11話 父親の想い
こちらでの生活もすっかり慣れ、日々ルーチンワークで生きているところがある。
まず朝起きてギンローと軽くジャレる。午前はジェシカ治癒院に行き、患者さんを治す。
「ユウト先生にかかると、傷がすっかり治っていいね。ここだけの話、ジェシカ先生より上手いんじゃないかい?」
こんな風に俺の顔や名前を覚えてくれ、褒め出す人までいるから嬉しい。ヒールの上位魔法であるハイヒールを覚えてから特に評判が良い。
俺は魔力調整スキルがあるので、回復の速度なんかも調整しながら行う。いつものように三十人を治療し帰ろうとすると、ジェシカさんに呼び止められる。
「ねえ、貴方本当にすごくない? 回復魔法の天才だと思うわ」
「ジェシカさんにそこまで言ってもらえるとは」
「お世辞とかじゃないわ。本当に回復師目指してみない? あたしが全面協力してあげてもいいのよ」
ありがたい話ではあったけど、丁寧に断らせてもらう。俺がここで働くのは金のためもあるが、回復魔法をてっとり早く強化するためだ。
他人に従事する仕事も悪くないけど、俺はやはり自分の欲望を優先させたい面がある。
「そう……。気が変わったら言ってちょうだい。貴方なら、あたしでは無理だったエクスヒールだって覚えられそうだもの」
「精進します」
エクスヒールは、回復魔法8で覚える。まだ先だけど、この調子で続ければそう遠くない未来だろう。
治癒院の後は、ギンローと冒険者ギルド。これもお決まりだ。
「あぁー、あたしのダンナさん来た~!」
受付嬢のリンリンさんはいつもテンションが高い。
「ちょっと、アニキはアンタなんて眼中にないっての!」
ナスカも毎日元気だ。
二人はよく言い合いをするので、本気のケンカに入る前に俺がなだめて止めさせる。
「今日は何かいい依頼あります?」
「もっちろん、用意してますとも~」
本日は蜂の魔物がおすすめらしい。
デビルビーという魔物自体を退治して、余力があればスズメ蜂の巣を持ち帰るとオイシイと。
この魔物の近くには、なぜか普通のスズメ蜂が巣を作ってることが多いと教えてもらう。
他の冒険者に負けないよう、急いで出発する。場所はフィラセムから一番近い林で、町の子供たちもよく遊ぶという。
入ってすぐにギンローが鼻をクンクンする。
『アッチ、イルヨ~』
ギンローの嗅覚は非常に優れており、魔物だってよく嗅ぎ分ける。案内通り進むと本当にデビルビーがいた。
五、六十センチくらいの巨大なスズメ蜂なのだが、黄色の部分が紫色なのが特徴だ。
毒は相当強いようで、冒険者ですら刺されたら三割は死に至るという。状態異常のスキルはあるけど、念のため弓に持ち変える。
規則性もなく飛ぶデビルビーに、矢を放つ。……上手く刺さった! まぐれも実力の内と捉えよう。
相手はこちらに攻めてくるが二矢、三矢と当てたら地面に落ちてピクピクし出す。俺は最近買った槍を収納スキルで出して、遠目から突いて殺す。
フリーPは120となかなか。弓術が3になったのは嬉しい。槍術はまだ1だな。
魔物退治の後はスズメ蜂の巣を探す。
『アッタヨ』
木に巣作ってたのをギンローが見つけるも、大量の蜂が飛び出してくる。警戒されている。
「壊さずに持ち帰るのは難しいかな」
『ボクニ、マカセテ!』
ギンローの口から白みがかったブレスが吐かれる。このフリーズブレスに、スズメ蜂は為す術なくボトボト落ちていく。
巣も少し凍ったが問題ない。次第に溶けるだろう。
ギルドに持ち帰ると退治と納品合わせて十五万ギラになった。悪くない。
夕方にはソフィアの稽古のため、いつもの裏庭に向かう。またドーガさんが鍛錬をしていたので少し緊張した。
「ソフィアなら出かけている。もうすぐ帰ってくるとは思うがね」
「では、ここで待たせていただきます」
邪魔にならないよう隅っこに移動すると、ドーガさんが言う。
「君は相当な剣の使い手らしいな。ぜひ一度、手合わせしたいものだ。どうだ?」
これは願ってもない申し出だった。なぜかって、俺は彼と手合わせするにはどうすべきかずっと悩んでいたからだ。
彼の動きや戦い方を知れば、ソフィアを指導するにも役立つだろうし。
喜んで引き受ける。
「どうせなら、真剣にやり合おう。俺も大剣と魔法を使わせてもらう」
「わかりました」
向かい合って勝負を始める。
やはり親子だな。ドーガさんも威圧してきたのだ。でも強さはさほどでもないのだろう。特に何もせず防ぐ。
通じないとわかるや、今度は大剣を横一文字に振った。彼我の距離は五メートル以上ある。何の真似だ?
「ッ!?」
俺は咄嗟にしゃがむ。頭の上を鋭い斬撃波が通過した。軽く振っただけであんなのが発生するわけはない。
風魔法と剣術を組み合わせているのだ。風魔法3以上はあるな。
「隙有りだぞユウト君!」
肉薄して大剣を落としてくるので、転がって避けた。地面の土がはじけ飛んで抉られる。
見た目通り、とんでもないパワーがあるみたいだ。ただし、豪快なだけあって隙はなかなか多い。
ドーガさんは基本的な動作がそれほど速くはないな。俺はわざと何太刀か受けてみる。
重いけど、耐えられる。さっきに比べるとだいぶ踏み込みが甘くなっている。
一旦距離を取って、俺は彼の右膝に尖岩弾を撃ってみた。
「むむ……!」
大剣の腹でガードしたけど、明らかに嫌がっている。表情も露骨に歪んだ。ギンローが教えてくれた情報は正しかったのだ。
膝に爆弾を抱えている可能性が高い。
確信を得るため、俺は彼の右側面から攻撃をしつこく繰り返す。
右からの剣を受けると、彼の体は右を向く。その際、右膝に体重がかかる。さらに剣を受けた衝撃も加わる。
手数で押してみると苦しそうに歯を食いしばっていた。大きく振りかぶったので、嫌な予感がして俺は大きく後退する。
「ぬっ――おおおっ!」
下がって正解だった。大剣のリーチを活かした大回転斬りを行ってきたのである。
回転の勢いが消え、ドーガさんがフラつき出したので、俺は風魔法で強風を送り込んで尻もちをつかせた。
手から離れた大剣を蹴って、相手の胸元に切っ先を突きつける。
「……完敗だ。娘が君に剣を教わりたがるわけだ」
「ドーガさんの大剣もかなり怖かったです。まともに一撃もらえば負けそうですし」
「だが、当たらなかった。しかも、君は勝ちに徹していなかった。俺のことを調べていた。試されていた気分だよ」
俺は頬を指でかいて誤魔化す。正直、勝つだけならば遠距離から魔法や投擲の連発でいけただろう。
だが、今回はソフィアがどんな動きをすれば勝てるかを想定していた。
「……ドーガさんは、本当にソフィアを嫁がせたいのですか。本人が嫌がっていても」
「女としての幸せを考えるなら、悪くない相手なんだ」
「でも彼女は、女性としてでなく、一人の人間として自由に生きたがってます」
「だからこそ!」
ドーガさんは語気を強める。
「強くなくてはいけない。強くない者が自由に生きたところで、降りかかる困難を乗り越えられはしない。そうなるくらいなら、多少不満はあっても死なない道を生きて欲しい」
俺に子供はいないけれど、ドーガさんの気持ちはよく伝わってきた。子育てって難しいな。
取り返しのつかない失敗をしないで欲しいと願う親と、生き方を自分で切り拓いていきたい子供。
きっと、どちらも間違ってはいないのだろう。




