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53話 悪質な実験


 門を出てしばらく大地を走り続ける。一キロほど走って後方に門兵が確認できなくなったところで、ファスターはようやくスタップを休憩させた。

 まあ、彼は全然息が上がってはいないが。

 筋力だけじゃなくスタミナもあるのだろう。


「一つ言っておくが、私は逃げたわけではないのだよ」

「知ってるよ。騒ぎを起こして捕まりたくなかったんだろう。俺としても都合がいい」

「どうせ殺すし、全てを教えてあげよう」


 さっきとは打って変わって饒舌になるファスター。この男が異世界人を召喚していたのは己の奴隷を作るためだったようだ。ここまでは予想の範疇ではある。

 ではなぜ男ばかりだったのか? 自身の開発した薬に女性は耐えられないからだ。肉体を強化するためのものだが副作用が強く、女性は早い段階で死ぬ。男性でも生き残れるのは数人に一人。


「異世界人は魔力を全く持たない者がいる。いや、持つ者が稀なのだよ。魔力を持たないから私の魔力を注入しても拒絶反応が少ない。それが実に良い」


 なぜファスターの魔力が入ると良いかを実演し始める。

 なにか魔法を使うと、スタップの様子がおかしくなった。体中から血管が浮き出て、雄叫びをあげる。力が漲ってしょうがないって感じだ。付与系の魔法だろう。

 俺も反射神経をあげるのは使えるけど、こいつは別のなにかを使っているな。

 まず筋力アップの類い。そして精神系もか? 目つきが変わり、よだれを垂れ流すスタップの姿は異常だ。


「私の魔力を有するゆえに、付与魔法の伝達力が非常に強いのだよ」

「精神も変調したように感じるが」

「うむ、恐怖の感情を殺した。恐怖は動きを鈍らせ判断力を鈍くする。百害あって一利なしなのでね」


 恐怖は死を避けるために存在する。その感情がなくなれば勝てない相手にも無謀に突進するだろう。奴隷の命など死んでも構わないと考えているからこその行動だな。


「今まで何人もの異世界人を殺しているな」

「殺すわけじゃなくて勝手に死ぬのだよ。でも無駄死にではない。あの者たちが死んだからこそ、女性は不要だと知ったし、スタップのような強者が生まれた」

「御託を並べるもいい加減にしろ!」


 さすがに感情を抑えることが難しかった。まだ地球では、その人たちの帰りを待っている家族や恋人や友人がいるに違いない。この男が彼らの希望を身勝手な理由で潰したのだ。

 俺はファスターとの間合いを詰める。剣を振り下ろす。意外にも抵抗する術はないようで、悲鳴を漏らし頭を抱えるという情けなさ。

 ところが、俺の剣は弾かれる。


「ヒガアアアアアアッ!」


 スタップの拳だ。装着している金属は相当な硬度だな。あれで殴られたら回復魔法は必須だろう。


「俺の声が聞こえるか? そもそも貴方はスタップなんて名前でもないはずだ」

「ヒガァアアウ!」


 一応やってはみたけど、やはり無駄か。奴隷契約されているのだろうし、意識がある限りファスターの命令を聞き続ける。ならば気絶させるか、もしくは……。


「殺せ、いつもみたいに叩き潰せ!」


 丸太のような腕から繰り出される無数のパンチはなかなかのものだ。中途半端な魔物なら一発だろうね。

 俺はひとまず避けることに集中した。俊敏ではあるが隙は結構ある。試しに軽く腕や太ももを斬りつけてみた。ピュッと血が噴き出るが、戸惑う様子はない。

 打撃は当たらないとみてか、俺を掴みにきた。

 剣を収納して、敢えて受けてみる。取っ組み合いになった。

 怪力スキルがあっても俺の分が悪い。元々ただの地球人だったであろう人にこれほどの剛力を出せるわけがない。

 相当辛い薬を打たれ続けてきた。それこそ寿命が縮むほど。

 スタップは俺を力任せに引き寄せ、頭突きをかましてきた。耐えられないほどじゃない。けど、俺は大げさに後退して顔を手で覆う。

 指の隙間から、ちゃんと相手の動きは見ている。


「ヒギャア!」


 拳を打ってきたタイミングで背後に転移する。相手が見失っている内に収納で剣を戻し、両足のアキレス腱を素早く斬った。

 耳の割れるような悲鳴は心に痛いが、ここを断裂されては動けまい。


「な、な、なにをやってるスタップゥウウウガァッ!?」


 間抜けなファスターの顔面に鉄拳を叩き込む。吹っ飛んだやつを追いかけ、首元に剣を突きつける。


「何人殺した? 嘘ついても構わないが、それは死に繋がるからな。よく考えて答えろ」

「……覚えていないが、おそらく」

「おそらく?」

「六人、ほど」


 俺はファスターの口元をぶん殴る。苦しんでいる間は少し待って、命乞いをしたところでハイヒールをかけてやる。ただし許したわけじゃなく、また同じように痛みを与えるためだ。

 回復しないでやれば死んでしまうからな。

 六度繰り返したところで、俺は攻撃をやめる。最後に折れた歯や鼻などは治さない。


「もう゛、許して……」

「なら、まずはスタップへの命令を解け」


 苦痛はこりごりなのか即座に従った。俺は収納で縄を出し、ファスターを縛って上半身の自由を奪う。


「彼を回復させるが、また戦闘命令を出したら……わかってるな」

「ひっ、わかってる。もう戦意はないのだよ……」


 油断はしない。こいつだって馬鹿じゃないだろう。この後の展開を考えれば是が非でも逃げたいはずだ。

 俺はスタップの両足を治療する間、ファスターからどうやって異世界陣を召喚していたかなどを答えさせる。

 この男は幼い頃から禁忌魔法に興味があり、あらゆる書物を読みあさっていた。その甲斐あって召喚魔法を覚えた。

 しかし普通の魔法と違って、魔石を大量に消費する。

 魔石は魔物からたまに取れる貴重な物だ。俺も過去に入手した経験がある。

 召喚に数ヶ月の間隔があったのはそのためか。

 俺はスタップの状態を確認する。


「俺の声が聞こえますか」

「……」

「貴方はもう今から自由ですよ」

「……うぅ」


 まともな反応が返ってこない。薬を打たれすぎて精神が壊れている状態だ。これはハイヒールでもハイキュアでも治せない。困った。ジェシカさんに頼ってみるか。あの人なら、こういうのに強い回復師を知っているかもしれない。


「もう一つ、例えばあちらから喚んだ人間を送り返すことはできるか」

「やったことはないのだが、おそらく可能だと思われる」

「返すつもりなんてないだろう。なぜ覚えた?」

「覚えたというか、要領が同じなのだよ……」


 ファスター曰く、魔法陣をあちらとこちらに出現させることが重要であって、それさえ成功すれば喚ぶのも送るのも変わらない。むしろ送る場合、魔法陣の上に確実に人を乗せられるため、喚ぶよりも楽だと言う。

 フィラセムに戻る途中、こいつは命乞いをしなくなった。

 ずる賢い男だよ本当。スタップを返すまで、自分は殺されないと悟ったのだから。


「私を衛兵に突き出すのかね」

「……まずは奴隷の紋を解かせる。そこからだ」

「契約をしたのだが。私はそちらの要望を聞く。その代わり、全てが終わったら介抱して欲しい。無論、もう召喚もしないと誓おう」

「悪党の口約束ほど信じられないものはない」

「ぬぅ」


 とはいえ、確かにこいつを公的に裁かせてしまうのはまずい。召喚以外にも罪を犯しているだろうし、きっと死刑は免れない。

 死なれると困ってしまうな。スタップもそうだけど、由里や伊藤さんを日本に帰してあげたい。

 一応、門の近くで縄はほどく。そうじゃないと結局兵士に詰問されて引き渡すハメになる。


「逃げようとすれば、捕まえて衛兵に突き出す」

「先ほどの交渉、成立と考えてもよいのだな」

「まだ決まったわけじゃない」


 なんとか門を通過して奴隷商館につく。セバールに、スタップに刻み込まれた紋を消させた。これは主人に隷属させるものだから、今後は必要ないものだ。

 ……あとは、ファスターを閉じ込めておく場所と、スタップを治してくれる場所と、魔石集めか。

 やることが多くて、嫌になってくるね。


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