21話 悪魔の正体
倒れている冒険者たちの傷はハイヒールで治す。魔法をかけながら俺は疑問を覚える。
彼らの服が濡れている。床もそうだ。
テッドは水魔法が得意だと話していたから、ここで使ったのかもな。
「負けません!」
気炎を吐きながら、ソフィアがテッドに猛攻を仕掛ける。軽快な動き。剣の扱いも巧みだが、テッドも負けていない。
余裕の笑みを浮かべている。
「いい体してるねえええ。めちゃくちゃにしてやりたいよ。ほら!」
「――きゃあ!?」
伸ばした手先から水が噴射され、ソフィアはびしょ濡れになる。
俺はヒヤッとした。なにか、状態異常でも引き起こす水魔法だったらヤバい……。
しかしソフィアは苦しむ様子もなく、猛然と攻める。
ホッとしつつ、冒険者四人の傷を治し終えた。
「あ、ありが、とう」
「すぐ動くと傷が開く可能性があります。大人しくしててください」
冒険者たちには、部屋の隅に移動してもらう。
ここで俺は、ソフィアの異変に気づいた。
「ハァハァ……ハァハァハァハァ」
息が上がっている。動きも鈍い。
「そうか、それがテッドの狙いか」
水を吸った衣類は重くなる。
それが戦闘に影響を与えていたんだ。
「お嬢ちゃん、トロくなってるぞー? ほらほらほらッ」
「あぁっ……」
また放水だ。それもさっきより強い。
放水圧力がかなり高いようで、ソフィアは壁際まで一気に押されてしまう。
消防車の放水並みか、それを上回るんじゃないだろうか。
俺は、斜め後ろからテッドに斬りかかる。
迅速に斜め上から剣を振る。ズバッ、と斬れれば良かったが、そうはいかない。
「ふん」
軽く鼻を鳴らしながら、テッドは楽に躱して見せた。
「君には、あまり興味はないけどなぁ。放っておいてくれよ」
「無理だな。殺人を重ねるやつを放っておくなんてできない」
「真面目だね。じゃ、口ほどにもあるかないか、試させてもらおっと」
剣戟が始まる。テッドは無造作に、適当に振ってるように見えるのに、一撃がかなり重い。
こちらも剣術は6だし、ずっと剣を使ってきているので、十分ついてはいける。むしろ、こっちが押しているな。
「クッ、なんだよ……結構やるじゃないか」
「お前はテッドなのか、悪魔なのか」
「さあね、どっちでしょ」
「ベルゼガスなのか。それとも手下か」
俺のこの質問に、テッドはぶち切れる。
「ベルゼガス――様だろうがっ」
ここからテッドが激しい勢いで剣を振りまくった。呼び捨てにしただけで、そこまで怒るとは。
取り憑いているのはベルゼガスではなく、忠実なシモベかもな。
怒りで威力はあがったが、動きは単調になる。
こうなると、こっちとしては非常にやりやすいね。
隙を狙ってもいいけど、ここはガソリン切れを狙う。
大振りになったので先読みして動くのは楽だ。
「クソクソ、なんで当たらない、なんでなんで」
「そんなんじゃ、ベルゼガスに叱られるぞ」
「だから黙れ!」
テッドの単純すぎる剣を受けつつ、腹に蹴りを入れておく。
おぐぅ……と小さく苦しみの声をあげながら後退したな。
俺はソフィアに視線を伸ばす。
「悪魔払いに有効な方法を知ってるか?」
「取り憑かれた人は、体のどこかに悪魔の印があるはずです。そこに悪魔は潜んで言われます」
「つまり、そこを攻撃すればいいわけだな」
「そうです」
皮膚が見える位置にアザのような目立つものはない。
となると、服を破いて確認するしかないだろう。
一度、動きを止めたいな。
「ててて、ててて、てめえ……おれを本気で怒らせたな。もう知らねえぞ」
ブツブツと呟き、テッドは両手をこちらに伸ばす。俺も戦闘を重ねてきたおかげか多少の勘が働くようになっている。
嫌な予感がしたので、背後の窓に体当たりする形で外に飛び出した。
ゴォァオオオオ――
直後、家の壁が破壊され、中から洪水のごとき水が大量に出てくる。
ソフィアや冒険者たちが流されてこなかったので俺は胸をなで下ろす。
飛んでもない威力ではあるな。その辺に落ちた壁の残骸を見て、俺は素直に思った。
テッド本来の力か、悪魔がそれを増幅しているのか。
どっちにせよ、一つ大事なことがある。
さすがに魔力を使いすぎたようで、テッドは片膝をついて肩で息をしているってことだ。
俺は雷魔法を使って電撃を飛ばす。
魔力調整して、かなり強めにしておいた。
「うぎぃいいいい!?」
疲弊した相手に当てるのは楽だった。
感電して、小刻みに震えたまま動けなくなるテッド。
俺は近づくと、素早く服を切って肌を調べる。
「これだよな」
俺たちの世界でいう梵字に似たものが皮膚に刻まれている。
色は黒くて、いかにも悪魔っぽい。
俺はここを試しに殴ってみる。
が、特に変化はない。
ここで隠れていたソフィアがアドバイスをくれる。
「先生、もっと強く攻撃しないとダメかもしれません」
「そうなのか」
じゃあ剣を使おう。
突き刺すのはさすがに無理だ。
テッドに影響が出る。
そこで×を描くように印を攻撃した。
赤い血が噴き出たと思うや、火事のときのような黒い煙が肉体からモクモクと立ち上がる。
俺は一旦離れて様子を窺う。
煙が晴れるのと、そこには一体の目玉の魔物がいた。
直径三十センチくらいの目玉。その左右からコウモリのごとき翼が生えている。
パタパタと忙しなく羽ばたかせ、そいつは叫ぶ。
「よくも、このおれを追い出したな! ただじゃおかねえぞ!」
盗賊の三下かよ。
そうツッコミたくなる脅しに、俺は冷めた笑いを浮かべた。




