25話 危険な村
隣町のアニラスは一日も走らせれば着く。明日の午前には到着する予定だ。
この辺は強い魔物はいないけど、夜に活動的なのが多いというから、今日は近くの村に泊まる。
夕暮れ頃に村に入って、宿泊の手続きをする。
ギンローも一緒に泊まって問題ないとのこと。
「ただですね、部屋が一つしか空きがないんです」
「私は何も問題ありません!」
『カラダデ――ギャフン!?』
変なことを口走りそうなギンローに軽くゲンコツを落としておく。
部屋に行くとベッドが二つ並んでいたので、心持ち離しておく。
まあ、ギンローを間に挟めば変なことにはならないだろ。
まだ日が完全に暮れてはいないので、みんなで村の中を見回る。
長閑な農村だな。村の周りは木の柵で囲んである。
これで魔物の侵入を防げるわけじゃないが、壊れる音で存在を把握するためだろう。
『ユウトー、ケンカシテル?』
ギンローの視線の先、村の広場には大勢の人が集まっている。ケンカっていうより、話し合いに見えるけどな。
だが近寄ってみると、正しいのはギンローだと判明する。
「いい加減にしろっ! ケラドさんのせいで、どれだけ俺たちが苦労していると思ってる! 早くあの玉を捨ててくれっ」
「そうだ、それが嫌なら出てってくれよ」
村人たちの怒りの矛先は、ケラドという人物に向けられている。
立派な顎髭をはやした五十前後の男性だ。村人と比べても明らかにガタイがよく、腰には立派な剣を携えている。
「あのなぁ、この村が大猪に襲われてた時、助けてやったのは誰だと思ってやがる?」
「そりゃあの時のことは……感謝してる。証拠に野菜や食べ物も与えているだろ」
「そんなら、俺の装飾品集めにも口出さねえで欲しいもんだ」
「普通は出さない。けどあの魔吸の玉だけはいけねえよ! あれは魔物を引き寄せるんだから」
そんな物があるのか……。恩はあるみたいだが、そりゃ村人たちだって怒るよな。
でもケラドって人は悪びれた様子もなく言い放つ。
「別に俺が毎度倒してるだろうが」
「対応しきれないこともあるだろう!? この間だって、子供が怪我をしたじゃないか」
「死んでねえし、別にいいだろうが」
「次は死ぬかもしれないだろッ」
「カスどもが、うるせえんだよ!」
イライラが沸点に達したらしく、ケラドは剣を抜いて村人たちを威嚇する。
多勢でも歯が立たないのだろう。蜘蛛の子を散らすように村人は逃げ出した。
ケラドはツバを吐き捨て、なぜか俺たちの方に歩いてくる。
「冒険者かい? うちの村に来てボケッとつっ立っていられるとイラつくんだが」
彼が俺の胸ぐらをグイッと掴みあげる。
「その手を離しなさい」
『グゥゥウ……』
途端、左右からソフィアとギンローが威嚇する。
ケラドは場数を踏んでいるのか、動じずに俺を睨む。
「女と犬に守ってもらうご主人かぁ。カッコイイね、兄ちゃん」
「俺も聖人じゃないんで。挑発に乗ってあげてもいいですよ」
「いいねいいねえ。サシでやろうぜ」
俺は仲間を落ち着かせ、ケラドと一定の距離を取る。
その際、あいつは少しでも距離を短くしようとした。
近接戦がお望みか。魔法や特殊スキルはないのかもな。
「安心しな兄ちゃん。その勇気にめんじて殺さないでおく」
上段に構え、猛進してくるケラド。おっさんだし、もうちょっと策を噛ませてくると思ったんだがね。
まあ俺を下と見てのことだろう。随分舐められてるな。 馬鹿正直に打ち合ってやる義理はない。
ここは魔法を駆使しよう。
ケラドの進行上に土の壁を出現させる。
「グエッ!?」
正面からぶつかったケラドが奇声を上げる。本来は防御として使う魔法だけど、こういう使い方も悪くないな。
「痛ってぇなクソ……」
もう完全に隙だらけじゃないか。俺は楽にそばまで移動する。相手がギョッとして動き出そうとする。
その瞬間を狙って、電撃を指先から放つ。雷魔法だ。
威力は弱く、飛距離もせいぜい数メートル。でもここからなら外さないよな。
「ひぎぅ!?」
感電して動きが鈍くなる。が、さすがに人生経験豊富なだけはあって、ここで倒れたら負けだと理解している。
辛さを我慢して起き上がり、殴りかかってきた。
「ハッ!」
俺はカウンターを決める。右のクロスをケラドの頬に叩き込んだのだ。
相手は白目を剥き、崩れるように地面に倒れた。
「感電で剣を握れなかったのは残念だったな」
気絶してるし、聞こえてないかな。
ちなみに、ケラドの前歯はほとんど折れて歯なしの状態だ。八割くらいの感覚だったんだけど……怪力スキルが悪さをしたようだ。
「先生強すぎですっ!」
『カンタンダッタネ~』
喜ぶ仲間たちと戯れていると、逃げたはずの村人がチラホラと戻ってきて驚嘆している。
「あの人凄い……」
「ケラドって、元冒険者だったよな?」
「Cランクだったはずだ。それをあっさりと……」
「世の中には、恐ろしい人がいたもんだ」
気恥ずかしくなってきたので俺はさっさと宿屋に避難する。
宿の料理が妙に豪華で、主人も愛想良かったな。
ケラドの件と無関係ではないはずだ。
夜、隣のベッドにソフィアがいたけれど、特に問題が起きることもなく朝を迎えた。
朝食を終えて村の入り口にいく際、すれ違う村人たちの笑顔が眩しい。
「またウチの村に来てくださいね」
そんな優しい態度なのだ。
ふと、気になって俺は村の青年に訊く。
「ケラドの持つ玉の件、どうするつもりです?」
「もう解決したので、大丈夫ですよ」
「解決とは?」
「玉は村の者たちで破壊しました」
「よくケラドが許しましたね。……ああ、気絶している間にやったんですか」
報復がありそうなものだが。しかし青年は首を振って、意外なことを口にする。
「彼は死にました。貴方の一撃が予想以上に効いたようでして」
「え!? ……あり得ませんよね? あれは致命傷になるレベルではないですよ」
腐ってもあいつは元冒険者。その辺の人より体力だってあるはずだ。
しかし青年は、やはり死亡したと断言する。
「……死体を見せていただけませんか?」
「すみませんが、村の方ですでに処理しました。旅のお方、どうか気に病まないでください。むしろ、貴方の好意は善行だったはずです」
そういう問題じゃないんだが。殺してもないのに、勝手に濡れ衣着せられてることが納得できない。
念のため、ソフィアの意見も聞いてみる。
「先生の一撃は強烈でしたけど、あれで死ぬなんて考えられません」
だよな。本当に死んだのだとすれば、その後に誰かが追加で攻撃を加えているはずだ。
俺はその辺を詰問する。が、青年はしらばっくれている。
「少し、お話をしてもよろしいですかな?」
そこにやってきたのは、村長である翁だ。
俺は、ケラドが死ぬはずないと訴える。
村長は険しい表情を浮かべた後、静かに語り出した。
「あのケラドという男は、冒険者引退後の隠居先にこの村を選びました。過去に、大猪の魔物から村を救ってくれたこと、また護衛役を務めてくれるというこで私たちは大いに歓迎しました」
「でも、どんどん調子に乗ってきたと」
「ええ。村の食べ物を与えるくらいなら、私たちも我慢できました」
「魔物を寄せる玉など、迷惑な物を集め出したんですよね」
「それだけじゃありません。村の若い女を手当たり次第……夜中に犯しておったのです」
ああ、そりゃ完全にアウトだ。
無論、村人たちも憤って抗議をした。
でも相手は、村人たちが束になっても敵わない。
それに杜撰とはいえ、一応は夜中の犯行で犯人と特定できる明確な証拠もなかった。
「旅人様。ケラドを殺したのは貴方様ではありません。あの後、放置されていたケラドを村の誰かが殺したのです」
本当は、犯人はわかっているはず。というか、村人たちが協力して行ったのだろうと俺は推理する。
あれだけ村人がいる中で、誰の目にも付かず殺せるはずがない。
「どうか、このまま旅を続けてはいただけないでしょうか?」
「一つだけ。こちらに罪をなすりつけるやり方は嫌いです。もし、俺が殺人を犯したと他者に話すようなら、こちらも考えがあります」
「もちろんでございます。貴方様ではない。この村の誰かが、ケラドを殺したのです」
「…………それなら、俺には関係のないことですね」
「お気をつけて」
俺は返事はせず、村の入り口に歩いていく。
若干のモヤモヤ感はあるし、ここが日本なら警察に連絡もするだろう。
だが、ここは異世界であり、ルールが違う。
そしてケラドは、とんでもないクズ野郎だった。玉で村人に迷惑はかけるし、若い女性に非道な行いも働いていた。
「これが正解だったのでしょうか?」
不安げに訊いてくるソフィアに、俺は立ち止まって答える。
「今回のことに、正解はないと思う。一見正義に見えても、視点を変えれば悪になる。逆だってある。だから自分が選択した道を信じるしかない」
「……難しい問題、ですもんね」
「ああ、難しいね。でも、この問題についてはここで終わりだ。切り替えていく」
「わかりました」
彼女は優しいし正義感は強い。色々と思うことはあるだろう。
俺もかっこつけたけど、自分の選択に絶対の自信があるわけじゃないしな。
『テンキ、エエナ~』
小難しい話にはついてこれなかったギンローが空を仰ぎ、気持ちよさそうに目を細める。
いいね、そういうのに癒やされるよ。




