3話 フィラセム
入町税を払って俺はフィラセムに入る。人は多く活気もめちゃくちゃある。
転生物によくある中世または近世ヨーロッパ的な雰囲気で俺は結構好きだ。
食料品を扱う市場に行くと、屋台のおばさんに声をかけられた。
「お兄ちゃん、オーク焼き安くしとくよ~」
「オークって、豚の魔物ですよね?」
「そうさ。調理の仕方でかなり美味しくできるのさ。フィラセム名物の一つだよ」
俺は昨日から何も食べてないので買うことに決める。
『……オーシソウ』
「あはは、大丈夫。ギンローの分も買ってあげるよ。あの、一つお願いしてもいいですか」
「何だい?」
「こちらに来たばかりで、幾つか教えて欲しいことがあります」
訊いたのは金銭の価値、スキルのこと、宿屋の場所、こちらで守るべき法律など。
結果、現在の俺の所持金は約三万ギラで、節約すれば一週間くらいは暮らせるとわかった。
オーク焼き一枚二百ギラを、五枚ほど焼いてもらう。
「うっま!?」
『ウーマ! オイシ! ウンマァ!』
俺もギンローも大喜びだ。日本の食い物だと、分厚い生姜焼きに似ている。ただこっちの方が少しスパイシーだな。
食べ終わると、まず宿屋に向かって予約を取っておく。
「青鳥亭」という二階建ての宿に入ると、綺麗な少女が可愛い声で挨拶する。
「こんにちはー! 今日はお泊まりですか?」
「数日泊まりたいのですが、従魔も一緒で問題ありませんか?」
「そういうお部屋もありますよ」
値段を聞くと、一泊四千ギラなのでここに決定する。
「町を観光して、夕方に戻ってきます」
「お待ちしてます! 私は宿主の娘のアリナです」
「ユウト・ダイモンです」
『ギンロォ!』
「わぁ、可愛い~! あ、私は十七なんですけど、ユウトさんは同い年くらいですよね?」
「え……いや、俺は二十八ですけど」
「しっ、失礼しました! すごくお若く見えるから」
いえいえ、と返しつつ、実はショックを受けたり。日本にいる頃から若く見られたけど、異世界ではより顕著になるようだ。
こっちは顔のほりが深い人が多いからな。
宿を出て、適当に町を歩き回る。武器屋や道具屋などがあるのでそれとなく見学。
『フワァーァ……』
「どうした? もう眠いか」
『チョット、ネム~』
オレンジ色の夕陽が町を綺麗に照らしている。建物の並びが綺麗なのと相まって幻想的だ。
景色を楽しみながら宿に帰る。
「お帰りなさい、ユウトさんにギンロー! もうすぐ夕飯できるので待っててくださいねっ」
アリナさんは可愛い上に働き者らしい。
「アリナちゃーん、俺と結婚しようよぅ~」
「ぶっ殺すぞ、アリナちゃんの処女はおれのもんだ!」
「はいはい、新規のお客様もいるから変なこと言わないでくださいね」
このように、客の頭をおかしくする魅力に溢れている。
っていうか、あれだけ綺麗なのに彼氏がいないとは思えないが。
俺はテーブルに座り、ギンローとスキンシップを取りながら飯を待つ。
――ガシャン!
奥の厨房っぽいところから皿が割れる音がして、追うようにアリナさんの悲鳴が上がった。
「お父さん! お父さん大丈夫!?」
ただ事じゃない。他の客が動き出し、俺も後を追う。
厨房の床に、背中を丸くして倒れている美形のおじさんがいた。宿主で間違いないだろう。
「数十分前、市場で買ったキノコをさっき味見したみたいなの! 今日は、新しく出た店で買ったみたいで……」
売ってた側に知識がなく、毒キノコを販売していたってことか。日本でも稀に似たことが起きる。中途半端に知識のある人が友人にわけ与え、家族が食中毒で苦しむなど。
「待っててくれ、回復師を呼んでくる!」
「お願いっ」
客の何人かが慌てて店を出て行く。
『ユウトー、ボク、治シタ。デキル?』
ギンローは昨日のことを思い出してるのだろう。
俺の回復魔法は2に成長しており、解毒効果のあるキュアを現在使える。
ゲームでは、有効なのはあくまで軽い毒にだった。
食中毒に効果があるかは、わからない。
「痛むのはお腹ですか?」
「あ、ああ、あと、痺れる、感覚ががが」
「キュアを使ってみます」
ヒールと同じように患部に手を当ててキュアを使用する。
数分経つと、段々と店主の苦痛の表情が和らぐ。
「おぉ、だいぶ、良くなってる」
「じゃあ、もう少し続けますね」
魔力増量で底上げしていることもあり、俺の魔力は多めだ。
問題なくキュアを使い続けると、店主は立ち上がれるまでに回復した。
「さっきまでの痛みが、嘘のようだ」
「効いたみたいで良かったです」
「ありがとう! あんたがいなかったら、最悪死んでたかもしれない」
「ユウトさん、お父さんを助けてくれて、本当にありがとうございます!!」
親子に片手ずつ握られ、めちゃくちゃ感謝される。他の客からも拍手が起こり、俺が有名な回復師なんじゃないかと言い出す人まで。
その誤解はちょっと困るかも。
「ねえお父さん、命の恩人なんだから、しばらく宿代取らないであげて」
「そうだな。一週間くらいなら、タダで泊まってくれて構わないよ」
「いいんですか? 非常にありがたいです」
思わぬところで得をする。金に多少の不安はあったしね。
恩を着せるわけじゃないが、もう一つお願いしてみる。
「毒キノコってまだ余ってます?」
「ああ、まだ沢山あるけど」
「良かったら、貰えませんか」
「いいけど、何に使うんだい?」
「食べようかなと思いまして」
おおう……、皆さんの目が点になっている。俺の説明が不足しすぎたせいだ。
ちゃんと理由があるので伝える。
「俺は全状態異常スキルがあるんです。ちょっとずつ食べれば、強化されるかと思いまして」
「すごい人だな、あんた……」
成長スキルがあるとはいえ、スキルは活用しないと強くならない。
屋台のおばちゃんの話だと、異世界人にもスキルの概念はある。
鑑定アイテムを使うが、貴重なため、庶民は基本的に経験と感覚で自分の能力を把握していくようだ。
「全部使ってくれていいよ」
ザルにどっさりと乗っかった毒キノコをいただく。見た目は普通なんだな。
夕食を追えた後、俺は自室に戻って、毒キノコをちょっとだけかじる。
三十分待つ。特に腹痛はない。量を増やす。待つ。
これを三回繰り返したところ、全状態異常耐性1が2に成長してくれた。
まだ残っているので、明日以降も引き続き強化していこう。