45話 ラブキューピー
由里と青鳥亭に戻った俺は、ひとまず彼女の分の部屋を取る。宿手伝いアリナに、事情を説明して優しくしてやってくれないかと頼んだ。
快く承知してくれたので助かった。
あと、由里は一見狼なのに話すギンローには驚いていたがすぐに打ち解けた。
「ふふ、ギンローは可愛いね」
『キャワイイー? ギンロー、アイクルシーッテコト?』
ギンローは日本語がわからないけど、彼女と意思疎通できているみたいだ。
由里は日本では犬を飼っていたみたいだし、安心できるのかもな。俺のことは信用してくれているみたいだが、大人の男ってことはいくらか警戒心は生まれるはず。その点、ギンローは持ち前の魅力でぐんぐん人の心の中に入っていく。
今晩は、ギンローと一緒に寝てみるかと提案したら、とても喜んでいた。
『サミシクナイ~?』
「おいおい、俺は大人の男だぞ。寂しいわけないだろう」
笑いながら俺は寝室に入り、一人で眠りに入る。寝付くまでに一時間ほどかかったのは少し驚いた。……正直寂しかったです。
翌朝、俺はソフィアに会いにいく。教えてほしいことがあるのだ。
彼女の自宅前で待っていると、すれ違う人に少し変な目で見られた。いや、ストーカーじゃないんですよ……と弁解したい気分だ。
ソフィアが家から出てきたので、すぐに声をかける。
「おはよう」
「先生、どうなさったんですか?」
「ちょっと訊きたいことがあってさ」
俺は手短に昨日の出来事を話す。その上で、召喚魔法なんてものが存在するのかを尋ねた。
「……古代魔法には、そのようなものがあったと本で読みました。それと遠い国では、王族が異世界から勇敢な戦士を何十人も同時に召喚することがあるとも」
多人数召喚なんてのもあるのかよ……。行方不明者って世界中にいるけど、中には異世界に無理矢理転移させられた人もいるかもしれない。
まあ今回は一人ずつの召喚だし、そちらは違うと考えていいだろう。
ちなみに俺のフリースキルにも異世界人召喚系はない。こちらの世界の人間、それもごく一部の人間しか使用できないのか。
「フィラセム近郊で行ってる人物に心当たりはないかな? 灰色のローブを着てるとか」
「私は、聞いたことがないです。仮に古代魔法が使えても、この国では王の許可なしでは使用できませんし」
つまり私利私欲のために使う場合は、隠し通さなきゃならないと。ただソフィアの読んだ本によると、強制転移させられる者は、術者から比較的近い場所にくることが多いとのこと。
奴隷商館に通っていることを考えてもフィラセムか、その近くにいるかもな。
「転移者を送り返すことはできる?」
「方法はあったみたいです。大昔は、使えない人や用を終えた人を送り返したらしいです」
なるほど、少しは希望が出てきたな。
送り返す方法が存在するなら無理に召喚を止めるより、一度行わせる方が得策か。
予知夢の男の協力があれば、転移者を先に確保することは可能。そして、奴隷商館で張っていれば間違いなく灰色ローブの男が来る。
いや、毎日灰色ローブ来ているかは疑問なんだけどさ。由里は顔は見ているし、似顔絵でも描いてもらおうか。
「ひとまず、待ちの姿勢に出るかな」
「先生の判断なら、間違いないと思います」
「褒めすぎだよ。俺はミスする男だよ」
「でも、それをカバーできるだけの力があります!」
いやあ照れますなぁ。俺は照れくさくて頭を掻く。
「ところで先生、今日はこのあとお時間ありますか?」
「大丈夫だよ。もし仕事するなら手伝うよ」
そう言うと、ソフィアは頭を深く下げてお礼を述べる。親しき仲にも礼儀がちゃんとあるのは良いことだよな。俺も見習わなければ。
二人でいつものギルドに向かった。元々ソフィアは受けたかった依頼があるらしく、それを選ぼうとした。
ラブキューピーという魔物の退治依頼だ。
ところが受付嬢のリンリンが、それを渋る。
「ソフィアさん、なんでそんな依頼受けるんですー? 違うのにしましょうよ」
「でも報酬もいいですし、部位も使えるのが多いと聞いたので」
「え~、やめといた方がいいですよ。どうしても行きたいならユウトさん以外と行ってください」
「わ、私は、先生以外に、仲の良い男性冒険者とかいませんし!」
ソフィアが珍しく強く主張する。リンリンさんは、嫌々といった様子で受付処理をした。
男性冒険者と一緒じゃないと無理な魔物なのかね? リンリンさんがわざわざカウンターから出てきて、俺に耳打ちする。
「あの娘が迫ってきても、応じちゃダメですよ。あたしが相手してあげますからー」
「え? どういう意味です?」
そう聞き返したが、ソフィアが割って入ってきたので会話困難となる。どうにも話が不透明なまま、俺は依頼に出かけることに。
ギンローを宿においてきたけど、今回は呼ばないでおこうか。由里もそばにいた方が安心するだろうし。
俺たちが向かったのはフィラセムから二時間ほど歩いたところにある丘陵だ。
緑の大地に覆われていて、起伏はないけれどかなり広い。こっちの世界は自然も多い。
見通しは良く、隠れる場所もそう多くはない。遠目にだけど黒っぽい兎がいる。
ソフィアによると、あれも立派な魔物らしい。角も牙も爪もないけど強いのだろうか。
「かなり好戦的で人間をよく襲います。あの黒い体毛に毒があり、生身で触れるとそこから腐り落ちるんです。剣で切ると、毒が付着するので剣士には嫌われています」
そんな嫌われ者の黒兎さんがこっちに猪突猛進してくるわけで。俺は収納スキルで弓矢を取り出して、矢を番える。
弓術3はあるが、十メートル以内に入ってからの方がいいな。的が小さいことと、動きが結構早いからだ。
当然だけど、止まっている的に当てるよりも動く的の方が遙かに難しい。しかも生物は機械のように規則正しい動作をするとは限らない。
実際、黒兎だって跳躍したり、地を這うように走ったりとフェイクを混ぜている。
まず矢を射る。黒兎は正面からの攻撃に対して機敏に反応し、斜め横に跳んで矢の直撃を避けた。
「どうぞ」
「助かる」
地面に何本も出しておいた矢をソフィアが手渡ししてくれたのだ。
右、左、右とジグザグに走ってくるので、右に合わせて矢を射る。そして盛大にスカる。
「ひ、左か……」
まさかに右左左って動くとは予想しなかった。さすがに二矢もミスると距離を詰められる。もう次を射る余裕はない。
「先生、きますっ」
「こっちでいくか」
俺は前方二メートルの位置に火魔法を放つ。火壁が地面から立ち上がって、そこに飛び込んだ黒兎を焼く。
「キュゥイイイ!?」
小さくて機敏な生物は耐久力と体力に乏しいことが多い。黒兎は反撃叶わず、いい具合に焼け死んだ。
「兎の丸焼きできたけど、食べる?」
「今ちょっと、お腹がいっぱいです……」
「じゃあ、俺が少々」
「えっ」
黒兎に触る俺を見てソフィアが驚いている。焼けたとはいえ、毒が残っているかもしれないからだ。
「いいんだ、状態異常耐性を上げる練習だから」
転生して最初の頃も毒系の食い物で上げたものだ。全状態異常耐性3が4にアップ……することはなかった。
毛がもうほとんど残っていないのが原因だろう。
しかし、俺の弓の腕はまだまだショボい。剣ばっかり使ってきたもんな。
弓を練習しつつ、飛び道具系の魔法もどんどん覚えていくのが正解かね。
「あっ、見てください! あれがラブキューピーです」
ソフィアが空を飛ぶ魔物を指さす。
両翼を生やした小型生物が、スイスイと泳ぐように飛行しているんだ。人間の赤ちゃんに酷似しているけど皮膚が青い。そして背中の翼を器用に動かしている姿はシュールだ。
「倒せばいいんだよな。落雷でやれるかもしれない」
「ダメですっ。あの青色の皮膚のときは、ほとんどの魔法攻撃が効かないんです。そして攻撃されると逃げてしまいます。ラブキューピーを興奮させて、皮膚を赤色にさせる必要があるんです。そうすると攻撃が通ります」
「魔物を興奮ねえ。どうすればいい?」
「それはそのぉ……」
目線を俺から外し、指をもじもじと動かし始めるソフィア。恥ずかしくて言えなーいとでも言いたげな動きを見て、なにも感じないほど俺も鈍感ではない。
さっきのリンリンさんの話と合わせると、おそらくイチャイチャして引き寄せる――
「セ○クス~、セ○クス~」
上空のラブハーピーから放たれた言葉に、俺は度肝を抜かれた。
そのレベルのイチャイチャなの?




