17話 無駄なものはない
アーマーオークは、子供でもタフのようだ。
首元に剣を刺しても、すぐに絶命はしない。もがく。
そこで俺は一度剣を引き抜いて、首をもう一度斬りつける。
転倒したのと同時、頭に矢がもう一本刺さった。ロイが撃ってくれたんだな。
ここまですれば、さすがに死ぬらしい。
ギンローの方は――もう終わってたかー。急所に牙を立てて、そっこうで始末していた。
「速いな、今回は俺の負けかな」
『ギンローカチ! ウェーイ!』
その場でクルクル回って喜んでいる。パーリィピーポーみたいなテンションには、アラサー男はついていけないぜ!
アーマーオークの死体を収納する。二体とも問題なく収まったので帰ろうとして、ひどく焦った一声が響いた。
「ユウトッ、後ろだーッ」
「……え?」
地面に影が落ち、俺は背後を振り向く。子供と比較にならないサイズのアーマーオークがいる。野太い腕が伸びてくる。
俺は咄嗟に下がった。指先が指に触れるくらいで、ギリギリだった。危なっ。
四メートルくらいあるのかこいつ? 気配を消すが上手すぎる。そして、オークは二体いる。
ツガイか、または子供のそれぞれの親なのか。今はどっちでも構わないな。
俺とギンローは息を合わせ、それぞれ別のオークを狙う。
ガキン! 剣を余裕で弾かれて焦る。
「まさか、もう硬化された状態なのかよ……」
追い詰められてからじゃないのか。そう思ったが、こいつらからすれば十分そうなのかもな。子供がピンチっていうか死んじゃったわけだし。
「ヴヴヴヴゥウウウウ!」
相当ご立腹だ。長い腕を使ったぶん回し攻撃を繰り出してくる。
素直な大振りなので躱すことはできる。が、風は唸るし迫力が半端じゃない。
一旦背中を見せて逃げる。
「ヴヴォオオオッッ」
逃げるなーとでも叫んでるのだろう。追いかけてくる。
「悪いが、逃げたわけじゃない。巻き込まないようしただけだ」
大切なギンローを。
俺は振り返ると同時に、爆炎矢をアーマーオークの顔面に撃ち込んだ。
爆発音がして、オークの動きが完全に止まる。
煙が立ち上り、やがて倒れ――ない。全然、倒れない。鼻をヒクヒクさせ、目は血走っている。人間の俺にもわかる、あれは怒りの表情だとね。
ここまで攻撃が入らないなら、これ以上戦うのは危険かもしれない。
逃走の文字が脳裏をよぎる。
「――付与魔法は使ったのか!?」
そう声を張るロイのおかげで、まだ試していないことに気づく。
奇襲を受け、俺も相当動揺していたんだな。
頭から完全に抜けていたよ。
「試してみます!」
なるべく距離は近い方がいい。交互に振ってくる両拳をまずは喰らわないようにする。
あちらも生物。体力が切れてきて、動きが鈍重になる。そこで一度近づき、付与魔法をかける。
前からそうなのだが、フリースキルで得ると、魔法は初めてでも楽に使える。
大事なのは魔力量があること。
使う種類を明確に意識すること。
追加で、イメージもあると良い。
……魔法は入ったのかな?
エフェクトがあるわけじゃないので、よくわからん。
試すつもりで剣を一振り。これで弾かれたら諦めて退散のつもりだったが、刃がちゃんと通った!
アーマーオークの皮膚から血が噴き出る。鋼の筋肉が弱体化しているな。
「フヴォオオッ……」
次々に矢が飛来して、オークにダメージを重ねる。ロイの援助はありがたい。一気に攻めたいけど、正直飛び込むのは勇気がいる。
そこで魔法とナイフを使った投擲で地味に体力を削る。
相手が膝をついたところで、急所を斬って勝利を収める。
「ギンロー、平気か!」
もう一体を相手にしているのだ。ピンチかと思いきや……オークがヘロヘロになっている。
いくら渾身の攻撃を出してもギンローが悉く避けるせいだ。
しかも、相手をぐるぐる回らせるように動く。
「……ッオ?」
ここでなんと、オークが目を回して倒れる。
平衡感覚を失っている内に、付与魔法で弱らす。
俺の剣とギンローの爪で、無事トドメを指した。
「狙ってやってた?」
『ウン! カタイカラ、タオシテ、ジャクテンネラウ~』
「優秀だなー。俺なんて、ちょっと焦っちゃったよ」
『ドンマイ、ソウイウコトモ、アルヨネ』
「ははっ、そう言ってもらえると助かる」
ギンローと戯れてると、ロイが全力疾走してくる。
「すげーじゃねーかっ。成体にまで勝っちまうとか、最強コンビなのかよ」
「アドバイスと援護射撃、助かりました。やっぱ焦ると、考えも吹き飛びますね」
「そりゃ、しょうがねえさ。デカいしな、こいつら」
そう、デカいってのは単純に恐怖心を抱かせる。
冒険者は、過酷な戦闘でも冷静でいた方が良い。
メンタル超大事ってことだな。どの職業にも通じることだけどさ。
ちなみに、四体で1000P以上も入ったのは嬉しい。
素材があまり売れないらしい。
「じゃあ、死体は放置して戻りますか。問題は入り口で待ち伏せしてる冒険者だな」
『ヒトノテキ、タタカウ?』
「やらなきゃ、かもな」
敵は二十人近くいる。一斉に相手取るのはリスクが高い。
なにか手を考えなきゃな。俺とギンローが歩き出すも、ロイは立ち止まったまま考え込んでいる。
ずっと、オークの死体を見つめていた。
「なにか、不自然な点でも?」
「おれ、煙玉って道具を持ってるんだ。そいつを使って冒険者どもを攪乱、その隙に逃げようと思ってた」
「煙玉の範囲によりますね」
「そう。あんまり広範囲には広がらない。最悪、回り道して試験官にたどり着く方法がいいかなって」
ただそれも完璧じゃない。回り道をすると、どうしても時間がかかる。今度は制限時間に間に合わなくなる可能性も。
しかし、彼は第三の選択肢を思いついたようだ。
「ユウト、お前と組んでマジで良かったわ。こいつ、有効利用しようぜ!」
嬉しそうに笑って、ロイは死んだオークを指さした。
……あ、そういうことかーっ!
◇ ◆ ◇
俺とロイは重たい死体を引きずり、入り口に向かう。
魔物の警戒はギンローに任せてある。
『ワォーン。ユウト、ダレカイルヨー』
森の入り口まで、あと百メートルってところで事件が起きる。
ワラワラと木陰から冒険者達が出てきて、俺たちを囲んだのだ。
逃がさないという意思が表れた包囲。念入りに打ち合わせでもしていたのかね。その中の一人が言う。
「本当に倒すとは驚いたな。まあ、あんたならやってくれると信じてたけどさ。Sランク評価のユウトさん」
「これは俺たちが倒した魔物です。どいてもらえませんか」
「可哀想だとは思うが、そうはいかない。魔物を置いていってくれ。そしたらお互い怪我をせずに済む」
これがハイエナ作戦ってわけだ。自分で努力せず、美味しい部分にだけありつく。
俺の住んでいた社会でもたまに見る光景だ。こういう奴らに限って出世したりするから困る。
でも彼の言う通り、このまま争えば怪我は避けられない。
「てめえら……どこまで卑怯なんだよ! クソすぎんだろ、その戦い方はっ」
ロイがそう叫ぶけど、彼らは響いてないのか淡々と答える。
「そうだな、かっこ良くはない。でも真面目にやるより成功率は高い」
「大体、死体は二つだけだぞ。どうやって全員合格するつもりだ!」
「全員合格なんて目指してない。奪った後、コイントスで二人を選ぶ。これなら公平だ」
そこまで、話し合いで決まっているわけか。それなら統率も乱れないよな。
奪った後は運任せ。人生は運が重要な要素ではあるのは俺も認めるけれど。
「……仕方ない。ここは譲りましょう、ロイ」
「オイオイ、マジで言ってんのか?」
「俺たちも体力は尽きている。この人数相手は、正直厳しい」
「…………チッ。持ってけハイエナどもが」
吐き捨てるように言って、ロイは歩いて行く。無論、死体はもう運んだりしない。
俺も死体を置く。名残惜しそうに見つめてから、ロイの背中を追った。
「悪いな、ユウトさん。恨まねえでくれよ」
「それは、難しいですね」
獲物は横取りする、でも恨むな。それは無理があるだろう。
ま、本当は恨んだりしないけどさ。
入り口に向かう途中、俺とロイは笑いを堪えるのに必死でした。




