15話 婚約解消
「いつまでも抱き合ってイチャイチャしてんじゃあーーねええええええええええ!」
地震でも起こしそうなほどの怒声で叫ぶのは、婚約者のレントルだ。
こうなるのは決闘が終わったときから予想がついていた。あの人、明らかにイラついていたからだ。
レントルはドーガさんに詰め寄り、詰問する。
「さっきの闘い、手を抜きましたよねえ!?」
「いや、抜いていません。全力で闘った結果です」
「は、ず、か、し、く、ないんですか! そんな立派な体をして、あんな十代の少女に負けるなんて!」
「返す言葉もありません」
反論しないドーガさんじゃ物足りないようで、彼は審判だった俺にイチャモンをつけてくる。
「さっきの闘い、終わりの合図が速かったんじゃないかね。まだ武器が完全に落ちない内に合図を出した」
そんなわけない。俺は地面に大剣が落ちたのを視認してから終わりを告げた。
そう主張するが、レントルはなかなか引かない。
見かねたソフィアが俺をかばう発言をする。
「先生の判断は完璧でした。それに、お父様だって負けを認めていました」
「婚約者にその言い方はなぁ……」
「私は勝ったので、貴方との婚約は取り消しです」
「……そうだな、君は勝った。でもまだ、勝負は終わったわけじゃない。――君、僕と第二戦といこうじゃないか?」
君ってのは俺のことらしい。こっちには答える間も与えず、挑発してくるから厄介だ。
「まさか逃げないよね? 先生ともあろう者が、教え子の前で逃げるのは恥だよ」
「闘うのはあなたですか?」
「え? あ、ああ、そうだが」
「ソフィア、受けてもいいかな?」
「はい、先生の実力を信頼しています」
ということなので、俺は決闘を受け入れることにした。
無論、負けたら彼女が彼と結婚することになるので敗北は許されない。
でも俺は、こんな男には負けない自信がある。以前、ソフィアから彼は大した実力はない親の七光りだと聞いている。
戦いのルールは、さっきとは少し変えるらしい。殺しはなしだが、武器を落としても負けにはならない。
気絶するか、降参するまで戦いは続く。
俺が受け入れると、レントルは意気揚々と剣を抜いた。
「僕は高名な剣士から剣術を習っている。負けないよ」
俺はソフィアから剣を受け取って構える。
「こちらは準備できました」
「では始めよう。いくぞ」
あっちのタイミングで合図を出すのは、ちょっと狡いよね。
特に飾り気もなく突進してくるのだけど――なんか遅いな。
迫力もない。魔法は使えないのだろうか。
「これで終わりだ!」
素直な袈裟斬りだけど、何か仕掛けがあるのかもしれないな。
念のため、受けつつも、すぐに下がれるようにするか。
俺は剣を振り上げる。これで相手の剣を受け――
キンッ!
くるくると回転しながらレントルの剣が飛んでいく。
「ん?」
「へ?」
俺たちは二人して間抜けな声を出す。あまりにも剣が軽かったんだけど……この人握力なさ過ぎない?
「や、やば」
逃げようとしたので、俺は剣を捨てて掴みかかる。
「ちょ、離せ」
そう言われて従う理由はない。さっさと背負い投げを決める。
「痛っつ~~~」
普通に効果ありで、レントルは体を丸めて痛みに耐える。普段からあまり鍛えてないのだろう。
「もう、降参しますよね?」
「……」
「無駄に腕折ったりとか、俺はしたくないんですけど」
「……参った」
あっさりと勝負が終了する。ソフィアとギンローが駆け寄ってくる。
「楽勝でしたねー」
『テキ、ヨワカッタネー』
おいおい、真実だけどレントルには結構キツい言葉だよ。
さて、ダダをこねられるかと心配したけど、そんなことはなくレントルは去って行った。
最後、恥ずかしそうだったな。
邪魔者がいなくなると、ドーガさんがソフィアに尋ねる。
「ソフィア、これからどうするんだ?」
「冒険者になります」
「ユウト君のようにだな」
「はい。先生、たまにパーティを組んでいただけますか?」
「もちろん」
ソフィアは強いし、こっちから頼みたいくらいだ。
彼女は親に頼らず生きるため、明日には家を出て独り暮らしをすると意思表示した。
するとドーガさんが、俺に改まった態度を取る。
「ユウト君、君には君の生き方がある。娘を頼むとは言えないが、良ければたまに協力してもらえると親としては助かる」
「ええ、お任せください」
ドーガさんは傷の手当てをするため、館に戻っていく。俺はソフィアと別れる前に、結構な額の金を取り出す。
「全部ではないけど、返すよ」
授業料として受け取ったお金のことだ。
「これは、授業料です。先生が納めてください」
「でも、これから色々とお金が必要になる。それに高すぎるとは感じてたんだ」
一時間三十万は、さすがにね。今の俺にそこまでの価値があるとも思えない。
「妥当だと思う分を抜き、残りを返すよ。あとこれから、教える時はお金はいらないよ」
剣術指導スキルが上がっていくのは悪くない。将来、剣術教室とか開いて指導料を取れば、十分なお金になるはずだ。
「先生、何から何まで、感謝いたします。これからも、どうぞ仲良くしてくださいねっ」
やっぱりソフィアは、笑った顔が一番可愛いかもな。
◇ ◆ ◇
次の日、ソフィアが冒険者登録が済んだとわざわざ宿まで報告に来てくれた。
すぐに俺に追いつきます、と気合いたっぷりだったな。
俺はEランクだし、すぐに追いつかれるだろう。
そう考えながら魔物討伐の依頼をこなしたところ、受付嬢のリンリンから意外な報告を受ける。
「おめでとうございますーっ。ユウトさんは、これでDランクの昇格試験を受けることができますよー」
俺の働きが認められたらしい。
受けるかと訊かれたので頷く。ランクが高いに越したことはない。
「三日後に、アモズの森で試験が行われます。合同試験ですから、他にも候補者がいますよ」
他の候補者と競争を強いられるのかな。
従魔の参加も問題ないようで、非常にありがたい。
「ユウトさんなら絶対合格間違いなしですっ。楽勝です」
「だと、いいんですけどね」
「大丈夫、大丈夫。私は新人冒険者色々見てますけど、ユウトさんが一番優秀だと思います。合格おめでとうございます!」
「気が早すぎますよ」
でも、安心感が増すから不思議だ。
試験内容は、当日伝えられるらしい。
特に取れる対策もないので、日々を普通に過ごす。
治療院で働き、魔物退治の依頼をこなし、錬金術で作ったポーションを売ったりする。
お金とフリーPが貯まり、スキルの練習にもなる。
三日はあっという間に過ぎた。
試験日、アモズの森にギンローと向かう。現地集合なのだ。
フィラセムの周辺には、森が結構多い。アモズは小さいけど、魔物が強いと宿の冒険者から聞いた。
やたら強い個体が結構いるのだとか。
森の入り口に、二十名ほどの集団があった。
『ココー?』
「間違いないと思う」
近づくと、鎖帷子を着た四十歳くらいの男が怖い顔で接近してきた。
体は大きくて逞しく、顔は少しエラが張っている。初対面なのに距離感が近く、俺は一歩距離を取った。
「お前がユウトだな」
「そうです。あなたは?」
「俺は試験官だ。そう呼んでくれれば良い」
試験官様でしたか。彼はきつい口調で告げてくる。
「受験者は二十二名いるが、お前が二十二番目に到着した」
集合時間には遅れていない。むしろ、まだ二十分も余裕がある。他の人たちが早すぎる。
待たせたってことで、一応謝っておくのが角が立たないのかな。
「お待たせして、すみませんでした」
『スミマセンナ~』
ギンローが話すと、この場の人たちが一斉に注目してきた。試験官も表情が怒りから驚きのそれに変わっている。
「シルバーウルフだな? かなりの知能だ。受付嬢からの推薦ランクがSなだけはある」
リンリンさん、良い感じに報告してくれていたようだ。
「そういうのあるんですね」
「試験官によっては重視する者もいるが、俺は全く気にしない。自惚れないことだ」
「了解です」
「わかればいい。では新人ども、これから試験の説明を始める!」
俺を含めたみんなが、試験官に注目した。




