57話 予想外
誰もが混乱するのは無理からぬことだった。
作戦会議で話されていた内容と異なるのだ。クラーケンの触手については情報通りだった。でもクラーケンの子については、イカとタコの二種類だとトランスは説明した。
実際は魚人が追加されていた。さらにタコとイカについても、墨での攻撃をしてくるなんて話はされなかったのである。
「どういうことなのよリーダー!」
「海の魔物を食べて、進化したのかもしれないっ。とにかく、この墨煙から逃れよう」
トランスが指示を出すまでもなく、全員がそのように動き出す。町の方に上がっていけば煙は届かない。
「ぎゃあ!?」
墨の煙幕の中、逃走を図ろうとした冒険者たちが次々に敵に攻撃されていく。魚人のヒレで肉を斬られ、タコに絡みつかれて骨を折られ、イカの墨で毒状態にさせられる。
先ほどの善戦が嘘のように、圧倒的に不利な立場に追い込まれた。
ブォォオオオオ――――突如風が発生する。
負けもあり得た状況に、希望の風が吹いた。
ソフィアが風魔法で強風を送り込み、墨の煙幕を徐々に晴らしていく。ただ完璧に晴らしきるには風力が少し足りない。
「ごめんなさい……私の魔法じゃ、ちょっと足りないです」
『ミンナーッ。チョットツメタイ、ケド、タエテネ』
ギンローがフリーズブレスで手助けをする。相手の体温を奪ったり氷漬けにするようなブレスだが、今回は威力を抑えている。
送り込まれた冷風はソフィアの風と相まって、タコの墨煙を吹き消すことに成功した。
視界がクリアになると、魔物たちはまた墨を吐こうとする。
「させるかって話よね」
誰よりも先に動きだしたオリーヌが、タコの魔物を電光石火の電光石火の大剣技で両断していく。
血を吹き散らしながら倒れる仲間を見て、イカと魚人は町の方へ逃げ出す。
「怖じ気づいたのでしょうか。追った方がいいですよね」
追跡しようとするソフィアに、オリーヌから助言が入った。本当に逃げるなら海にいくはず、と。
つまり、相手もまだ諦めてはいない。
怪我人が多いこともあって、残る者と追う者に分けて動く。
攻撃力のあるギンローたちは当然追った。町の曲がり角や路地裏、家の中などに魔物は狡猾に隠れていた。
そこから墨を吐いたり、刃物のようなヒレを振るうのだ。知能もそれなりに高いと窺える。
とはいえ、ネタがわかれば単純な攻め。百戦錬磨のオリーヌや冒険者には通じない。
『モエロォ~!』
ギンローの炎も火を拭く。民家に燃え移らないよう配慮もした。イカや魚人は耐える術を持たず、瞬く間に死へと落ちていく。
一時間ほどでほとんど倒し、ひとまず窮地からは脱出した。
何人かの冒険者が捕食され、怪我人が十人前後出て、民家もいくらか破壊された。損害は小さくない。
『……ニゲタノ、イルカモ』
ギンローが鼻を効かせ、町の外に逃げた魔物がいると伝える。
「私とギンローで倒してきますね」
「あたしは残るわ。よろしくね」
「はい!」
ソフィアとギンローが町の外に出て、魔物の追跡を行う。オリーヌは港で苦しんでいる人たちをギルドに運んだ。
待機していた回復師や回復魔法を使える者がヒールやキュアをかける。
またポーションなど回復アイテムも使う。
でも量が足りない。トランスが嘆く。
「参った。今回のチーム、回復魔法を使える人が少ないんだ……」
しかも、大きな問題が発生した。
「キュアが、効かない……」
「こっちもだ。この毒、ハイキュア以上じゃないと解毒できないかもしれん」
ハイキュアを使える回復師はここにいない。ハイヒールまでだ。クラーケンの子が毒を使う情報はなかったので、キュア系は重視されていなかった。
「ぐあああ、苦しい、助けてくれっ。まだ死にたくない! 子供が、いるんだ……!」
苦しむ仲間の姿を指をくわえて見ているのは辛い。
「しゃあねえ、こうなったら兵舎までひとっ走りして、助けを呼んでくる!」
そして飛び出した男は、建物の外でユウトと遭遇した。
◇ ◆ ◇
結構酷い毒だな。
俺は治癒院で色んな患者を診てきているからわかる。
毒蛇や毒蜘蛛などよりはずっと強力で悪質な毒を体内に入れられたのだろう。
ハイキュアでなんとか浄化することはできたが、目をやられていた人については、失明を免れないと思う。
少なくとも、今の俺じゃそこまで治すことはできない。
そのことを正直に伝え、謝っておく。
「とんでもない。命が助かっただけでも、あの痛みから逃れられただけでも、救われた。ありがとよ」
「俺はジェシカ治癒院で副業しています。数ヶ月後、よければ訪ねてください。違う魔法が使えるようになっているかもしれないので」
目が見えない。基本的に、これは冒険者としては終わりを意味する。もちろん普通の生活だって、今までよりは厳しくなるはずだ。
点字もないし、日本と違って障害者に優しくしようという風潮もあまりない。この世界は、そういう面ではかなり遅れているからな。
命を賭して町を救おうとした冒険者の末路がこれでは報われない。
俺の成長速度ならば、数ヶ月あれば失明だって治せるようになっているはずだ。
一通り治療が終わったところで、オリーヌが俺の肩を優しく叩いてきた。
「お疲れ様。その回復技術の高さ、貴方って何者なの?」
「ユウト・ダイモンです」
ちょっとふざけてみると、オリーヌの綺麗な笑顔が見られたので良し。
「冗談はともかく、遅れてごめん。ところでギンローとソフィアは?」
「説明するわね」
町でなにが起きたかを話してくれる。予想通り、クラーケンに襲撃されていたようだ。
町の様子から察していたので驚きはない。
ギンローとソフィアは、外に逃げたクラーケンの子を追いかけたと。実力的には問題ないというし、帰りを待とう。
その間、俺は少し遅れた自己紹介をする。ギルドのみんなが、とても好意的だ。
回復の件だけじゃなくギンローの主人ってことも大きいらしい。
ギンロー、なにした?
少しすると、会いたかったその本人たちが帰ってきた。
『オー、ユウトー!』
「先生、早かったですね」
無事と頭でわかっていたが、姿を見るともの凄く安心した。俺にとってギンローやソフィアは、もう相当大切な人になっているのかもな。
人が揃ったところで今後の展望について話し合いだ。
冒険者が捕食されたってことで、状況はあまり良くない。
次の襲撃も間違いなくあるだろう。それに備えて精鋭の補充を上に頼むようだ。
中途半端な戦力じゃ捕食されて、相手を強くする。なんとも難しいところだね。
話が一段落つくと、トランスというリーダーが俺を見る。
「ユウトくん、参加してくれて感謝するよ。僕は今回の作戦のリーダーだよ。トランスと呼んでくれ」
「わかりました。私情で遅れて、すみませんでした」
「それは構わないけど、一度実力を見せてくれるかな?」
クラーケンに対抗できるかどうかのテストってわけだ。問題ないし俺は剣を抜くのだが、ギルド内での反発が凄い。
「リーダー、そりゃないぜ。ユウトの回復の腕を見ただろう」
「それにさっきの戦いで活躍したギンローの主人なのよ。弱いわけがない」
恩人を試すなんて失礼だ。そんな流れができている。いやみなさん、俺は全然大丈夫ですよ。
トランスは全く引かず、槍を構える。
「回復の腕が一流なのは僕にもわかったさ。でも戦闘技術においても確かめておく必要がある。もちろん、僕が相手をするさ」
「了解です。俺はなにも問題ありません。ただ、ここは狭いので外に出ましょう」
「そうだね。君が話のわかる人で助かるよ」
トランスはそう言って柔らかに笑う。
優しそうな雰囲気があるのに、俺は背筋がゾクゾクとした。
リーダーだもんな。
見た目は優男風でも、中身がそうだとは限らないよね。




