61話 覚醒
帰ってきたオリーヌとソフィアから要塞の状況を教えてもらった。予想以上に人が襲われているらしい。
被害者に共通点はなく、子供も大人も無差別に襲われている。また血や臓物を奪われていることが多い。オリーヌが引き続き調査に当たるということで、俺も協力していくつもりだ。
その件はともかく、俺は次なるフリースキルを獲得する。
覚醒10
これもまた、ゲーム内ではチートと呼ばれていたスキルである。必要フリーPはマックスでも800とだいぶ安い。
ではなぜ、俺がそんなに頑張ってフリーPを貯めたかったか? その理由は、スキルの性質による。
覚醒10では、十分間覚醒状態に入ることができる。けど力が上がるわけでも魔法が強くなるわけでもない。本来は自分が覚えていない技を発揮できる。
それもフリースキルに存在する技なら全て。魔法であれ剣技であれ使えるのだ。
当然タダじゃないね。魔法でも剣技でも一発使うごとにフリーPを消費する。基本、強い魔法ほど高く設定されていた。
フリーPさえたっぷりあれば万能になれる。気をつけたいのはスキルじゃなくて技や魔法の購入ということ。例えば転移魔法で言うなら、一回転移するごとにPを消費する。
まあ覚えている技については特別な力は働かない。とはいえ、それすらも買うことは可能だ。
普通に使うのと買うときの違い。それは消費する魔力量。
買ったときは消費する魔力が極端に少ないんだ。
普通なら一発撃っただけでヘロヘロになる魔法だって何発も連射できる。もちろんPさえあればだけど。
俺が必死こいてフリーP集めている理由はそれだ。まあ、実はもう一つ欲しいスキルがあるのだが。
覚醒の制限としては連続発動はできない。ゲームでは、使用後は宿で休むとまた使えるようになっていた。覚醒状態は一日一回と考えるのがいいだろう。
ちなみに覚醒1では一分間、5では五分間覚醒状態になれる。俺はなるべく長くいたいので10にした。
別に反動とかはないので、長いに越したことはないかな。
もう夜になっていたが外に出て覚醒スキルを試しにいく。
なお門には見張りがいる。外に出る理由を色々尋ねられるのも面倒なので外壁の内側から外に転移した。便利すぎるね。
少し歩いて細い木の近くで立ち止まった。
ここで覚醒を発動させる。意思一つでスイッチが入るから簡単だ。
一瞬、全身に力が漲った。その後普通の感覚に戻ったけど、全身から薄らと赤いオーラのようなものがゆらゆらと出ている。
それは目を凝らさないとわからないレベルだが、確かに漏れ出ている。
「こういうの嫌いじゃないよ」
厨二心をくすぐられるね。早速、普段から使っている魔法を何発か放ってみる。やはり威力などは全然変わっていない。
そこでフリーPを消費して剣技を一つ使用する。
剣を横一閃に振る。すると斬撃波が生じて前方にあった木をいとも簡単に切断した。
おぉぉ……ちゃんと斬撃波が使えた。
これは剣術10にならないと覚えない技なのだ。剣に大量の魔力を流して、振った際にそれを前に飛ばすことによって敵を斬る。
消費Pは10だ。まあ百も回使うなら剣術10を1000で取った方が賢いかもね。
ちなみに剣術より上に魔剣術ってスキルがあるが、これは安易に取らない方がいい。
魔力消費が激しい上に剣も扱い辛くなる。、剣術スキルもロクにないのにこれを取ると大抵自滅する。ゆえに罠スキルなどと呼ばれてもいた。
まあ、使いこなせばクソ強いんだけどね。
俺は剣術10まで覚えたら、次の剣術を考えている。魔剣術以外にも受け流しを主体とした水流剣術や攻撃力特化の破壊剣術など複数存在する。
フリースキルの世界は奥が深いね。
針馬のおかげでPは千以上あるけど、無駄遣いはやめておこう。感覚を知れただけで十分だ。
引き返そうとしたが人影を見つけたので木陰に隠れる。いや、真っ二つになってんだけども……。少し遠いしバレないか?
会話は男女のものだ。
「あいつらチキンね。クソすぎない」
「とはいえ、中途半端な人に来られても困るからね。クラーケンの養分になってしまうだけだ。それに要塞も殺人事件のせいで、そこまで手薄にできない」
「たかが殺人事件でしょうが」
「悪魔が関係しているかもしれない」
一人はトランスだ。もう一人はパーティメンバーかな。人員の補充を申し出たものの、断られて帰ってきたってところか。
唐突に、会話に俺の名前が出てきて焦る。
「ま、フィラセムからの応援が予想以上に強いからなんとかなるかな」
「あ~、ユウトだっけ。あんた、あのときマジだったでしょ?」
「見せたくない技も見せたね。彼は普通の冒険者とは違う。明らかに」
「あーしは嫌いだけどねー、ああいう……」
言葉が切れる。二人ともこちらに気づくくらいには、気配察知に長けているようだ。
やべ、どうしよう……。これ、なんか盗み聞ぎしている風になってるよな。ただでさえ嫌われている俺が更にウケ悪くなるやつだ。
面倒だし、転移で離れようとするが……
「噂をすればユウト君じゃないか」
「ど、どうも」
とりあえず愛想笑いを浮かべ、なぜここにいるかを適当に説明する。
「夜中に体がうずくってことはよくあるね」
「そうなんです。今日休みだったので特に」
「本当かてめぇ~?」
栗毛のショートカット女性はかなり筋肉質で背も高い。若いけど顔つきはかなりキツい。
そんな彼女が顔を近づけてくる。右目を大きく開き、左目を細めるという独特な表情をして。こういうのって自然と覚えるの? 練習しないと絶対無理でしょ。鏡の前で練習しているのを想像すると、口元が少し緩む。
「はああ! てめーなに嗤ってんだよ!」
「いえいえ、口元が痒かっただけで」
濁しつつ、肩を押して俺から離す。またぐいと顔を近づけてくるので押し返す。コントやりたいわけじゃないんだけど。
「やめるんだピピ。攻撃的すぎる」
「だってこいつさ、絶対自分はトランスより強いと思ってる。いいわけ? なめられてんのよ、クソ雑魚Cランクに」
あ、もしかしてこの人、トランスの恋人なのかな? そうじゃなくても気はありそうだ。俺が昨日善戦したから気にくわないのか。
トランスは俺を庇ってくれる。
「実力はCじゃないからね。仮に彼が弱かったとしても仲間であることに違いはない」
「あーしは嫌だね。弱いやつが仲間なんて。ってわけで、確かめさせてもらう。あんたの転移でこの剣を避けられるかい?」
ピピは腰の剣柄に手をかける。見た目が日本刀に酷似している。鞘の形状からして緩いカーブを描いていそうだし。仮に刀なら両刃ではないのだろう。
居合いの達人みたいな構えを取っている。
ウリュウといい、トランスの仲間は面倒な人が多い。頼みの綱はリーダーだけだ。
「……」
止めないのかよ……。彼は邪魔にならないように無言で離れていく。
「お坊ちゃん、もっと距離を取ってもいいのよー」
「二十八ですけどね」
「マジ?」
俺はお言葉に甘えて十分な距離を取る。
「こんなに離れましたけど、いいですか?」
「死んでも文句は言いっこなし。訓練中の死亡って、よくあることじゃん?」
あの余裕、飛び道具があるんだろう。俺もさっき使った斬撃波か、全く別の攻撃方法か。無難に行くなら転移だけど、それが狙いかもしれない。
懐に入った瞬間斬るとかね。俺はまだ覚醒状態なので斬撃波で様子見だ。
殺傷能力は高い技だが訓練中の死亡はよくあるようだしな。
「そんじゃいく。あーしの剣はクソ速い――よっ」
俺は斬撃波を放つ。相手も全く同じ技を繰り出してきた。気が合うな。
それぞれのは途中でぶつかって相殺され、風が吹き荒れて俺の前髪を揺らした。
「てめーも撃てたのかよ……」
狙いが外れて動揺するピピ。好機なので俺はすぐに転移魔法で隣に移動、彼女の脇腹に拳を入れた。




