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38話 帰還

 俺を結界に閉じ込めないのは、他で発動している間は使えないからかもしれない。

 追跡してくる髪は厄介だが、速度は遅くて逃げ切れないものじゃない。

 俺は雨女の十メートル以内に近づくと早速覚えた雷魔法を発動する。

 雷魔法、落雷はその名前の通り天から降り落とす。屋外で特にその威力を発揮する。雷鳴が鳴り響く現在などは最高に発動しやすい。

 少々集中力が必要なのが大変だが、ここは攻めに出る。

 髪の毛が俺に到達する前に雷が雨女の位置に落ちた。


「あぶなっ……」


 うわ、あいつ避けた……。人間離れした反射神経は、やっぱり悪魔だからだろうか。

 けれど間近に雷が落ちたらいくらか感電はする。 

 結構効いていて、動きが鈍くなった。雷耐性はないようで良かった。俺を追っていた長髪もべちゃりと地面に落ちて静かになっている。

 本体の力が弱まって操る体力がないのだろう。ダメ押しで俺はもう一度、落雷を使用する。

 だが今度はさっきのとはレベルが異なる。

 雷魔法6では三雷という三連続で降り落とす魔法を覚える。一発よりも集中力と時間を要するが、相手も動けない今なら問題はない。


「ぎぃああああ!?」


 三雷は同じ場所に落とすわけじゃなく、位置を少しズラしたところに落雷する性質だ。連続ダメージよりもヒットを狙う魔法なのだ。

 よって直撃したのは一発だけど、あの汚い悲鳴を聞くに勝負はあっただろう。

 全身をヒクヒクさせて今にも意識を飛ばしそうな雨女の額に俺は剣先を突きつけた。


「ベルゼガスについて知ってる事を話そうか。その方が苦しまなくて済むぞ」


 拷問は嫌いだけど、情報のためなら多少はやむをえない。

 雨女は瞳の焦点をあちこちにして、かなり動揺している。最終的に気を失ったようにまぶたを下ろして、地面の水たまりに頬をつけた。なにやっているんだ、この悪魔崩れは?

 すぐにハッと顔を上げて芝居がかった口調で話す。


「……私は、一体なにを……? よくわからない異形の者に襲われて、そこから記憶が……」

「えーつまり、自分は悪魔憑きの被害者だと言いたいわけか」


 さっき自分で否定していたのになぁ。一応頭ごなしに否定はしないで、会話をする。

 悪魔の呪縛が解けたなら、どうして悪魔が出てこない? そう尋ねると雨女は首を横に振って上目遣いした。さらにアヒル口まで披露したので俺は片腕を斬り落とした。


「いでぇええええ! ちくしょう、私は人間だぞ!? この悪魔め」


 いや悪魔はそっち。なんのギャグなのかな。


「下手くそな演技に付き合う趣味はないんでね。別に俺はもう終わりにしてもいいんだ。でも一応、もう一度だけ質問する。ベルゼガスについて知っていることを話せ」


 状況的に口を割るだろう。そんな俺の予想に反して、雨女は口を閉ざした。恩義があるのか恐怖で支配されているのかは不明だが、情報を引き出すのは難しそうだ。


「なら質問を変える。俺の仲間が消えたのは、結界魔法でも使ったのか」

「正解、とだけ言っておこうかね」

「早く解け」

「ガキが、大人に偉そうにするんじゃ――――」


 ポンと雨女の首が跳ね上がり、山なりの軌道を描いてから下に落ちる。ゴロッと転がった首を前に俺は吐き捨てるように言う。


「こう見えて二十八でね。ガキではないんだよ」


 どうにも、こちらに来てから倫理観が少々変わったような気がする。日本にいた時は相手がどんな悪人でも、またいかなる場合でも人を殺してはいけないと教わった。

 けどこちらでは、生かしておいて他の被害者を出すくらいならさっさと始末した方が良いと感じるし、これからもそうしていきたい。

 残念ながら平和な社会の価値観を抱きすぎると、異世界ではすぐ死んでしまう。

 それはともかく、俺の狙いは当たっていた。術者が死んだことで結界が解けたのだ。まあ、大体はこういうパターンだよな。


『オー、サスガ。ユウト、スゴ~』

「先生ッ、助かりました!」


 戻ってきたギンローとソフィアを俺は抱き寄せる。二人とも無事で良かった……いや、ギンローの鼻が血で赤くなっている。


「ギンローが脱出しようとずっと体当たりしていたんです。中からは、外が見えていたんです」

『カタクテ、ハナ、イタガッタァ』

「おーよしよし」


 俺を援護しようと頑張ってくれたギンローの頭をなでなでしておく。毛がだいぶ濡れているので、手でいくらか水分を弾いておく。背中や尻尾もやってあげよう。

 ついついジャレあっていると、ソフィアから深刻な声が届く。


「溶けていきますっ」


 さっき分離させた雨女の肉体と頭部が急激に腐り始めて地面に吸われていく。

 死体をフィラセムに持って帰り、解剖してもらおうと考えてたんだけどな……。

 ベルゼガスめ、眷属にしたときに仕組んだのか? 証拠は残さないってあたりに小物感を覚えるね。

 まぁ、ギンローたちが戻ってきたから及第点としておこうか。


「今度こそ戻ろう、フィラセムに」

「はい!」

『ヘイ』


 もうびしょ濡れだから、今更雨を気にする必要もないのさ。

 雨の中、大声で楽しい会話をしながらフィラセムに戻る。門番たちに傘くらい差さないのかと不思議がられた。あと中に入る前に衣類くらい絞っておけとも。


「うわ、ちょ、水しぶき飛んでるって」

『ゴメンチャイ』


 ギンローが身震いして毛の水分を落としたのだ。

 それが門番たちの顔にかかったと。

 大して悪いと思ってないところがギンローらしい。俺もああいう大胆な性格になりたかったな。日本人は変に生真面目なところがあり人目を特に気にする国民性と言われるが、俺も例に漏れない。

 こっちに来てからだいぶその気は薄くはなってきているけれど。

 フィラセムに入るといくらかホッとする。ここだって特に長くいるわけじゃないのに、最初に訪れた町だからかやけに落ち着く。

 人のよく行き交う道は舗装も定期的にされ、区画整理もされている。結構都会なわりに治安は良いほうだし、食事も結構美味しい。

 日本に比べたらそりゃ食は数段劣るけどね。ただ道行く人のスタイルの良さなんかはこっちが勝つかな。

 若い男女でも鍛えている人が多いので、肉体が引き締まっているのだ。そうそう、鍛えると言えば俺もスキルをもっとあげていこう。

 いずれベルゼガスや他の悪魔ともやり合う気がする。圧倒できるくらいまで強くなりたいもんだ。


『ガルゥゥゥ……』

「急に唸ってどうした?」


 人の密度が高い通りに入ってすぐ、ギンローがなにかを威嚇するのだ。まさか魔物が侵入している? 俺はソフィアと顔を見合わせ、警戒する。ギンローが走り出したので追う。


「うぁああ! なんだこの犬、いや狼か……痛ってえ!」


 人の間を縫うように走り出したかと思うやギンローはなぜか中年男性の足に噛みついた。

 彼のなにに怒っているのかはわからない。


「あんた飼い主か!? 早く、こいつをやめさせろ」

「ギンロー、今すぐ離すんだ」


 そう言うと、ギンローはすぐに従った。言うことちゃんと聞いてくれるあたりが賢い。

 あくまで威嚇の噛みつきだったようで、男性の傷は相当浅い。本気でやってたら今頃足首がなくなっているしな。

 男性は立ち上がるや否や俺の胸ぐらを掴みあげる。


「おう兄ちゃん、この怪我どうしてくれんだ。一万、二万ギル程度じゃ収まらねえぞ」

「怪我については俺が責任持って治します。治癒院で働いていますので。ただ一つだけ、どうしてあの子が噛みついたかを尋ねる時間をください」

「尋ねる? その狼が話すとでも?」


 俺が首肯すると、男の顔が一瞬曇った。というよりも青ざめた。なにかやましいことがあるってのは、瞬時に読み取れた。

 そもそもギンローが理由もなく人に攻撃するわけがないしな。一応、噛みついた理由を尋ねた。


『ソフィアノ、サイフ、トッタ。シラナイヒト、トルノ、ダメ。デショー?』

「……やだ、本当にない。私、財布なくなってますっ」


 ソフィアが発言した途端、周り右した男性の肩を俺は掴む。同時に服の内ポケットを探らせてもらった。普通にソフィアの財布があり、ギンローの主張が正当だと判明する。


「こ、こうなったら――ふぐっ」


 相手が動き出したところで俺が背負い投げをしたのだ。普段から鍛えてない人なのだろう。うずくまって大人しくなった。

 衛兵のところまで連れていき、引き渡した。


「お手柄だな」

「ありがとう! やっぱりギンローは頼りになりますねーっ」

『マァネェ』


 油断していたとはいえ、俺も全然気がつかなかったもんな。視点の高さなんかも関係していたのかもしれないな。

 とにかく、どんな世界であれスリには気をつけたいものだ。


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