から裂いていき、ついには目と目の間まで大剣を食い込ませた。
ちなみに俺は、海へザップーン。邪魔しちゃいけないからね。
初めて味わうであろう激痛にクラーケンが暴れる。
オリーヌが海に飛び込んできたので、一緒に陸地へ戻る。
足場がちゃんとある位置で、クラーケンが海に沈んでいくのを眺める。服や髪はびちゃびちゃだけど、心は晴れ模様。なんてね。
「キィーーーー」
巨大なモスキート音みたいなのが響いたかと思うや、海のかから再登場するクラーケン。
二つに分かれたはずの頭が修復されていく。
「嘘でしょ……。どうしてあんなことができるのよ……」
「クラーケンはあそこまで回復力があるのか?」
「いいえ、あの傷なら普通は追いつかないはずよ」
強個体だったというオチかー。帰りたくなる気持ちを堪え、俺は次の一手を考える。
またオリーヌにやってもらうことは可能だろう。けど相手も学習するし、リスクが高まる。
「危険な魔法を使います。皆さんできるだけ港から離れてください!」
大声で仲間に伝えて、誰も近づかないようにする。
みんなが離れてから俺は覚醒スキルを発動。
完治しかけのクラーケンにお見舞いする技はこれだ。
――デスフレア。
あらゆる物を焼きつくす地獄の炎と言われている。炎ではあるけど分類は殲滅魔法に属する。殲滅魔法は広範囲に凄まじく破壊力のある魔法を撃てるが、チートスキル認定はされていなかった。
理由は魔力消費量が半端じゃないからだ。魔力量を強化していないと一発で空になることもザラだった。
でも覚醒した状態であれば話は別なんだ。覚醒スキルはフリーPを使う代わりに魔力消費量が格段に減る。よって何発でもいける。
まぁデスフレアは一発2000なので、複数撃つことはない。というか一発で十分なはず。
煌々とオレンジに輝く巨大な火柱が、海から天に伸びていく。あのクラーケンを完全に隠してしまうほどであり、熱風だけでも体が燃えそうだ。太陽が目の前に現れたかのような状況には、術者の俺も耐えられなくて何歩も下がった。
港の足場部分などが溶け始まり、焦りと熱の汗が額から流れ落ちる。やばい……こんなレベルなのかい……。
やうやく魔法が消失すると酸欠でぶっ倒れそうになった。渦中のクラーケンなんて見る影もない。
「すんげええええ!」
「ウォオオオオオオ!」
「やったなぁ、おいっ!」
冒険者たちが最高のテンションで駆け寄ってくる。クラーケンを倒せたことと、初めて見る魔法への興味が混じって興奮しているのだ。
胴上げとかしてくれるのかな? 俺もふらつきながら立ち上がり――キラッとなにかが光るのを見つけた。
それは冒険者たちの間を通り抜け、瞬きする間も与えない速度で、俺の腹に刺さった。
「がはっ……」
なにが起きたかわからない。激痛だけがある。ゆっくりと腹を見ると、槍の穂が俺の腹にしっかりと食い込んでいた。
血が服に滲む。呼吸が荒くなる。この位置。立ち上がらなければ頭部に刺さっていたはずだ。
殺したい。そんな禍々しい願望が槍に詰まっているようだった。
歓声は消え、静寂が辺りを包む。近くの冒険者たちは面食らっている。彼らではない。
犯人は俺から一番離れた位置にいて、薄い笑みを顔に貼り付けていた。
やっぱりお前だったか、トランス……。




