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37話 雨女

 雨女は黒髪をしている、そして雨の降る日に現れる。とりあえず条件は揃っているな。だが大切なのはほんとにあいつが雨女かどうかということだ。とりあえず彼女の存在に気づいているのは今は俺だけのようだ。

 そしてあちらは、俺が気づいていることをまだ知らないようだな。

 髪を引っ込める様子もなければ、動きを見せることもない。

 できれば顔を見たいのだが、ここは普通に会話を進めるフリをして様子を探る。雨女じゃなくてただの一般人ということもあるかもしれない。


「ダメですよギンロー、そんなにガツガツしたら詰まっちゃいますから」

『ガフ、ゴッホ』

「ほらー」


 心配したソフィアが駆け寄ってギンローの背中を擦る。よし、俺も介抱するフリして近づこう。あの位置ならば自然な感じで雨女の顔を確認できるぞ。


「大丈夫か……か? は?」


 俺が力の抜けた声を出すのには理由がある。二人の姿が突然消えてしまったからだ。なんの脈絡も無しに、だ。いやいやおかしいだろ、なにがどうなっている?

 何度か声をかけてみるが返事は帰ってこない。

 そこで俺は気配に集中する。

 『気配察知』は4あるし、ソフィアたちは隠密が得意なわけでもない。そもそも俺に対して隠れる必要がない。近くにいれば、まず感じ取れる。

 ――やっぱり、いる。そこで二人がいた場所に駆けてみるのだが、ここでゴッと見えないなにかに頭をぶつける。


「痛っつー……。透明な壁でも存在しているのか?」


 俺は手で見えない壁を触ったり、押したりする。かなり固いな。これって他人から見たらパントマイムでもしているように見えるのだろうか。殴っても斬っても壊れる様子はない。

 そこで 俺は視点移動せざるをえなくなった。

 というのもあの雨女がとうとう動き出したからだ。

 やっぱりアイツの仕業なんだろう。満を持して動き出したというわけか、だいぶイラつくな。

 しかしあいつ、前世で見たホラー映画のサダコみたいだ。まず、長ったらしい黒髪 で顔を隠している。背丈はそれほど高くはないが痩せていて、びしょ濡れの白いワンピース。

 とにかく薄気味悪く、嫌悪感に駆られる。


「止まれ、それ以上近づくなら攻撃するぞ」


 雨女はこちらの忠告など無視しておもむろに近づいてくる。髪で隠れて表情が見えないが、薄ら笑いでも浮かべているのだろう。

 俺はすぐに剣を抜いて戦闘の準備に入る。

 この雨だと火魔法は使いにくい。かといって雨女に水魔法使うのもどうかな。どう対応したもんかと思案していると、雨女の方から口を開いた。


「おほほ、今なら殺さないでおいてあげるよ。さっさとこの場から消えな」

「俺の大切な仲間が急に消えたってのに、この場から立ち去れる わけないだろ? そしてそれをやったのはおそらくお前だ。なおさら逃げ出すなんてできないよな」


 強気の姿勢に出ると、雨女は舌打ちをして怒りの感情を表現する。

 こいつって魔物なのか? それとも人間なのか? 

 フリースキルには、この雨女が扱っているような技はなかったように記憶している。おそらくだけど、こいつは結界みたいなものを作ってソフィアとギンローを隔離している。それならば気配がすぐ近くにあるのも得心がいく。

 ひとまず風魔法で強風を発生させて、相手の様子を窺う。


「死にたいって、ことかねえ? 若いのにねえ?」


 体の線は細いのに、びくともせずに進んでくる。けどな、さすがに髪の毛は後ろに流れる。

 これで顔つきがわかった。顔は若い女のそれだが頬がだいぶこけていて、なぜか黒目の部分が白い。逆に白目の部分は黒い。普通の人間でないのは一目瞭然だ。


「まさか悪魔に取り憑かれているのか?」


 うちのギルドでもテッドという男性が悪魔憑きの被害にあった。良い人でみんなに慕われていたのに、悪魔のせいで人生を狂わされた。

 本人だけじゃなく周りまで不幸にするあいつらが、俺は大嫌いだ。

 しかしこの女、どうにも彼の時とは雰囲気が違う。


「おほほ! 取り憑かれるなんて失礼なことを言うねえ。私は望んでベルゼガス様の眷属になったっていうのに」


 ベルゼガスはこの国に長く棲む悪魔で、悪魔八獄あくまはちごくの一体だと聞く。

 テッドに取り憑いていたのもそいつの眷属だった。そいつを倒す際、ベルゼガスはトラジストという町にいることも聞き出した。


「確認しておくけど、悪魔憑きの状態じゃなくて、お前自身が眷属なんだな?」

「そうさ。私はね、自分を小馬鹿にした町のやつらに復讐するためにベルゼガス様に忠誠を誓った。そして雨天限定的だけれど、こうして力をいただいた」


 だからフィラセム近郊で人が攫われていたわけだ。妙なのは、関係のないギンローが襲われたこと。ソフィアだって人から恨みを買う人間じゃない。

 この女と関係はなかっただろう。

 つまり無差別に人間を襲っている。その理由はなんだ?


「誘拐した人たちをどうした?」

「誘拐? なんの話だか。私は結界に閉じ込めたやつらは全部、そう全部、食っちまう。当たり前だろう、だって腹が空くし食えば食うほど私の力は強まるんだから!」


 完全に人は捨ててしまったわけか。まあベルゼガスに魂を売った時点でこの女は救いようがないのかもしれない。

 ……待て、髪の毛の長さがおかしい。

 元々くるぶしほどまで伸びていた長い黒髪だが、今は地面にまで余裕でついている。それどころか地面を伝うようにしてこちらに……。


「くそっ……」


 ジャンプするかのように地面から離れ、こちらに伸びてくるじゃないか。俺は反射的に剣で斬り落とそうとしていたが、その行動を中止した。

 すぐに横に転がって、ひとまず長髪から逃れる。

 俺の剣は切れ味鋭い業物だ。けど直感的にわかる、あの濡れた髪は簡単には切断できない。

 俺を逃がした髪は細い木に巻き付くと、瞬時にそれをベキボキと豪快に折った。

 体勢を直して距離を取るこちらを眺め、雨女は爆笑していた。


「――手に取るようにわかる。今お前はこう考えている。あの髪は斬れない。では燃やしてはどうか? おほほほほ! やってみればー?」


 奇妙で腹の立つ笑い方だけど、思考は確かに読まれている。髪の弱点は炎に弱く、通常なら俺も炎を放つだろう。けれどあいつの髪は濡れきっている。

 結構面倒な相手かもしれん。

 幸い髪の追跡速度は遅いみたいなので一度木々の間を逃げ回る。

 ついでに『収納』でナイフを出して投擲してみた。

 もみあげあたりの髪に絡み取られてしまう。

 ちょい厳しいか。雷魔法あたりなら相性は良さげだけど、俺はまだ2で大したことはできない。


「フリーPは2000以上あるな……」 


 盗賊を倒したり、魔物を倒してきたので結構貯まっている。雷魔法8までならいける。剣術などは1000もあれば上限の10まで会得できるが魔法系は高めだ。

 落雷が使えるのは雷魔法4。

 そしてすでに覚えたスキルをフリーPで取り直す場合、特に割引が効くわけじゃない。

 一度低ランクで覚えたら、成長スキルの恩恵を受けながら地道にアップさせた方がPの省エネに繋がる。

 が、そうも言ってられないわな。

 念のためPは数百残す。雷魔法6まで取り直した。


「いつまで逃げ回るのかねえ、これだからフィラセムに近寄る人間はロクなのがいない」


 わかったよ、それじゃあこっちからも反撃させてもらうさ。


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