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42話 同郷

 最近は早朝に起き、宿の裏庭で剣の練習をするのが日課だ。フッ、フッと短く息を吐きながら剣を素振りしていると、自分が一流の剣士かと勘違いしそうになる。

 実際は、スキル補助に大いに頼っている。武術系は、魔法系に比べると上がり方が速い。剣術も7にアップした。

 転生直後、神様からもらったフリーPの九割を使って全スキル成長10を会得したのは正解だったな。

 建物に入ると階段の手すりにタオルがかけてある。俺が使っていいものだ。


「アリナさーん、助かるよ」

「いいえー、今日もお疲れ様ですー!」


 厨房にいる彼女にお礼を述べて席につく。

 ギンローは起こさず食事をとり、ジェシカ治癒院に足を向けた。

 回復師のバイトは久しぶりだ。そろそろ回復スキルがアップしてもおかしくないんだよな。

 裏口から入ると、まだ開院の時間じゃないのに中が慌ただしい。痛みを訴える老人をジェシカさんが診察中だ。


「痛い痛い! 外歩いてただけなのに、急に背中が痛くなったんじゃよ」

「わかったわ、今調べてあげるから落ち着いてね」

「ユウト先生はっ、先生はどこにおるんじゃ」

「彼は今、遠くに行っていないのよ。私が治してあげるから」


 そうジェシカさんが諭すけど、患者は少し不満げな顔だ。俺は隣の部屋から診察室に入って挨拶する。


「お久しぶりです、手伝います」

「ふぉお、あんたを待ってたんじゃユウト先生ッ」

「みたいよ。あなたがやってあげて」 


 先生のメンツ潰すみたいで悪い気もする。いくらか罪悪感を覚えつつ、でも今は患者に集中するのが大切だ。

 服を脱がせると首のすぐ下らへんが赤く腫れあがっている。着ている衣類は黒か……。


「スズメバチに刺されたんじゃないんですか?」

「わからんのじゃ。ただ近くに、確かに木はあったのう」


 過去に友人が刺されたことあるけど、そのときの腫れ方と似ている。あいつらは特に黒色に大して攻撃性を示す。アナフィラキシーショックなどで、日本でも毎年二十人前後は命を落としている。

 でもハチがいきなり刺すことは稀だ。大抵は警告してくるはず。


「羽音や、カチカチという音がしませんでした?」

「いやぁ、わしは最近耳が遠くて……」


 ジェシカ先生も声量を上げていた。俺もそうだ。じゃあ警告を無視して踏み込み、やられた線が高いな。


「キュアをかけます」


 ハチの毒にも有効なはずだ。俺は患部に手を添えて回復魔法を使う。6になればハイキュアを覚えられるんだけどね。

 ご老体に毒は厳しいだろうから解毒してからハイヒールもかけておいた。


「あんたがいて助かったわい。ジェシカ先生も凄いが、あんたはもっと的確じゃ。これからもよろしくのう」

「俺は副業なので、あまり期待はしないでくださいね」


 そう頼んだけれど彼は全然聞かずに大笑いして会計を済ませ、去って行く。念のため安静にするよう伝えたけど大丈夫かな。


「ユウトがきてくれると、院長の私までホッとするわ。遠征はどうだったの?」

「ええ、賞金首のギャラガーってのを仕留めました」

「エッ」


 ファサッとジェシカさんが持っていたタオルが床に落ちる。拾う素振りすら見せない。なにをそんなに驚いているのか尋ねたら、意外な答えが返ってきた。


「私の友達……そいつの盗賊団に殺されているのよ。他の町に移動するとき、馬車を襲われたの」

「そんなことがあったんですね……。盗賊団は壊滅させましたので、もう被害は出ません」

「すごいわね、貴方。友人に代わって、私からお礼を言わせてもらうわ。ありがとう」


 ジェシカさんが俺の肩に手を添え、気持ちのこもった語調で礼を口にする。冒険者は気性が荒くて野蛮な人も多いと非難する人もいるけど、俺は誇れる職業の一つじゃないかと感じる。

 そして回復師だってそうだ。

 気持ちの帯を結び直して俺は仕事に取りかかった。

 午前中で三十人以上を治療する。終わって良いことは二つあった。一つ、本日の稼ぎが十万もあったこと。

 これが三百人続いたら副業で年収三千万かぁ。

 そして二つ、予感通り回復魔法6に成長した。

 覚えたハイキュアは、キュアでは解毒できないような強力な毒にも対処できるし、他の状態異常にも広く効果がある。例えば体の麻痺や倦怠感、視界不良や精神攻撃などにも有効とされる。

 一応、ジェシカさんにそれを伝えておく。


「もう完全に私より上ね。院長を名乗っても怒らないわ」

「俺の顔でジェシカは名乗れませんよ」

「ふふ、結構可愛いと思うけれどね」


 談笑をして和やかな雰囲気のまま、俺は治癒院を後にする。

 次は道具店 にでもいこうか。錬金術をあと一つ上げれば、作れる物がだいぶ増える。

 適当にポーションを作ってスキル上げも悪くない。売ればお金儲けにもなる。


「奴隷商だぜ」

「人数が多いな。今回は大して売れなかったみたいだな」


 近くにいた人たちの会話が不意に聞こえる。彼らの視線は通りの真ん中を走る馬車に向けられていた。

 風通しの良さそうな幌馬車だ。後ろから見ると中の荷台が見えた。並んで座らされているのはすべて若い女性で、例外なく手錠をかけられている。全員、悲哀に満ちた表情を浮かべていた。

 その中に、見逃せない人物が一人いた。

 俺と同じ黒髪ストレートで、肌の色も顔立ちも似ている。異世界人としては、少なくともこの辺りの人種としてはだいぶ珍しい。

 そんな彼女と目があった。あちらも眉を上げ、目を少しだが大きめに開いた。

 あの反応は――


「すみません、あれは田舎の町から親に売られた子などを連れてきたのでしょうか」


 先ほどの人たちに声をかける。話したかったのかすぐに情報をくれた。


「ありゃ他の町の貴族に営業にいったんだろう。十日前に出て行くのを見たからな」

「黒髪黒目、肌は黄色で童顔な子がいましたけど、珍しいですよね」

「あぁ、もしかするとだが転移者……」

「おい、知らないやつだぞ。もういいだろ」


 一人が遮ってきて、そこで会話が終了した。でもあの内容は大きなヒントを与えてくれる。

 俺が転生したときのことを思い返してみよう。

 森の中にいた俺の元に二人の男性が突然やってきた。

 あいつらは俺が言葉が話せないと思い込んでいた。異世界人だと知っていたのだ。予知夢の能力がある男だったな……。

 商人に売るというゲスな会話もしていた。


 過去にも被害にあった異世界人が何人もいたのだろう。もしや何十人にものぼるのか?

 オゾン語を話せない人なら、俺とは違って転生じゃない人たちかもな……。

 考えても答えが出る問題じゃない。

 俺は近くの人から情報を集める。奴隷販売をしている店は、フィラセムには一店だけらしい。

 考えるまでもなく、俺はそこへ向かった。


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