6話 ストーカーをしばく
「今日は少し大きくなった程度だな」
朝起きるとギンローのサイズチェックするのが日課になった。
もしかして、食事量か栄養が足りてないのかもしれない。
「急成長ないと逆に心配になってくるよ」
『シンパイ、シナクテ、イイッテバヨー』
「あっはっは、どこで覚えたんだよ~」
ギンローを何とか抱っこして一階に下りる。
食欲は相変わらずで安心する。
豚肉を食べて『ブッタニク、イチバンスキー!』、魚を食べて『サカナガ、イチバンダヨ!』、卵料理を食べて『イチバンハ、タマゴーッ!』。
君はあれか、三股とかしてる彼氏かい?
賑やかな食事を終えてから、アリナさんと軽く打ち合わせする。
「それじゃ、治癒の仕事が終わったら落ち合いましょう」
「よろしくお願いします」
ギンローを預かってもらって、俺はジェシカ治癒院に向かう。ストーカーは大抵午後から動き出すので、午前中は普通に過ごす。
今日も金持ちを治療していると、ジェシカさんが言う。
「知り合いの道具屋が、いいポーション多く仕入れたみたいなの。すごい錬金術師がこの町にやってきたみたいよ」
……それ、俺のことじゃないの?
「へえ、そうなんですね」
一応知らないフリをしておく。ポーション売りまくるなど、治癒院からしたら商売敵に思われてもおかしくない。
ところが、ジェシカさんの反応は逆だった。
「私も会ってみたいわ。いい人だったら結婚したいくらい」
「いや、それはちょっと」
「え? どうして貴方が反応するの?」
「あっ、怪我してますね、どうしましたー!」
申し訳ないが、患者さんを利用させてもらって誤魔化した。
昼前には三十人以上を診終わったので帰り支度を始める。
「ねえユウト。今日見てて思ったんだけど、貴方のヒールの効果上がってない?」
最初彼女に披露したときは回復魔法2だったけど、今では3に上がっている。
「多くの人を見たからかもしれませんね」
「一日二日で……? 何年か修行したみたいな風に感じたわ」
「それじゃあ、失礼します~」
「あー、誤魔化したわねぇ~~」
俺だけチートもらってますから、なんて説明はさすがにしにくいからなぁ。
待ち合わせ場所に行くと、すでにアリナさんとギンローが待っていた。
抱きついてペロッペロッしてくるギンローをいなしつつ、昼飯を食べに行く。
「安くて従魔オッケーなところ紹介しますね」
「気を遣ってもらってすみません」
『スミマシェン!』
そうそう、この大食いギンローのためにスミマシェン。
場所は大きめの大衆食堂で、鳥肉と魚料理を出してくれるところだった。
白米がないのと味付け薄めなのが残念だけど、贅沢は言うまい。
食事中、彼女がチラチラとアイコンタクトをしてきたので俺は確認する。
「もしかして、いますか?」
「……はい。隅っこに座っているローブの人です」
ワイン色のローブで、フードを目深に被っているため顔はよくわからない。体格は並だ。
あいつは元々、青鳥亭に客として訪れたのだが、その時にアリナさんに一目惚れしてしつこくデートに誘うようになった。
何度も断られると、ああやってストーカー化した。
「自分以外の男と付き合ったらそいつを殺す、が脅し文句でしたっけ」
「はい。ですから、私たちもあまり恋人とまでは思われない方が」
「いえ、どうせ倒すんだ。挑発しましょう」
店を出る際、俺は許可を取ってアリナさんと手を繋ぐ。それだけだと甘いので、肩も抱き寄せてみた。
「どこか迷惑をかけずに闘えるところってあります?」
「ありますけど、無理だけは」
「平気です。ギンロー、お前はアリナさんを守るんだぞ」
『ウイ!』
覚悟は決まったので案内してもらう。フード男は、予想通り後をつけてきている。
町外れのひと気のない公園で、俺は立ち止まってフード男を待つ。相手は堂々と公園内に入ってきた。
「アリナァアアアア! てめえおれを裏切ったなぁああ!」
人の目も気にしない怒声で人を脅かそうとする。この怒気まみれの男には嫌悪感しかない。
肩をふるわせ、怯えているアリナさんが可哀想だ。
「いい加減にしろよ。少女につきまとって恥ずかしいと思わないのか」
「……お前、名前は?」
「ユウトだ。そっちも名前を名乗れ」
「ケルアだ。死んでいく野郎に名乗ってもしょうがないけどな」
殺気満タンだな。俺も久しぶりにここまでイラついているので剣を抜く。ケルアは、果物ナイフくらいの刃物を両手に一本ずつ握っている。
「おれは絶対に的を外さねえ、絶対にな」
「そういう御託はいいから、早く投げてこい」
「ギエエエエエエエッ!」
奇声と共に投擲してきた。言うだけあって速いがちゃんと反応できる。剣を振って弾くと、二投目がすぐに迫る。これも難なく。
ここで三投目が即座に来たのでさすがに驚いた。
「アハハハハッ、おれは止まらねえぞ。いつまで剣を振れるか見ものだぜ」
対処しつつ観察すると、どうもスキルの収納からナイフを出して、そのまま投げているようだ。
大量にしまっておけば、体力が続く限り延々と投げられるわけだ。
そこで、投擲の合間を盗んで電撃を飛ばす。雷魔法だ。
「痛ェ!?」
手に命中して、ケルアはナイフを落として動きを止めた。俺は疾走して顔面に膝蹴りを決める。
倒れたケルアの首元に刃を突きつけて見下ろす。
「死ぬのはお前の方だったみたいだな」
「こ、殺さないで、お願い」
「でも生きてたら、アリナさんにつきまとって迷惑かけ続けるんだろう? 死んだ方がいいな」
「やめる、もう二度とやらない。約束するから」
「お前みたいなやつの約束ほど信じられないものはない」
本心だ。俺はケルアの腕に関節技を決めると、右腕を思いきり折った。耳をつんざくような汚い悲鳴が響き渡る。
「次は左腕だ。もう投擲できないようにな」
「本当にっ、本当にもうつきまといません……! 宿にも二度といきませんから、許してください」
「次、アリナさんの前に顔を見せたら命はないぞ。いいな?」
「はぃぃっ、はいぃぃっ」
目が完全に敗北者のそれだったので解放してやることにした。ケルアはナイフも回収せずに這々の体で逃げていった。
ちょっとやり過ぎた気がしないでもないな。
「これで、もうストーカーはやめると思うんですけどね」
「やっぱり、ユウトさんってすごく強いんですねっ」
『ツヨイ、ユウト、ツヨイー!』
ま、九十九パー、チートのおかげですけどね!
◇ ◆ ◇
その日の晩、俺はまた夜中に起こされた。
昨日と同じノック音。そしてドアの外にいたのもアリナさんだった。ただ昨日と違って、その、扇情的というか――ランジェリー姿なのはなぜだ!?
「ど、ど、どうしました?」
年甲斐もなく慌てる自分がカッコ悪い。不意打ち過ぎてね。
「中に入っても、いいですか」
「どうぞ」
彼女は室内に入るなりドアの鍵を閉める。なぜ鍵を? と俺が疑問に思った瞬間、胸に抱きつかれて思考が吹き飛ぶ。
「今日はありがとうございました。本当に助かりました。これはお礼っていうか、お願いっていうか」
「お礼ならもう受け取りました」
五万まけて、二十万ギラほど受け取ったのだ。
彼女は薫香漂わせながら、上目遣いで俺の顔を見つめてくる。たまらず顔を逸らすと残念そうな声音が返ってきた。
「今晩だけでいいんです。それとも、私はそんなに魅力ありませんか?」
「そんなことはないです。でも、まずいんですよ。成人男性が十八歳未満に手を出すと捕まりますし」
「そんな法律、フィラセムにはありませんよ?」
あぁ、そりゃないわ……だってここ異世界だし。それに、と彼女は付け加えた。
「仮にそうだとしても問題ありません。私、実は今日が誕生日ですから!」
「そうでしたか……」
「だからこそ、初めてはユウトさんがいいんです」
えーっ、すげー展開きたな……。しかも彼女、腕を回して俺をガッチリホールドしている。本当に初めてかってくらい積極的だ。
まあ、俺も男なわけで、ここまでされて逃げたらさすがに恥だと感じる。
結局、彼女の希望に応じた。