43話 解放
暇そうな人に声をかけて商館の場所と評判を聞く。
店主はなかなか頭がキレ、それなりの常識も持ち合わせているとのこと。
その奴隷商館だが、意外なことに商業区の大通りの中にあった。
町の隅っこあたりでひっそり運営してるわけじゃないんだな。
奴隷がいることは知識としては知っていたが、日本出身の俺にはまるで関係のないことだと考えていた。
もし日本人が不本意にこちらに転移して、奴隷にされていたのだとすれば同情するよ。
「転移して……か。でもどうやって……」
俺みたいに転生なら、あの神が力を与えてもおかしくないだろう。それとも俺だけ特別に気に入られただけで、普通は特殊能力なしに送られるのか? それなら酷い話だけど、あの神がやるようには思えない。
さて、二階建ての商館の壁は白く塗られ、建物から受ける印象は意外なほどクリーンだ。外観で少しでも印象を良くしたい狙いがあるんだろう。
俺は緊張しながら扉を開けて中に入る。すぐにメイド姿の女性と店主らしき男性が迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。ようこそ、使役の館へ。私は店主のセバール と申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」
セバール は小太りの中年男性だ。整えられた髭が特徴的で、頬の肉に圧迫されて目が細い。瞳の奥深くがギラリと光ったのは、俺が冷やかしかどうか試している。もしくは、見た目が若く見えるからだな。
「ユウトと言います。良い子がいたら奴隷を買おうと思っていまして」
「女性ですね? ええ、そういった男性の方は非常に多いですよ」
貴方の欲望は恥ずかしくない、とフォローされているみたいで余計に恥ずかしくなるんだが。
「ちなみにご予算は?」
「千……いえ二千くらいまでなら出せます」
「ほう。それでしたら、彼女など如何でしょう」
パンパンと二度手を叩くと、廊下の奥にある部屋から妙齢の女性が歩いてくる。顔はシミ一つなく綺麗で、スタイルが素晴らしい。
日本人が好みそうな清純そうな雰囲気がある。
「彼女など如何でしょう? 非常に従順ということもあり、牢屋でなく特別にそばに置いているのですが。おっと、もちろん私は指一つ触れておりません」
慌てて言い加える。つまり生娘だと伝えたいわけで。まあ、そういう客が異世界でも多いってのは少し驚いたよ。
「彼女は魅力的ですが、他にも見せていただきたいのです」
「畏まりました。ただですね、最近はその……冷やかしのような方が多くて。それなりの意思があるところを見せていただくことになっておりまして」
セバールは申し訳なさそうに話すものの、その目はなかなか厳しい。俺もここで追い返されては困るので、収納スキルで金銭を床に出して見せる。
「ふぉおお!? ユウト様は収納スキルをお持ちでしたか!? しかもこれほどの硬貨を!」
「奴隷を見せていただけますか」
もちろんですとも! と声を弾ませてセバールは俺を案内する。ここは二階建てだが、上は彼の生活空間で、奴隷は地下にいるらしい。
階段を下りていくと、薄暗く広い空間が広がっている。そこには牢屋がいくつも用意されている。
その昔、罪人を閉じ込める牢獄だったのだとか。使われなくなったのでセバールが格安で買って商売を始めたらしい。
「現在は三十人ほどおります。力の強い男性もおりますが、今回は女性のみ紹介ということでよろしいですか?」
「はい。黒髪が好みでして、そういう娘はいたら嬉しいですね」
「黒髪ですか……いなくはないのですが……別の大陸から来た者で言葉が通じないのです」
「一応、見せてください」
俺はセバールに女性のいる牢屋まで案内してもらう。オゾン語が話せない外国人ね。やはり、先ほど馬車に乗っていた子で間違いないだろう。
牢屋の中に五、六人の少女が入れられていた。いた、馬車に乗っていた子だ!
鉄格子越しにセバールが言う。
「三、前に出なさい。こちらまで来なさい」
「三というのは名前ですか?」
「いえ、うちでは商品になった時に名前は捨てさせます。そしてご主人に名前を決めていただくのです」
わりとゲスいなこの男。うん、こんな商売やっているだけある。
三という言葉が自分を指しているのを理解しているのだろう、少女は不安そうな表情で前に来た。
「その場で座りなさい」
セバールが命令するけれど、黒髪の彼女はおどおどしている。言葉が全然通じていないのだ。
「ご覧の通り、言葉が理解できないのです。先ほど別の大陸と申しましたが、実は異世界人ではないかと」
「なぜ、異世界人だとわかるのです?」
「昔から、フィラセムの近郊によく転移者がくると言われています。とある方が売りにくるのですよ」
二人組のうちの一人、予知夢の男だろうな。あいつなら転移場所が毎回違っていても、夢で風景を確認できる。
「個人的に興味あります」
「申し訳ありませんが、他のお客様のことは」
「そうですよね。ちなみに、言葉の通じない異世界人を買う方もいるんでしょうか。もちろん誰とは訊きません」
「……お得意様がおりますねえ。ただ、女性は売るのが大変です。私に言えるのはそこまでです」
普通逆だと思うが、お得意様には男性が好まれるのか。肉体的な強さが関係するってことかな。
セバールに異世界人を売っているのはあの予知夢の男で間違いないだろう。
「彼女はいくらです?」
「千五百万ギラに設定しております」
随分と高い。言葉も話せない、こちらの常識も通じない。異世界の女性を奴隷にしたいという欲求にそんなに出す人がいるのかな。
「異世界人ですと見世物にもできますし、稼ぐことはできるのです。私はそれはやりませんが、十年もあれば元は取れるでしょう」
なんだか悲しい気分になってくる。先に値段を訊いておいたのは、あとから吹っ掛けられても嫌だからだ。
そして彼女、俺が薄々日本人……じゃないにしても地球人じゃないかと多分考えている。そわそわしつつ俺を注意深く観察しているしね。
でも話しかけてこない。きっとセバールにいくらかしつけされている。口元にも殴られたようなあざがある。
「――日本語は通じますか?」
俺は普段、特に考えずにオゾン語を話せる。でも日本語を話すぞと意識すると、当然母国語は使える。
彼女は口元で手を当て、目を丸くした後、
「……は、はい! 日本人です!」
「俺もそうなんです。ただ、恐らく貴方とは状況が違います。なぜこうなったか教えてもらえますか」
彼女は堰を切ったかのように話す。名前は峰島由里で、年齢は十七歳の高校生だ。
三ヶ月前、いつものように学校から帰宅していると足元に魔方陣のような物が発動して、気づいたらこちらの世界に。
困惑していると一人の男が近づいてきた。言葉は通じないが優しそうなのでついていくと、ここに連れてこられたと。
そこからは酷い生活。食事はまずいものが一日二回。自分は奴隷にされたのだと、すぐに感じたそうだ。
ここを訪れる客にカタコトの言葉でアピールする毎日。売れないとセバールに殴られたり、腹を蹴られる。先日もそうされた。
性的な暴力はまだないのが不幸中の幸いか。
「ユウト様、彼女と意思疎通ができるのですね。容姿も似ていますし……もしや貴方も……」
「セバールさん、まだ十七歳の少女を殴ったり蹴ったり、結構酷いですね」
「っ……!?」
「まぁ性的なことをしなかったのだけは評価できます。商品を高く売るためでしょうけど」
「なにが言いたいのです! 私はただ、商売人として働いているだけですっ」
随分と興奮した様子なので、俺はトゲトゲしい言い方はやめにする。いくらか責めたい気持ちはあるが、それが目的じゃない。
「わかりました。では俺は客として彼女を購入します。千五百万ギラでしたね」
「へ? ……よろしいのですか?」
「どうぞ」
硬貨の詰まった袋をセバールに手渡す。そこから千五百万ギラ分を抜いてもらう。
「彼女をここから解放してください」
セバールは素早く鍵を開ける。
日本人の少女はようやく三ヶ月の奴隷生活から抜け出すことができる。めでたしめでたし――ってはまだならないけどね……。




