44話 予知夢の男
奴隷購入が確定すると、大抵服従の儀式という物を行うらしい。特殊な魔道具で奴隷の肉体に隷属の紋を入れる。
これが入ると奴隷は主人に危害を加えることができなくなるのだとか。
当然俺はそんなもの断った。人には偽善に映るかもしれないけど同郷の人間を、ましてや子供を見捨てることはできなかっただけだ。
まぁ、千五百万ギラは少し痛いけどね。
セバールに、過去に異世界人を買っていった人のことを訊いてみたが、予想通り答えてはもらえない。
そこは商人のプライドのようだ。今、無理矢理聞き出すのは得策じゃないだろう。変に暴れて、騒ぎを起こされても面倒だ。
「ではセバールさん、異世界人を売りにくる男について情報を売っていただけませんか。個人的に会って話がしてみたいんです。もちろん、情報料は払います。偶然を装いますので、貴方の名前も出しません」
「……そう言われましても」
「十万で、どうでしょうか」
「……彼が働いている場所だけなら」
交渉成立だ。セバールは絶対金にがめつい男だから応じてくれると思ったよ。
あの予知夢の男は、町の城壁や塔の外壁を修理するのが仕事らしい。
セバールにはちゃんと金を支払った。
彼はくれぐれも自分の名は出さないように念を押した後、営業スマイルを浮かべる。
「なにかありましたら、いつでもご相談ください。購入後一ヶ月までは、無料で相談にのりますので」
それ以降は相談料頂きますってか……。この男、なんだかんだでやり手だよな。
俺は峰山由里さんと一緒に外に出る。彼女は少し眩しそうに目を細める。まだ半信半疑なのか、俺の表情や態度から真意を読み取ろうと試みているようだ。
「安心してくださいね。俺は貴方を騙さないし、できるなら元の世界に戻してやりたいと考えています」
軽く、自分の境遇を説明しておく。意外なほど彼女はすんなりと信じてくれたな。自分が異世界転移させられたってこともあるのだろう。
「私、悠人さんに本当に感謝しています。なんでも言うこと聞きます」
「それじゃ、最初に峰山さんを見に来た客について教えてほしいんですが」
「由里で大丈夫です。私なんかに敬語もいらないですし、命令してくださっても私は大丈夫です」
私なんか、か。奴隷生活もいくらか影響しているんだろうかね。自己評価も結構低そうな感じだしな。そりゃ、普通の日本人があんな酷い生活を強いられれば弱気になってもおかしくはない。
年齢差もあることだし、俺は普通に話させてもらうことに。彼女は記憶力が高く、当時のことをよく覚えていた。
灰色のローブを着た三十くらいの男が、最初の客だったらしい。男は彼女を見た瞬間、ため息をついたので印象的だったと。
「私……裸にさせられたんです。彼はすぐに私から興味を失ったようでした」
体型が好みではなかった? いやでも、セバールは女だと売れにくいと話していた。
「裸にさせられたのは、男ではないと念のため調べるためかな?」
「……そういえば、当時はわかりませんでしたが、こちらの言葉で男や女って会話を館の主人としていました」
なんらかの理由で、異世界人の男がほしいんだろうかね。そいつが召喚者の可能性はあるか? 由里が転移した時、近くに人はいなかった。
そう考えると、召喚者は召喚はできても自分の近くに指定することはできない?
そこで予知夢の男と組んで、居場所を見つけさせる……いいや、それなら奴隷商館に異世界人を確認になんてこないな。
「これから、君を売った男に会いに行こうと思う。もし嫌なら、宿で休んでてもいいよ」
「いえ、いきます! 少しでも悠人さんに恩返ししたいです」
「わかった、じゃあついてきてくれ」
いい子だな。日本じゃ、最近の若者は忍耐力がないとか常識がない……みたいなこと言う 大人が多いけど、実際は年々若い子は優秀になっている気がする。
毎年、うちの会社に入ってくる新人を眺めていてもそう思う。
ま、俺も一応ギリギリ若者に入るとは思うけどな。
さておき、俺は一度門番のところまで移動して、現在外壁を修理しているか尋ねる。
東門の近くで修理中というので、そちらへ移動する。
五、六人の男が外壁の上にのぼって作業していた。俺は目を凝らす……いるな。中肉中背の短髪で、人相があまり良くない。
俺が転生して、最初に出会った異世界人だ。
「由里、君を騙したのはあの男か?」
「……遠目ですが、そんな感じがします」
仕事中なので下におりてくるまで待つ。
様子を遠目で眺めるが、彼は真面目に仕事をしている。奴隷を売ってそれなりに金はあるだろうに少々意外だ。
ようやく作業が終わり、みんなが下りてきたので男に俺は近づく。
「俺のこと、覚えているかな?」
「……はぁ? ――げっ!?」
逃げようとしたので、俺は瞬時に服を掴む。
男の片腕を体の後ろに回して、そのまま動きを押さえつける。日本の警察なんかがよく行うあれだ。
「少し訊きたいことがある。逃げなければ乱暴にはしない。どうする?」
「……そうする。だから離してくれ」
観念して、男が大人しくなる。ここでようやく、由里の存在にも気づいて目を丸くしている。
「おま……」
由里は、男のことをキッと睨み付ける。言いたいことは山ほどあるだろうが、言語が不自由なこともあって今は堪えている。
この態度で、この男が由里を売ったというのが確定だ。
「俺が訊きたいのは、奴隷商館に異世界人を買いに来るお得意様の客のことだ。あんたと繋がりは?」
「知らねえよ! 俺はいつも夢で居場所を知って、そこに向かうだけだ」
「別に嘘をつくのは構わない。あとでバレたとき、あんたの命が消えるだけだ」
ここは脅しをかけておく。普段やらないので上手くはないだろうけど、男には効果覿面だった。声を震わせながら話す。
「ほ、本当にわからない。あそこの主人だって、なにも教えてくれねえ。それに、俺は別に買い取ってさえもらえればそれでいいんだ。ただ男の場合は、高く買い取ってくれる。だからあんたを見つけた時は……」
テンション高かったわけだ。言葉に嘘はないだろう。セバールのお得意様の件とも話が合う。
客を見つけられないのは残念だけど、この男に会いに来たのは無駄じゃない。
万が一、次に予知夢を見た時は俺に伝えてほしいのだ。
また、異世界人が転移してきたのはいつ頃からか、そして由里で何人目かを尋ねた。
「俺が予知夢を見るようになったのは二年前。その頃から、十人以上は……」
「転移の間隔は?」
「何ヶ月かに一度だ」
「次、異世界人を見つけたら俺に絶対に言ってくれ。なんなら、その情報は俺が高く買う」
「そう、する。だから斬らないでくれよ」
「これ以上、俺は危害は加えない。でも彼女はどうかな」
俺は由里に目配せをする。こちらの用は済んだから、今度は感情を爆発させてもらっても構わない。
彼女の怒りのぶつけ方はシンプルだった。
バチン、と男の頬をひっぱたく。
「最低」
短く一言だけ告げた。日本語だけど、なんとなく意味は伝わっているかもな。
俺は男に宿の名前を告げ、その場を立ち去る。
途中、料理店で由里にご飯を食べさせると、想像以上の食欲で驚いた。
宿に向かう途中、彼女は元気なさげに呟く。
「お父さん、お母さん……」
「大丈夫、きっと会えるはずさ」
「悠人さんは、どうしてそんなに良くしてくれるんですか?」
「単純に嬉しかったのかもしれない。もう二度と、日本人と会うことはできないと考えていたから」
俺は日本が嫌いだったわけじゃない。むしろ愛国心もあるし、多くの日本人に助けられて育ってきたわけだ。
ま、最終的には日本で死んじゃったけど、それで嫌いになったりはしない。
できる限りのことは、一応するつもりだ。
とはいえ、お得意様の居場所が掴めないのは少々痛い。あと、本当にそいつが召喚しているのかも確証がない。
どうしたものかね。




