14話 ソフィアの決闘
「ソフィアさえ良ければ、この剣を使ってみないか」
そう言って、俺は先ほど作ったばかりの剣を渡す。
「先生の剣をお借りでき――え? 凄く軽くありません!?」
「錬金術で作ったんだ。軽くて丈夫な魔剣のはずだから、ドーガさんの大剣にも耐えられるはずだ」
「……よろしいのです?」
「もちろん。俺だってソフィアには勝って欲しいしさ」
「先生…………」
ソフィアの目がうるうるとしてくる。少し気を許したら泣きそうなほどに。彼女は剣を大事そうに抱えながら言う。
「お借りします。私は、先生に剣を教えていただいて、本当に良かったです!」
眩しいくらいの笑顔を向けられ、俺は目を逸らす。
太陽の下で見ると、改めて超美人だよなぁ。
さて、そろそろ行かねば。ソフィアと一緒に彼女の自宅に移動した。
ドーガさんとの決闘は庭で行われる。
彼はすでにいて、威厳たっぷりに仁王立ちしている。そして、ソフィアの婚約者であろう男性とその従者もいた。
「おぉ、ようやく僕の花嫁がやってきたようだ」
茶髪で顔にそばかすのある青年が、大仰に手を広げてソフィアにハグを求める。
「お待たせしました、レントル様」
彼女はハグには応じず、軽く頭を下げるに留まる。レントルは上も下も真っ白な服で、胸のポケットにバラを一輪差し込んでいる。腰には帯剣。剣に覚えがあるのかもしれない。
にしても……俺が貴族だ、と主張するような格好だなー。
「おやおやソフィア。ハグに応じてくれないのかい?」
「……すみません、今はそういう気分ではなく」
「ふーん、まあ、いいや。結婚したらいくらでもできるようになるしねえ」
エロい目つきでソフィアをなめ回すように眺めるレントル。
うーん、あの目。セクハラで会社辞めた元上司にそっくりだ。
俺がソフィアでも死ぬ気で結婚に抗いそう。
ここで、ドーガさんが咳払いをする。
「レントル様には、すでに事情を説明してある。ソフィアが勝利した際は、自由に生きることを認める。ただし俺が勝ったときは、約束通りにしてもらう。いいな?」
「はい、問題ありません」
「ぷぷ、ドーガさんが負けるなんてあり得ないでしょう。手を抜いたりしませんよねー?」
軽く尋ねるレントルに、ドーガさんは力強く頷く。
「それは絶対にありません。俺に勝てないようでは、この世界を一人で生きていくなど不可能でしょう」
「じゃあ、早く始めちゃって、僕の花嫁になることを決めてくださいよ~」
チャラチャラしていて、俺も好きになれないな。
ともあれ、審判は誰がするのかと思えば、ドーガさんが俺を指名してくる。
「ユウト君なら、信頼できる。いいかな?」
「……引き受けます」
俺がソフィアの先生だと知って、なお指名してくるんだ。真剣に務めさせてもらう。
しかし、レントルからすれば見逃せるものじゃない。
「ドーガさん、あの男はソフィアに剣を教えていたという男では?」
「そうです」
「そんなの審判にしたらマズイでしょう?」
「いえ、問題ありません。信じてください」
「貴族ですか?」
「いえ、冒険者です」
貴族ではないと知ると、レントルは俺を睨んでくる。
「もしソフィアに有利な判定をしたら……わかってるな?」
わかりませーん、とふざけたくなったが、ここは真面目に返事をしておいた。
「二人とも準備はいいですか?」
「うむ」
「はい、こちらも大丈夫です」
ドーガさんが大剣を、ソフィアが魔剣を構える。
最後に、俺はルールを確認しておく。
殺しは当然無し。武器を落とす、参ったと口にする、気絶するで負けだ。
「では、始め」
「覚悟しろ、ソフィア!」
さすがドーガさん、実の娘だろうと手加減する様子など微塵もない。巨躯と長い大剣を活かして猛然と攻めかかる。
ソフィアの方は対抗せずに、避けることに集中する。静と動の出だしで対照的だ。序盤はあまり積極的に行かない方が良い、と俺はソフィアにアドバイスしてある。それを忠実に守っているな。
大剣が地面を打ち、土を撒き散らす。これが結構厄介で目に入るとまずい。
ソフィアはそれも計算に入れて動いているので、今は心配しなくていいな。
「ソフィア、逃げてばかりだな。それがお前の戦い方だと? これからもそういう生き方をしていくか」
挑発だ。乗っちゃダメだぞソフィア。
「私は……逃げてなどいません!」
乗っちゃった!? 猪突猛進するという、あまり良くないパターンに入る。
ドーガさんはこれを完全に狙っていて、彼女の踏み出しに合わせて斬撃波を飛ばす。
冷や汗をかく俺だけど、ソフィアはかなり冷静にスライディングしてそれを避けると、一気に距離を詰める。
「ヤァアアア――!」
高速の突き、無慮百の剣閃がソフィアから繰り出される。息を呑むほどの猛攻には、さすがのドーガさんも大剣を盾代わりにするしか道がなくなる。
豪快一辺倒なドーガさんに対して、ソフィアはメリハリを効かせられる剣士だ。柔と豪を兼ね備え、相手に合わせて臨機応変に闘っていく。
魔剣の効果もあって、剣速がとんでもないことになっている。
このまま勝負決定かと思われたけど、ドーガさんが意地を見せる。
「きゃっ!?」
ソフィアが短く悲鳴をあげるのは、風魔法の強風を使われたからだ。彼女の体重は軽く、咄嗟にやられると踏ん張りがきかずに吹き飛ばされる。
とはいえ、軽やかに着地するあたりはさすがだな。
「はぁ、はぁ、強くなったな。だがこの程度では、まだまだ」
「私はまだまだ闘えます」
疲れ気味のドーガさんを見抜いて、ソフィアは一気に畳みかける。
接近戦にて、手数で押していく。もう、さっきと同じ手も食らうことはない。風魔法を使おうと彼が腕を伸ばすと、すぐに回り込んで回避するからだ。
ドーガさんの大振りが終わった直後、狙い澄まされた彼女の剣が太腕を斬る。
「ウグッ……」
ソフィアの一撃は、ついに大剣を落とすことに成功した。
「そこまで」
俺は合図を出す。武器を落としたら負けなので勝負ありだ。
ドーガさんは疲弊していて、座ったまま話す。
「まさか、この俺が負けるとは……。以前あった悪い癖がほとんど矯正されているな」
「先生との訓練で、自然と修正されていきました」
「俺も、ユウト君に剣を習うべきかな……」
「お父様、私の勝ちを認めてくださいますね?」
完敗だ。認めざるを得ない。彼も納得した表情で首肯する。
これで緊張の糸が切れたのだろう、ソフィアは満面の笑みを浮かべて俺に抱きついてきた。
「やりました先生!」
「気迫のこもった闘いだったよ」
「何もかも先生のおかげです! 先生が見守っていてくれたから、落ち着いて闘えたんです」
「……ドーガさんの右膝、狙わなかったな」
ソフィアには、弱点をちゃんと伝えてあった。積極的に攻めれば、もっと楽に勝てたはずだ。
「何だか、そこを狙って勝っても本当の勝利じゃない気がしたんです。……先生は甘いと思いますか?」
「魔物相手なら甘いけど……個人的にはカッコいいと思うな」
『カッコエエー! ソフィア、カッコエカッター!』
「うふふ、先生もギンローもありがとうございますっ」
素晴らしくほのぼのした空間は気持ち良いけれど、これが長く続くようには思えなかった。
俺は鬼の形相をしている彼に顔を向けた。




