46話 異変が起きている?
ラブキューピーは一見、人の赤ちゃんに似ていると思ったが近くで見ると全然違う。
浮かべている笑みが邪悪すぎるし肌質もカピカピにテカっている。皮膚の色も青くて気味悪く、赤ちゃんの無邪気さとは無縁の生物のようだ。
そんなキューピーは今俺たちの頭上五メートルの位置にいて、性的用語を口にしながらこちらを観察してくる。
こいつは一人、または同性同士の人たちは問答無用で襲うが、男女一緒のときだけはしばらく待つらしい。
「でも先生、早く行動に移らないと白けて攻撃されます」
「そうは言っても、どうすればいいんだ」
「真似ごとでもいんです……お願いします」
大胆にもソフィアが俺の胸に飛び込んできたのでしっかりと受け止める。それから髪の毛を指でとかして、また強く抱きしめる。
陽光に照らされた丘の真ん中で、こんなことするとはね……。ラブキューピーは変だとは思わないのか? 皮膚の色がいくらか薄くなっているので、疑問に思わないらしい。エロバカですね。
「好きです。先生大好きです」
「お、俺も」
そう答えると、ソフィアができればはっきり言ってほしいと小声で伝えてきた。ラブキューピーは好き、愛してる、気持ちいいなどの簡単な言葉だけはちゃんと理解できるのだとか。
実際、ラブキューピーの肌色はだいぶ変わってきているので真実だろう。恥ずかしい気持ちを捨てて俺も好きだ好きだと何度も口にした。
するとソフィアは俺の口を塞ぐようにキスをしてくる。
これにはさすがに驚いた。上からは興奮したような叫び声がする。確認するとだいぶ皮膚の色が赤に変化してきていた。
「尻、尻~!」
さすがに戸惑う俺だったけど、ソフィアは全く迷う様子もなく俺の手をとって自分のヒップに持っていく。
結果的にギュッとなったところでラブキューピーの皮膚から青い部分がなくなったため、俺は魔法のために集中をする。
まぁこの状況で集中するのは難易度が高かったけれど、どうにか落雷を発動した。
「ギェヤアアアアアア!?」
とんでもなく汚い悲鳴をあげながらラブキューピーが落下する。
「いいぞ、念のためとどめを頼む……ソフィア?」
顔を火照らせ、ぽーっとした様子で動かないソフィア。そこで俺は焦ってラブキューピーに接近し、剣を突き刺して始末する。
作業を終えて戻っても、ソフィアはまだ地面を見つめ続けている。顔の前で何回か手を振ってようやく我を取り戻したようだった。
「さ、先ほどは失礼しましたっ。私ったら調子にのって……」
「俺のほうは全然良いよ。むしろラッキーだし、魔物もちゃんと倒せたし」
「あ、いつの間に……」
ソフィアさん本来の目的をすっかり忘れていたらしい。
ラブキューピーは雑魚っぽかったが、男女揃っていないときに出くわすと物凄く厄介なんだろうな。
なにはともあれ、魔物退治を達成したのでギルドに戻って報告を済ます。
リンリンさんに色々と訊かれたけれど、適当にはぐらかしておいた。
ソフィアと別れてから宿に戻る。するとギンローが客引きしていたので驚く。
『ヤスイヨー、ヨッテイッテー!』
事情を尋ねると暇なので宿の手伝いを始めたようだ。中では由里が配膳を手伝っていた。言葉はいまいちでも、ちゃんと貢献しているのに感心する。
俺も大して疲れていないので食事ができるまで部屋の掃除などを行った。
翌日の午後、ギンローはまだ客寄せに忙しくしている。ソフィアも今日は他に用事があると話していたので、俺は一人で魔物退治に出かける。
最近はフィラセム近郊で魔物が活発化しているらしく、冒険者たちは大忙しなのだ。
報酬も高めに出るしフリーPも貯まっていくから俺としても悪くない依頼だ。
ゴブリンの群れを倒しに平原に向かう途中、大量のスライムに襲われている冒険者パーティに遭遇する。
スライムもいろいろ種類があってフィラセム近郊だけでも何種類かいると聞く。
彼らが今戦っているのは、ゼリー状の体質をした楕円形のタイプで色は灰色だ。こいつが四、五十体はいて冒険者たちを囲んでいる。
男女三人組の二人が飛びかかってきたスライムを真っ二つにする。が、スライムは死ぬことなくモゾモゾ動いて二つから一つに戻る。
くっつくので刃物系は相性が悪そうだな。残る一人は魔法使いのようで炎を噴射して攻撃を仕掛ける。これは有効でスライムが蒸発して消滅する。
ただ、魔法発動の速度が遅いな。スキルのランクが低いのかもしれない。なにより敵の数が多すぎて全然追いつかない。
「……くそ、ヒルスライムが背中にくっついた! とってくれ!」
ヒルのように吸着するからその名前が付けられたんだな。服を溶かして皮膚に吸いついている。俺は魔法の準備に入る。
幸い、後から来た俺に対する注意は低い。一気にやらせてもらおう。
「お手伝いします」
「おお、あんたも冒険者かっ。助かる!」
「魔法を使います。少し熱いかと思いますがその場を動かないでください」
下手に動き回られて人を焼いてしまうのは本意じゃない。俺は火壁をかなりの広範囲で使う。これは魔力調整スキルも併用している。
スライムたちが蒸発したら消して、また違う場所に火壁を発生させる。これを何度か繰り返すとスライムの九割を始末できた。
最後、取り残した敵は炎噴射で倒す。
戦闘が終了すると、三人組は力が抜けたのかその場に座り込む。三人ともまだ十代っぽいし、駆け出しの雰囲気がある。
魔法を撃っていた少女が感心したように言う。
「助かりました。それにしても、すごい威力ですね。連続で撃てるし、火の壁も完璧でした。高名なお方ですよね。お名前を教えてもらえますか」
「ユウトと言います。高名ではないですけどね」
「やっぱり有名な方じゃないですか! あなたがユウトさんだったんですね、お会いしたいと思っていたんです」
なんだ、急に三人とも興奮し始めたぞ。話を聞けば、俺と同じような時期に彼らは登録していた。
つまり数カ月前だな。彼らは他の冒険者や受付譲からことあるごとに俺の名前を聞かされていたらしい。
最初はライバル心を燃やしていたが、今ではそれが憧れになって対抗心はなくなったのだとか。それもどうなんだろう。
「ギルド最速でCランクなんすよね。ひゅー、憧れるぜ!」
「運が良かっただけですよ」
「そういう余裕ある態度もかっこいいです。私たちもユウトさんみたいに駆け上がりたいです。まだEランクなので」
「お互い頑張りましょう。ところで怪我、治しましょうか?」
ヒルスライムにやられた背中にヒールをかけてあげる。他の二人も傷があったので同じようにすると、涙目になつて感激していた。握手も求められたので応じる。さらに感激されて、自分たちにできることならなんでも命令してくれと言う。
命令って……。せっかくなのでどうしてあの状況に陥ったのか知りたい。
ただの平地であれだけの数の魔物に襲われるのは普通じゃない。
彼らが言うには、ヒルスライムは本来水辺の近くにいるのだが、少し前からこの辺にも出るようになった。
それで退治にきた。
「私たち、ヒルスライムが十体程度って聞いていたんです。でも予想よりずっと多くて」
「元々水辺近くの魔物ですよね。なら、十体でも多くないですか?」
「はい。どうにも別種のスライムに追い出されてここに来たんじゃないかって言われています」
スライム同士の戦争?
俺は興味深く彼女たちの話に耳を傾けた。




