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48話 凄腕冒険者の噂


 結局俺はギンローのネットリブレスを食らうハメになった。だってあいつ、足が速すぎるんだよ……。人間の足じゃ逃げ切れないって。

 それで吹っ切れた俺はギンローを湖の中にぶん投げた後、自分も水の中に入ってはしゃぎまくるはめになった。

 深夜遅くまで遊泳して、ビショビショになりながらフィラセムに帰ったわけだ。すでに朝方だった……なにをしているんだ二十八歳。

 でも気持ちよかったのは確かだな。

 そんなわけで昼過ぎまで熟睡して宿屋の一階に下りると、由里が料理を運んできてくれる。


「お疲れみたいですね。ご飯とっておきました」

「助かるよ。ギンローにも起きてきたら頼むよ」

「はい。私、ギンローがご飯食べているところ見ると落ち着くんですよね」


 癒し効果が高いもんな。ペットが健康にも良いって言われたり、ペットセラピーなんてのが地球にあったのも頷ける。

 由里とはどうしても日本での生活のことや、これからの話が多くなる。勉強の遅れなどは気になるが、今はここを生き抜くために日々必死に言語を覚えていくと彼女は言う。

 俺は神様の力だからアドバイスしにくいな……。


「困ったことがあったらすぐに俺に頼っていいよ」

「心強いです。ユウトさんって、宿の人たちに物凄く気に入られているんですね。みんなユウトさんの名前が出ると表情が柔らかくなります」

「大げさだよ」

「でもお客さんの会話でも、よくユウトさんの名前を聞きますよ」


 この宿は冒険者が多いからな。悪口とか言われてたりしてね。

 由里はだいぶ話好きだったようで言葉が止まらない。こっちではまともに話せるのはまだ俺だけなので、そこも考えて接した方が良いか。

 話が一段落つくと俺はギルドのリンリンさんに一応昨日の報告だけしにいく。

 ギルドに入ると雰囲気がいつも少々違う。みんな……特に男性たちのテンションが高い。それもただ高いだけじゃなくて目が少年のように輝いている。


「リンリンさん、もしかしてまたお祭りでもあります?」

「あー、男どものテンションが高いのはお祭りじゃくて、うちの有名冒険者が遠征から帰ってくるからなんです」

「へぇ、興味ありますね」


 リンリンさんは気前よくその人の情報を教えてくれた。まず、まだ二十歳の若い女性のようだ。容姿については男性たちの様子からもわかる通り、かなりの美人だとか。でも容姿にも負けないくらい腕が立ち、ランクはなんとA。

 しかも、実績的にはSランクでもおかしくないらしい。本人はSランクに興味がなく、昇格試験を受けるつもりがないようだ。

 ちなみに昇格試験は特別依頼で免除されることがある。

 俺はCランクに、ソフィアはDランクに試験なしで上がったのは難易度と貢献度が非常に高い依頼をこなし、マスターが責任をもって許可したからだ。

 普通は厳しい試験を突破する必要がある。


「でも、その人が帰ってくるってよくわかりますね。伝達でもあったんですか?」

「いえ、遠征依頼を最短で終わらせれば本日帰ってくるはずなんです」


 あ~、彼女なら依頼をさっくりこなして今日帰ってくるはずだとみんなが確信しているわけね。冒険者なんてトラブルはつきもの。予定がズレることも多い。それでも、そう期待するってことは噂通りの人物なのだろう。

 まぁ、俺には関係ないかもな。

 そう考えていたら、マスターが奥からやってきた。初老とは思えぬほど筋肉隆々で、短く立った白髪がかっこいい。そして頬にはある切り傷と目つきは少し怖い。


「おうユウト、海スライムはやったのか?」

「ヒルスライムよりだいぶ強かったですね。一応、全滅させたかと思うのですが」

「やっぱりお前は優秀だな。リンリンからあの件は聞いたよな」

「あの件?」


 俺が首を傾げると、リンリンさんは明後日の方向に顔を向ける。それを見たマスターが呆れたようにため息をつく。

 どうやらリンリンさん、俺に伝えなきゃいけないことをサボっていたようだ。


「遠征のこと、なんで伝えねえんだよ」

「だって! ついこの間遠征いったばかりじゃないですかっ。それなのに、また行かせるとかマスターは人使い激しいですし~」

「優秀な冒険者は遠征が多いもんだ。ギルドってのは協力で成り立ってる。うちの街だって困ったら、他の街のギルドに助けてもらわなにゃいかん。受付嬢ごときがでしゃばるな」

「あんだとジジイ! てめぇの適当な命令をいつもカバーしてるのは誰だと思ってやがる、あたしが尻拭いしてやってるからこのギルドは回ってんだろうが! 受付嬢ごときって言うならてめえがやってみろよ老いぼれ!」


 ひえっ、リンリンさんに怒りスイッチが入りました。この人、マスター相手にもこれって胆力が半端じゃないよね……。

 冒険者時代とかどれだけ荒々しかったのだろう。その時代に出会わなくて本当に良かった。

 しかしマスターもまた昭和の頑固親父みたいな人なわけで、言い合いが止まらない。周囲の冒険者たちも巻き込まれ事故を恐れて外に出たり、さりげなく距離を取る。

 仕方なく俺が二人の仲裁に入る。

 ぶん殴られるかと覚悟したけど、どうにか二人とも冷静さを取り戻す。


「……ふう。とにかくだなユウト、話だけでも聞いてみねえか」

「ええ、聞きますとも」


 断るかはともかく、内容だけでも教えてもらう。

 つい昨日、結構離れた港町から援護要請があった。

 クラーケンというイカの巨大魔物が出たという。


「クラーケンは海スライムを捕食する。港町付近のスライムが逃げてきたのは、それが理由かもな」

「また大がかりな戦いになりそうですね」

「それがよ、少し事情が複雑なんだ」

 

 クラーケンは特殊な魔物で、生物を食えば食うほど子を産む。それも食った生物が強いほど、強い子供を産む。魔力に長けるタイプなど最高のエサとなる。だから中途半端な強さの者はよこさないでくれという内容だった。

 Bランク以上の者。特殊能力があったり戦闘能力に非常に長ければB未満でも可、と。

 俺は例外枠での選抜に当たるってことだな。


「俺としては行ってほしいが、疲れも溜まってるだろう。無理にとは言わん。ただ一応、明日までに返事をくれ。もしソフィアを連れていくなら許可はする」

「わかりました。ちなみに俺が断ったら誰に頼むんですか」

「っていうより、今回はお前はサブ扱いでな。メインは今日帰ってくる冒険者だ」


 噂の彼女。マスターからの信頼も厚いわけだな。

 港町はフィラセムだけじゃなく多くの町に救助要請を出しているため、一つの町からは数人でも構わないとマスターは言う。


「しかしあいつ遅いな。今日帰ってくるとは思うんだが……また道具屋にでも行ってんだろうな」


 その彼女は道具店によく足を運ぶとのこと。遠征帰りだと、ギルドに報告するより先に道具店に向かうのが習性なのだとか。

 気になってきたので、俺はギルドを出た後に道具店に行ってみることにした。

 会えなかったとしても、錬金用のアイテム探しをすればいいもんな。

 道具店に入ると、おじさん店長がにこっと挨拶をしてくる。俺はポーションをよく売るので顔を覚えられている。

 ポーションは、水とユアナ草で作る。ユアナ草は入手しやすいのでポーションは大量生産が可能だ。

 店内には、スラっとした美人が一人いる。

 彼女はポーション――多分俺が作った――を手にして会計を済ます。

 この人だろうか? でも格好はワンピースで武器も持っていない。出口のドアに彼女が向かうので思い切って声をかける。


「あの、もしかして冒険者の方ですか」


 きょとんとした顔のお姉さん。店主が笑いながら言う。


「ナンパは外でやってくれー。というかその口説き文句はない。どう見たら冒険者に見えるんだよ」

「し、失礼しました」


 お姉さんはクスリと笑ってから店を出ていく。ポーションなんて冒険者じゃなくても買うよな……。

 普通に人違いでした。


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