19話 緊急事態
ギルド内の空気がいつも違う。
普段から活気はあるけど、今日はそれが顕著だ。
もしや、俺のDランクの件だろうか?
ドキドキしつつ室内を歩くが誰一人として声をかけてこない。無論、注目もされていない。
これが自意識過剰ってやつだな。恥ずかしいぜちくしょう!
冒険者たちが誰かに群がっているみたいだけど、混みすぎていてよくわからない。
どうにか受付のリンリンさんにたどり着く。
「なにかあったんですか?」
「大人気の冒険者がいるんですよー。男どもは女の顔と胸しか見てないことが、また証明されました。死ねばいいのに」
酷く不機嫌だな。こういうときはあまり関わらない方がいいかも。
なにかDランクの依頼がないか尋ねる。今日からグレードアップしたのを受けられるのだ。
「先生! 来ていたんですねっ」
「ン?」
突然透き通る声音がして、金髪美人が男性の間から出てくる。
「ソフィアじゃないか。ギルドに来ていたんだな」
「はい、先生に会いたいなってずっと思ってたんですよ!」
屈託のない笑顔に癒やされるなー。
ほんわかとする俺とは違ってギルド内に妙な空気感が漂う。みんな敵対意識を向けている。リンリンさんも困惑している。
「ユ、ユウトさん……彼女と知り合いだったんですね。先生って、どういう意味ですか?」
「過去に、ソフィアに頼まれて剣の家庭教師を務めまして」
「ウゥッ、大型ルーキーにツバ付けるなんて、魔性の女にもほどがあるぅ……!」
ツバって……。でもおかけで混雑の理由がソフィアだったと理解した。後ろの男性たちが嘆いたり、俺に文句をブツブツ呟いているのが証拠だ。
ソフィアは後ろの人たちにハッキリ告げる。
「ごめんなさい、依頼の同行は必要ありません。自分一人か、先生とご一緒させていただきますので」
「なにか聞きたいことあるなら、いつでも頼ってくれよソフィアちゃん」
「いつでもウチのパーティに参加してくれて構わないからね」
男性が飛び抜けた美人に弱いのはどこの世界も一緒らしい。彼女は顔だけじゃなくスタイルも凄く、気品があって、それでいて親しみやすさがある。そりゃモテるよな。
日本にきたら動画配信で億万長者になれそうだ。
みんなが解散した後、ソフィアは頭を下げてくる。
「ごめんなさい、ユウト先生。利用してしまう形になって」
「全然。俺で良ければどんどん利用してくれていいぞ」
「先生って優しいですよね」
「そうでもないよ。そうだ、一緒に魔物退治でも行ってみようか?」
「いいんですか!? ぜひご一緒させてください!」
ドーガさんにも娘を助けてやってくれと頼まれたしな。
「今ってFランク?」
「いえ、この間クリアしてEランクになりした」
「さすがだな」
「先生に剣を教えていただけたおかげですね」
ドンッッッ!
ここでリンリンさんが机を強く叩き、頬をひくひくと動かしながら言う。
「目の前でイチャイチャされる、と、彼氏もいない女と、しては、ぐぉぁおああきゃいいい」
もはや言語にならない叫びである。リンリンさんは美人なのに、リア充感があんまりないよな。
頭をカリカリ掻いて、少し落ち着きを取り戻したようだ。
「ユウトさんとソフィアさんって、お付き合いしてるんですかー?」
「付き合ってません!」
即座に否定するソフィアにちょいヘコむ。そこまで力入れなくても。
「……私なんか、先生からしたら全然女性として見られていないと思います。この間まで、親に養ってもらっていて、まだ独り立ちもできていません。先生は外国から来て、色んな方法で生計を立てています。今の私にはとても真似できません」
「アー、ソンケイ、シテルンデスネー」
「はい!」
リンリンさんのやる気が、目に見えて消えていく。ギンローっぽいカタコトになってしまっている。
俺は男としてNG食らったわけではないと知って少々ホッとする。あんな高速で否定されるほど、男として魅力ないのかと不安だったのだ。
話に区切りがついたところで、二人で依頼を探す。
だが、他の受付嬢の張り詰めた一声によって中断された。
「聞いてください皆さん! マスターよりお話があります」
ザワつく室内。奥の部屋のドアが開いて、中から筋肉ムキムキの男性が出てきた。短く立った白髪で、頬には切り傷がある。
目つきがただ者じゃなくて、道ですれ違ったら思わず顔を下げてしまうほどイカつい。
「調子は悪くないよな、野郎ども」
ニッと笑ってそう声をかけると、冒険者たちが一斉に返事をする。
マスターは深く頷いてから、表情を険しくした。
「今日は残念な知らせだ。このギルドから犯罪者を出しちまった」
ムードが一気に暗くなる。
自分の知り合いかもしれないので、当然か。
「犯人はラッド・ウェンブル。知っている者も多いだろうがBランク冒険者だ」
「嘘だろぉ……」
「ラッドさんって、あの流水のラッドさんだよな。なにかの間違いじゃないんですか」
「残念ながら、間違いじゃない。昨日の夜、通りで人を殺しているのを見た人がいる。さらに今朝方、民家に入って家族を皆殺しにしている」
異常だな。猟奇的殺人で俺は嫌悪感しか覚えない。
でもギルドの人たちは、感じ方が違うらしい。
「あの人がそんなことするわけない! マスターだって知ってるはずだ」
「オレだってそう思うさ。恐らくだが……悪魔憑きだ」
皆言葉を失っているけど、納得はしているっぽいな。
俺はこっそりと、隣のソフィアに訊く。
「あのさ、悪魔憑きってのは?」
「それはですね――」
悪魔憑き。
名前の通り、悪魔による仕業のようだ。
悪魔は魔物のように強いだけじゃなく、非常に狡猾な生物とのこと。魔物ほど数は多くないけど、この国にも強いのが複数いる。
悪魔、またはその眷属は、人に取り憑いて正常じゃない状態にすることがある。一度取り憑かれると、自力で追い出すのは困難なのだとか。
「悪魔にせよ、その眷属にせよ、あのラッドが取り憑かれたんだ。最悪、ベルゼガスも覚悟しなきゃならねえ」
「ベルゼガスはこの国に長く棲む悪魔で、悪魔八獄の一つとされます。非常に厄介で、人間が長く苦しめられているんですよ」
そんなヤバい奴がフィラセムに来ていると。本体じゃなくて眷属の可能性もあるが。
すでに領主には報告済みで、兵士が街中を捜索している。
ただ、マスター的にはどうしても自分たちで捕らえたい。
悪魔憑きとはいえ、犯罪者の所属ギルドには協力の義務がある。
「不運なことに、高ランクは皆遠征に出ちまっている。そこで、お前らとオレとでラッドを捜す。異存は?」
「ありません!」
「よーし。ただ相手はラッドだ。低ランクは無理をせず待機しろ。行きたいなら、絶対に複数人で動け。いいな」
「はい!」
「あと、ここにユウトってのはいるか?」
唐突に出てきたけど、ユウトなんて名前は俺しかいないよな。
手を挙げると、マスターは目を見つめてくる。
「お前は残れ。他の者は、ラッド捜しに出ろ。どうしても悪魔を払えない場合は――殺せ! 許可も出ている」
「殺させるもんかっ、殺させてたまるかよ!」
雄叫びをあげながら彼らはギルドを勢いよく出て行く。
ラッドさんは、人望がある人なんだろうな。
みんなのどうにか助けたいって気持ちが言動に表れていた。
「こっち向け、ユウト」
「はい」
ドスのきいた声で、脅すように命令してくるマスター。
敵対心が強いな、という印象だ。
特に嫌われる覚えはないんだけど。
「昨日、Dランク合格したばかりで、もう依頼を受けるつもりだったんだな」
「疲れは取れましたので」
「ほう。その言葉、ちょっと試させてくれ――」
俺は反射的に身構える。
攻めてこられたわけじゃない。威圧だ。
ドーガさんやソフィアも使うそれだが、この人のはレベルが違っていて、闘争心が体の芯まで響いてくる。
脅し、だけでは終わらなかった。
マスターは両腕をめいっぱい広げ、襲いかかってきた。
俺は拳を固め、反撃の準備を整えた。




