24話 隣町へ出発しよう
町を出て一番近い山の中で、俺は黒焦げになった猪の魔物を見つめる。
ちょっと燃やしすぎじゃないかなー。これじゃ食べ辛いんじゃないかと思うが、ギンローはお構いなしにガツガツといく。オイヒーとかオイピーなどと言いながら。
昨日、せっかくファイアブレスを覚えたってことで魔物を相手に使ってみようとなったのだ。
その有用性については、この黒焦げになった魔物を見れば明らかだろう。
日々進化していくギンローが頼もしいね。
俺もほうも、フリーPは五千以上あるけど、焦って使わずに貯めておくのも悪くないだろう。
『ケプッ。フゥウ……』
可愛らしいゲップをしてギンローがため息をつく。やはり焦げ肉は美味しくはなかったようで。
頭を撫でてやると、ゴロンと腹を上に向けて嬉しそうにする。完全に犬じゃないか。本当に伝説の魔物なのか怪しいもんだ。可愛いからいいけど。
『ダッコ。ハコンデ』
「ここ魔物も出るんだけどなー」
『ニオイ、ダイジョブー』
鼻がきくから問題ないってことらしい。しょうがないので抱っこして町に戻る。今朝ギルドマスターの遣いが宿に来て、何時でもいいから今日中に来てくれと言伝があった。
さて、案の定門番の兵士にからかわれた。
ついに赤ちゃんができたのかい? だとさ。赤ちゃんどころか結婚もまだなんですよ。
「地球でも独身だったしな。結婚なんて一生縁がなささそうだ」
『ギンロート、ケッコンスルカ?』
「あはは! 俺はそっちの気はないからギンローとは無理だな」
『ジャー、ソフィアー?』
何でソフィアが出てくる? 俺が驚いていると、さらに鼓動が始まる出来事が起きる。
噂の彼女が、メインストリートを駆けてくるじゃないか。
「先生っ! 捜してたんですよ~」
「や、やあ。なにか問題でも起きたのかな?」
彼女は明るい表情を崩さないまま、首を振る。
「そういうわけじゃないんです。ちょっとお話ししたいことがありまして」
『コッチモ。ユウトー、ソフィアトケッコン――モゴゴゴ!?』
俺はギンローの口を手で上下から押さえつけ、一切言葉を発せないようにした。
不思議そうに首を傾げるソフィアに、さっきの話を続けるよう促す。
「隣町の話なんですけど、従魔コンテストが開催される時期なんです。賞品も豪華ですし、先生も一考してみたらどうかなーなんて」
「ちょっと興味あるな」
ソフィアの説明だとこうだ。貴族が開催しており参加者も貴族が多いが、平民も参加できる。
優勝賞品は貴重な魔道具と高額のお金。
競技内容は美しさ、賢さ、強さなどで競われる。
ギンローならば十分に勝機はあると彼女は話す。
「出る気ある?」
『アル!』
好奇心旺盛だもん、そうくるよな。まあ軽い旅をするのも悪くない。他の人の従魔も見たいので参加の方向で意思を固める。
「ええと、ソフィアはどうする? やっぱり冒険者忙しい?」
「いえ、先生とギンローさえ良ければ私もついていきたいです……案内できますし!」
「おお、心強い。よろしく頼むよ」
やった、とガッツポーズを取るソフィア。
明日出発すればコンテストに参加できるっぽいので、約束をして俺とギンローはギルドに向かった。
中に入ると、酒を嗜んでいたマスターに呼ばれる。
「よう、ユウト! こっち来て一緒に飲まねえか?」
「いえ、昼から酒は……」
『ノンダクレ! ダメナヤツ!』
これこれ、やめなさい。確かに世間一般ではそうなんだけども。マスターも気にした様子はなく、むしろ爆笑してギンローの頭をワシャワシャと撫でる。
「んじゃ、本題に入ろうかね。お前さんを呼んだ理由だが、実は他の町から冒険者要請がかかっていてな」
あれか。町の冒険者だけで手に負えない事件があった時など、他のギルドに助っ人を求めるのだ。
「もしかして、俺を送る的な感じですか?」
「お前とAランクのパーティを一つ送ろうと思う」
「ありがたいお話ですが、明日から隣町の従魔コンテストに参加する予定で……」
「アニラスだな? 依頼が来ているのもその町だぞ」
「そうでしたか」
それならと詳細を尋ねる。まず依頼内容は盗賊の討伐。いつ討伐に出るかはあちらのギルド次第だが、恐らく来週になるだろうと。
「従魔コントテストは貴族が開く催しだ。ギルド側もそこは配慮するだろう」
「しかし盗賊は、そんなに強いんですか?」
「相手側に特殊なスキル持ちがいるらしい。対応できる奴が必要で、そいつがウチにいたんでな」
Aランクパーティの中にいるってことか。
俺は戦闘要員なので、ギンローとなるだけ多くの山賊を倒せとのこと。
報酬は高く、山賊の持ち物も良い物をもらえるので断る理由はないな。
「お受けします。ただソフィアも一緒に連れていって良いですか?」
「構わんよ。お前のパーティメンバー扱いになる。Aランクの『影の足音』は今の依頼が済み次第行く。あちらで合流してくれ。馬車もこちらで用意しよう」
「ご配慮感謝いたします」
「いずれSランクになれる逸材のお前さんを無下に扱うわけにゃいかん」
褒めすぎですよ。
明日に備え、今日は依頼を受けないで帰ることにした。
一晩明け、門でソフィアと合流する。盗賊の件を話したら、ぜひ参加したいと言う。
マスターの用意した御者に挨拶をして馬車に乗り込む。
「ドキドキしますねー。ギンローならきっと優勝できますよ」
「そう上手くいくかな。参加するのは訓練を積んだ貴族たちなんだろう?」
「先生とギンローなら絶対いけます! 私は従魔が好きで色々見てきましたけど、こんなに賢い人いません」
まあギンローならやってくれるかな。
しばらく馬車に揺られていると、ふとソフィアの横顔が気になった。何か思い詰めているようなのだ。
「悩み事でもあるのか? 俺で良かったら相談乗るよ」
「先生……私って魔法がほとんど使えないので、どうしても戦闘の幅がないんです。今回の山賊討伐でも足を引っ張らないか不安で……」
「ソフィアの身軽さと剣捌きなら十分通じるとは思うが」
確かに相手が狡猾で距離を取るタイプなどだと手こずるだろうな。
ソフィアは、どうも俺やギンローとパーティを組みたいっぽい。美人だし性格もいいし、俺としても一緒に行動するのは嬉しいくらいだ。
「魔道具で身を固めるってのも一つの手じゃないかな」
「それです! さすが先生っ、私は魔法を覚えることで頭いっぱいでした。でも確かに、向いてない人が頑張るよりそっちの方がいいですね」
「剣の才があるんだし、努力はそちらに当てたほうがいいよな。魔道具についてはさ、俺が作ることもできるんだ」
錬金術のスキルと知識が多少あることを伝えると、ソフィアは立ち上がって喜ぶ。
「先生って本当に凄いですね……! 私にもできることあったら、いつでも言ってくださいね?」
『ジャー、カラダデ! ハラッテ!』
「どこで覚えたギンロー!?」
『ヤド?』
あー、あそこに泊まってる人たち、結構下品な話好きだもんな。
冗談にして笑えれば良かったんだけど、ソフィアが顔を真っ赤にして戸惑っている。
「気にしないでくれよ。ギンローのジョークだからさ」
「……せ、先生さえ、よければ……払う所存、です」
「んん?」
「やっ、変な意味じゃなくて! 凄くお世話になったのに、先生の役に立てないのが辛くて」
「気持ちはありがとう。じゃあ、もし魔物が出たら倒してもらおうかな」
なんて言ってたら、馬車が止まって御者が助けを求めてきた。
闘牛系の魔物が数体現れたようだ。
「先生はここで休んでいてくださいねっ」
ウインクして、ソフィアは意気揚々と出て行く。
ギンローも続いて飛び出したから、ここは甘えさせてもらおう。
それにしても……マジで可愛いから困る。




