58話 奇妙な感覚
外の広い場所に移動して、俺とトランスは向かい合う。
移動中、オリーヌが小声で伝えてきた。
「妙ね。あたしたちのときは、ここまでしなかったのよ」
技の一つも披露すれば、納得してくれたとのこと。
オリーヌが言うには、俺に相当期待しているか、強者と腕試ししたくなったのだろうと。
別に構わないけど、お互い怪我だけはしないように気をつけよう。
怪我して本番で戦えませんでしたー、とかダサすぎるもんな。
「手加減はなしでいいからね」
「はい。そちらも全力でお願いします」
大勢に見守られながらテストは開始される。転移魔法は使っておいた方がいいよな。
能力がわかっていれば作戦も立てやすいだろうし。
それじゃ転移して驚いてもらおうか……とか調子こいてたら死にかける。
「っ!?」
槍を構えたトランスが俺に肉薄するまでに必要とした歩数――わずか一歩。
俺は咄嗟に体を捻り、突きをかわす。
脇腹の肉がかすかに斬られた。距離が近すぎて剣は振り回し辛い。そこで俺は拳をトランの真ん中に叩き入れる。
「痛っ……」
のぞったのはトランスじゃなくて俺だ。この男、なんと拳に歯で対抗してきた。
拳を噛まれた俺は動揺しまくりだ。
一旦距離を取ろうとするが、槍が獲物に襲いかかる蛇のごとく追ってくる。
心臓狙いのそれをギリギリ剣で弾く。
この人……ガチで殺しにきてるよな!?
しばらく剣で槍の対応をする。中々懐に入り込めない。
槍の利点であるリーチを上手く使ってくるんだ。……強い。
隙があったら一瞬でいくしかない。
「……今だ」
そう、剣で弾いた際、槍が大きく上に上がったのだ。俺は前に出ようとして――決めにいくのを中止する。
「チッ」
トランスが舌打ちをしながら槍を縦一文字に振り下ろす。
危な……。やっぱり誘ってたのかあれ。
こっちが焦るのを見越して、わずかな隙をわざと作る。引っかかったらあれで仕留める。
……やっぱり、殺しにきてません?
俺は眼前に火壁を作って、一時的に相手の視界から姿を消す。
「丸見えだよ!」
トランスは跳躍して上から火壁の後ろにいる俺を確認、槍を投げてきた。
このタイミングで俺は転移魔法を使用。
空中にいるトランスのそばにいく。
「転移魔法……!?」
「槍を投げたのは失敗でしたね」
そう言って俺は剣を振る。もちろん斬るつもりはない。ギリギリで止めるつもりだったけど、なんと彼は手で先に刃を掴む。
馬鹿なの? それじゃ手が斬れるだろ。
「気にしないね、僕は。手くらい失ったって問題ない。それより槍を投げたのが失敗だって?」
その態度を受け、俺は槍を目で追う。
ええ!? 自動で俺に向かってくるのでビビらざるを得ないよね。
ホーミング機能なんてありかよ……。剣はしっかり握られている。このままじゃ槍に体を貫かれる。俺は剣柄を離して、転移で地上逃げた。
槍を空中でしっかりキャッチしたトランスが遅れて着地。俺の剣もちゃっかり握っている。
ふむ……とか余裕ぶってはいられない。
「二人とも、いい加減熱くなりすぎじゃない?」
オリーヌが声を発した。周囲の人たちも同意見のようだ。
途中から殺し合いになっていると指摘する人もいた。
トランスも熱くなっていた自覚はあるのか、首を左右に振ってから長く息を吐く。
「つい本気になってしまった。ユウトがCランクってのが信じられないよ」
武器を返してきたので俺は受け取る。
「転移魔法をマスターしているとは驚愕だよ。申し分ない実力だ。でも、お互いやり過ぎちゃったね」
「そうですね。追ってくる槍には驚きました。スキルですよね?」
「魔力に反応させているんだ」
そこまでしか教えてくれないけれど、大体わかった。血液中に含まれる魔力を追跡するのだろう。
俺は二度も斬られたからな。
結構痛む脇腹をヒールで回復しておく。
お互いやり過ぎっていうけど、トランスの方が絶対熱くなってたよね。槍も寸止めとかじゃなかったし……。
「ついたばかりで疲れているだろう。今日は豪華な料理を出すから、夜まで宿で休んでて構わないよ」
「助かります」
俺たちは宿に案内される。町で一番高い宿に無料で泊まれるっていうから待遇は良い。
「先生と対等に戦えるなんて、さすがリーダーを任されるだけありますね。Aランクみたいですよ」
「俺が押され気味だったかな……」
ちなみに今回Sランク冒険者はいないらしい。
万が一捕食されたら危険……ってわけじゃなく、単に都合がつかないんだとか。
どんだけ忙しいんですかね、Sランクのみなさんは。
宿は高いだけあって広いし綺麗だし、ベッドもふかふかだった。
『フヒー、ヒヒー』
「ギンロー、ちょっと見ない間に魔物っぽくなって」
『チコクマー! ユウトハ、チコクマー!』
「はいはいごめんよ。それ言われたら俺は黙るしかないって」
「そういえば先生、異世界人の件はどうなりました?」
そうそう、それの説明はまだだった。
あらましを話す。あとは魔石を集めれば仲間を送り帰せることを伝えると、ソフィアも手伝ってくれると言う。
さらに嬉しいことに、オリーヌまで協力を申し出てくれた。
「あたしが集めた魔石を使っていいわよ。大小合わせて、十二個あったと思う」
「十二個!?」
俺も相当魔物は倒してきたけど、まだ魔石は一つしか入手していない。
桁違いの魔物を倒してきているってことか。さっきのトランスもそうだろう。経験の差が致命傷になることもありそうだ。
まあ、すぐに埋まるもんじゃないな。しばらくはフリースキルでカバーしていこうかね。
しかし十二個もあれば、転移に一気に近づくな。
「十二個なんて、売ったらいくらになるんだ」
「豪邸は買えるでしょうね。でもいいの、あたしは興味ないし。あと、貴方に恩を売っておくとあたしの目的達成も高まるしね」
ぱち、とウインクをしてくるオリーヌ。悪魔の件だろう。クラーケンが終わったら、そっちを探るんだよな。
とことん協力する意志を伝えた。
「ありがと。フィラセムに戻ったら魔石を渡すわね」
それはそうと、みんな少し疲れているっぽいのでヒールをかけてあげた。
仮眠とるよう言ってみたら、三人ともスースーと眠ってしまった。
俺は馬車で十分休んできたから特に眠くない。
夜まで外を散策することにした。
街中を歩くと、魔物の死体を広場に運んで燃やす人たちを見つける。壊れた家の補修なんかもしているようだ。
「手伝いますよ」
「ユウトか。いいんだぞ、休んでて」
「特に疲れてないんですよ」
「本気のリーダーとやり合ってそのセリフ……やっぱただ者じゃねえよ」
活動しているのは十人前後。話を聞くと彼らはこの町の冒険者だった。
自分の住む町だから少しでも良い状態にしておきたいらしい。いい心がけだね。
「ここの住民は幸せですね。素晴らしい冒険者がいて」
「照れるね。だがよ、避難先でも結構問題は起きてるらしい。治安の悪化。それに妙な殺人事件も発生してる。悪魔憑きかもな」
「悪魔憑き、よくあるんですか」
「ここはトランジストに比較的近いだろ? 噂じゃあそこにゃ悪魔八獄の一体が潜んでるとか」
また悪魔が絡んでいるんだ。今すぐ向かいたいけど、安易にここを離れるわけにもいかない。
オリーヌと相談して、時間があるときにでも調査してみるかね。




