23話 ギンロー、火を吹く
昨日は無事悪魔も倒したことだし、今日はギンローと一緒に行動することにした。
ただ、一応ギルドに顔を出さなきゃいけないので、朝食後に向かう。
『ユウトー、キノウ、ナニヤッテタ?』
「ソフィアと一緒に悪魔倒してたんだよ」
『アクマ?』
「すごく悪い奴らさ。今後、戦うこともあるかもしれない。そのときは頑張ろうな」
『オー!』
「わっ、馬鹿! 町中じゃダメだぞ!」
興奮したギンローがフリーズブレスを吐いたのだ。人通りが少なかったので特に問題はなかったけど、ヒヤヒヤさせられる。氷属性だけに……。
しかし、ギンローは氷属性以外にも適性があるんだろうか? 伝説級の魔物のようだし、俺がちゃんと育成してやりたいもんだ。
ギルドに到着、中に入るなり、俺に賞賛の声が四方八方からかかる。
「先生、おはようございます。昨日はすごかったですね!」
「アニキー、大活躍だったみたいですね!」
「あんたがテッドを正気に戻してくれたんだな。ありがとよ」
いえいえ大したことしていませんよ。そう告げると、みんなが「それはない!」とツッコんだ。
日本人的謙遜なんだけど、こっちではあんまりやる人いないからな。
奥にいるギルドマスターと話すと、まず相当な額の報奨金をいただく。日本での感覚なら五百万円相当になるだろう。
「領主様からだ」
「こんなにいただけるんですね」
「安いくらいだ。お前は悪魔に取り憑かれたテッドを助けたんだからな」
「……テッドさんは、どうなりそうですか?」
マスターは腕を組み、少しの間黙った。
状況は悪いのかな……と俺は残念に思ったが、その瞬間に彼は口元を緩ませた。
「ああ悪い、勘違いさせたな。そう悪くない結果になりそうだ。ただ本人が罪悪感に苦しんでいてな。そこが可哀想で。――それはそうと、そっちの従魔だが」
『ナンダー? ギンローニ、ヨウアル?』
首をかしげるギンローを見て、マスターが目を眇める。
「まさかとは思うが、マーナガルムか?」
ギグリ、と俺は効果音が出そうなほど焦る。それを目にしたマスターは手を伸ばして笑う。
「いやいいんだ。言いたくないならな。だが、仮にそうなら凄いことだ。マーナガルムはその辺の狼とは違う。昔、知り合いの従魔に聞いた話だと、体が熱くなるもん食べると炎を吐けるらしい」
「へぇ」
「上手く育てろよ。あと、少し休んだらまた依頼頼むぜ」
「はい」
俺はそう返事し、ギルドのみんなと談笑する。
数十分も話すと、それぞれ依頼に出て行ったので俺たちもギルドを後にした。
「体が熱くなる物ね……。熱々の鍋とか?」
『カライノハ?』
「あぁ、それもあるなぁ」
『タベタイナ~、タベテ、ミタイナ~』
朝食から大して時間も経ってないというのに、さすがギンローだよ。
要望に応えるため、町中を見て回る。
露店には、なかなか辛さを売りにしているお店は少ない。
そこで町に詳しそうな中年男性に聞いてみた。
「あそこの店、激辛あるぞ。食い切れたら無料になる」
「それは嬉しいですね!」
「ただし、食い切れなかったら倍の値段払わなきゃだけどな」
日本でも、たまにそういうお店あるよな。
制限時間以内に大盛りを食べるやつ。
教えてもらったお店にギンローと入る。普通の定食屋で、まだ十時ということもあって空いている。
白髪のまじった店長さんが言う。
「いらっしゃい。なに食べる?」
「激辛料理にチャレンジしたいのですが」
「……ほう。そんな優男みたいな顔して、ウチの店とやりあうと?」
「あ、俺じゃなくてこっちの従魔なんですが」
「魔物だって、うちの辛さは耐えられねえぞ。……まあいいさ、食えなかったら料金は倍だがいいか?」
値段を確認すると、だいぶ高い。日本の感覚で言えば、一万円くらいになるんじゃないだろうか。
食えなかったら、それが倍になる。
とはいえ、ギンローへの投資だと考えればなにも痛くはないさ。俺は迷いなく注文しようとして――別の客が入ってきた。
「オヤジ、いつもの激辛頼む。チャレンジじゃなく、普通に金を払う」
「おおアンタか、いつもありがとよ」
店主と顔見知りらしい若い男が、真っ赤な毛をした狼の魔物と一緒に入ってきた。
従魔なのだろうけど、毛が赤いのは珍しいな。彼はギンローを見るなり、俺に話しかけてくる。
「シルバーウルフか?」
「そんなところですね」
「オレの従魔もウルフ系だ。仲良くしたいところだが……」
『グゥゥ、グゥウウウ』
レッドウルフは、ギンローをめちゃくちゃ威嚇している。魔物の中でも近い存在なはずなんだけどな。店主が思い出したように話す。
「そうそう、このお客さんの従魔が激辛にチャレンジするんだよ。あんたのレッドウルフと似てるのかもな」
『キミモ、カライノ、クウ?』
ギンローがレッドウルフに訊くが、相手は唸るばかりだ。おそらく言語を話せないのだろう。それは男の反応からもわかる。
「は、話せるのか……。まだ小さいように思えるが」
「なかなか賢い魔物なんですよ」
この言葉が、よろしくなかった。男の闘争心に火がついたようで、いきなり勝負を申し込んできたのだ。
「オレの魔物も辛いものが好きでな。ここのチャレンジをクリアしすぎて、今では無料じゃ食えなくなったほどさ」
ああ、だからさっき金を払うって言ってたんだ。
「お前の従魔とオレの従魔。早食い勝負させてみないか?」
「でもギンローは、今日が初めてですし」
『ダイジョウブダヨー。ハヤク、タベル。ギンローノ、カチ。デショ?』
「従魔は勇気があるようだ。どうする主人?」
ギンローも乗り気だし、ここは挑発に乗ってみるのも悪くないか。
負けたからって特に罰はないみたいなので、勝負を引き受けると、主人が料理を作りに取りかかる。
待っている間、俺は彼に従魔自慢をされる。レッドウルフは熱に強く、炎の中でも長く耐えられるのだとか。
毛なども燃えにくい上、火を吐くことも可能だと。そこは羨ましい。
「おまたせい!」
店主が深い器に入れて持ってきた料理は、見るだけで胃が痛くなりそうなものだった。
スープの中に肉や野菜が多く入っているのだが、そのスープが真っ赤なのだ。
超激辛ラーメンの麺抜きを想像してもらえばいい。ついでに唐辛子が何個も浮いてるっていうね……。
湯気も立っており、俺なら一口で舌がやられそうだ。
「ふふ、ビビったようだな。これを早く食い切った方が勝ちだ」
「いや、さすがにこれは……」
「逃げるのか?」
『ニゲネーヨ! ギンロー、ユウトハ、イツモカツ』
俺の代わりに啖呵切ってくれたのは嬉しいけど、本当に大丈夫だろうか。
俺の心配をよそに、店主が合図を出してしまう。
「さあ、頑張って食ってくれ!」
ギンローとレッドウルフが同時に器に顔を近づけ、舌を使って熱々スープを舐める。
『ヒッ!?』
予想以上の辛さだったのか、ギンローの背中の毛が逆立つ。
「無理するなよ。ギブアップしたっていいんだからな」
『ダ、ダイジョウブ。チョット、オドロイタダケ』
レッドウルフに負けないよう、ペロペロと頑張るギンローが心配だ。一方、あちらは慣れてるだけあってハイペース。
……勝負は負けかな。
だが、ギンローの体が一番大事だ。いくら成長が早いとはいえ、まだ生まれて間もない。無理だけはさせたくない。
「ん?」「あん?」「お?」
俺、男、店主が間の抜けた声を出すのは、ギンローのペースが徐々に上がっていくからだ。
『カライ。デモウマーイ!』
ハイテンションで、レッドウルフを圧倒する速度を出す。しかも舐めるのはまどろっこしいとばかりにスープに鼻をツッコむ。
ガブガブと野菜や肉を食べる。
『ウッ。ユウトォ……シニソウ』
「そりゃそうだって! 無理しなくて――」
『ナホド、ウマイデス!』
辛いのなんてへっちゃらだい、とばかりに肉も野菜もスープも食べ尽くすギンロー。
結局、俺の心配をよそに圧勝してしまう。
「なん、なの、お前の従魔?」
『クゥゥン……クゥン……』
男が驚愕して、レッドウルフが子犬のように鳴く。
「ええと、これが、ギンローっていう生き物です」
『オイシカッタ!』
ギンローの中では途中から勝負なんてどうでも良くなってたんだろうね。
食べきったということで、料金はタダになった。
店を出て歩いていると、ギンローの様子が変だと気づく。咳をしているんだ。
「やっぱ一気に食い過ぎたんじゃないか。ヒールかけてみようか?」
『ウゥン……ナンカ、デソウ』
「出そう?」
『フイテ、イイ?』
「あっ! やるなら上向いてなっ」
もしや、と感じた俺は咄嗟にギンローの顔を空に向けた。
――ボォオオオオ!
勢いの激しい炎がギンローの口から吐かれる。俺は肌に熱を感じながら、ギルドマスターの話は真実だったのだと思った。
『ヒ、ハケターッ』
「本当に便利な体してるな、お前は」
『マタ、アレタベタイ!』
「わかったよ、定期的に食べようか」
次からは有料だろうけど、お腹いっぱい食べさせてあげよう。




