10話 俺、貴族の先生になる
貴族の中でもアルライト家の教育はかなりの風変わりだと、ソフィアさんは話す。
フィラセムでは十五歳で成人だが、その年齢になるとアルライト家の子供は父親に挑戦する権利を得る。
父に戦闘で勝てれば、それ以降の生き方は自由にしていいというのだ。逆に勝てなければ、父親の敷いたレールを走る人生になる。
ソフィアさんは、自分の力で自由に生きていきたいという意思がある。幼い頃から英才教育を受けただけあって、その辺の男たちよりも腕も立つ。
ただし、それでも父親にはまるで敵わなかったらしい。俺も少し見たけど、お父さんはかなり怖そうな人だった。
「一週間後、私は父の言いつけで他の貴族家の嫡男と結婚しなくてはいけないんです。でも、それは絶対……嫌なんですっっっ!」
感情のこもり具合で心底嫌なのだろうと伝わってくる。ソフィアさんは、何度も頭を下げて剣を教えてくれと繰り返した。
素直に協力してあげたい気分になる。
「……わかりました。俺にできることであれば」
「お礼はきっとしますので! ご指導よろしくお願いします、先生!」
「せっ、先生って」
「教えてもらう身ですし、そう呼んだ方がいいかなと。師匠の方がいいでしょうか?」
「うーん……先生の方がいいかなぁ……」
むず痒い気もするけど、ここは我慢しよう。
指導を行う場所なのだが、彼女が自宅の庭を推薦してきて焦る。
「いや、お父さんに気安く来るなって言われてるし」
「平気ですよ~。ほら、ギンローはあんなに立派になったじゃないですか」
『リッパ、ナッタ?』
あぁ、そういえば、一ヶ月以内に倍の大きさになったら家を訪ねてもいいとお父さんが言っていたな。
あの時は確か体長五十センチくらいで、今は一メートルほどに成長している。一応、倍ではあるか。
「先生さえよければ今日からでも習いたいです。もちろん、指導料はお支払いします。一時間、三十万ギラで如何でしょう?」
「一時間で!?」
「先生ほどの腕を持つ方に習うのですから当然です。幼い頃より貯めた貯金がありますので、そこは心配しないでください。もし私が父に勝てたら、追加で何か特別報酬もお支払いしますね」
さすが貴族、太っ腹すぎて恐縮するよ。早速、彼女の自宅に案内してもらう。
貴族や金持ち商人の家が建ち並ぶ区画に、アルライト家は居を構えていた。白亜の立派な建物が財力の強さを主張している。
「裏庭に案内しますね」
建物を回り込むように移動する。お父さんに挨拶するべきか迷う俺だったが、必要なくなった。
「ハッ、ハッ、ハアッ!」
上半身裸のお父さんが、背丈ほどの大剣を素振りしていたのである。筋骨隆々な肉体にはところどころ傷があり、その上を汗が流れては滴る。
異物がきた、とばかりにお父さんは俺をギロッと睥睨してきた。
「君は、確かシルバーウルフを従えていた青年だな」
「お邪魔しています」
「あの時、俺はその魔物が倍以上の大きさに成長したら来てもいいと……」
ここで、彼は俺の隣にいたギンローの姿を網膜に焼き付け、しばらく口を動かすことを止めた。
「まさか、本当にマーナガルムだというのか? どうなんだ!?」
「俺にはわかりません。森で襲われていたのを拾って助けただけなので」
「いや、その成長速度なら間違いないだろう。シルバーウルフの赤子は、母親がしばらく庇護するために成長が遅いのだ」
お父さんは感動した様子でギンローの頭を撫でる。が、嫌そうにされて大変ショックを受けたようだった。
「た、大切に育てるといい。名乗り遅れてすまない、俺はドーガ・アルライトだ」
「ユウト・ダイモンです」
「お父様、私はこれから先生に剣術を教わります。場所を貸してください」
先生? と不思議そうにするドーガさんに、ソフィアさんが本日の一部始終を説明する。
彼はしばらく黙した後、低めの声音で問う。
「そんなに私に勝ちたいか。いや、レイフォン家に嫁ぐのが嫌なのか?」
「当たり前です!! 私の結婚相手を知っているでしょう? 彼は下品なことで有名なんですよ。娼館通いが酷いとよく噂までされています」
「男など基本エロいものだ。エロくない男など逆に怖い! そうだろうユウト君!」
「ノーコメントです」
俺に助けを求められても困る。
大変ご立腹のソフィアさんは感情を抑えきれないようで、どんなに嫁ぐのが嫌かを滔々と説いた。
でもドーガさんも強情で簡単には納得しない。
自分にも勝てない弱者が、冒険者やダンジョンシーカーとして生きていけるわけがない。野垂れ死ぬのがオチと反論。
「だから! 先生を招いて強くなろうとしているんです!」
「たった一週間で何ができるものかっ。そこで結果を出せなかったら、俺の言うことを聞くんだぞ」
「ええ、ええ、わかってますとも。私は、お父様の言いなりになる人生では満足できませんから」
「勝手にしろッ」
癇癪を起こして、ドーガさんは家の中に入っていく。ソフィアさんも相当興奮していて、白い肌には朱が差しており、肩を大きく上下させていた。
「先生、指導を! 絶対にお父様になんて負けませんから!」
まあまあ、とまずは彼女を落ち着かせる。それから、フリーPを使って俺はとあるスキルを会得した。
剣術指導スキル5だ。1500Pと小さくない消費量だけど、一度引き受けた以上は責任が生じるからな。
剣の知識や経験に乏しい俺は、スキルで自分のことは補助できても他人の技術を磨くことはできない。
そこで、指導スキルの出番だ。
「ではソフィアさん、今度は真剣を使って始めよう」
「敬語でなくて構いません。それにソフィアと呼び捨てにしてください」
「わかった。ではソフィア、かかっておいで」
今度は木剣ではなく、本物の剣で剣戟を繰り広げる。
彼女は百六十センチ前後で線は細め。腕力不足をスピードとテクニックでカバーするタイプだな。
さて、剣術指導スキルは、こうやって手合わせをすることで本領発揮する。俺自身は、相手を指導するという意識さえ持てばいい。
剣戟の中で、自然と相手の悪い癖や得意とする形を引き出していくのだ。
休憩も織り交ぜながら、この日は三時間以上特訓をした。美少女がひたむきに汗を流す姿は、グッとくるものがある。
アラサー男の擦れた心によく効くポーションだ。
特訓が終わると、彼女は深々と頭を下げる。
その際、胸元がのぞけてしまって俺は上を向く。
その発達具合は、大人の女性にも全然負けないどころか、もっと豊かかもしれない。
さすが貴族。栄養豊富な物を食べているからかね。
「先生、もし良かったら晩餐をご一緒しません?」
「いや、今日は遠慮しておくよ」
君のお父さんが少々怖いので、とは口にしないでおく。
ちなみにギンローは、庭に生えている草を食うのに必死だ。
『コノクサ、アンマリ、ウマクネーゾォ~』
「なら食べるのやめようか」
『デモ、オナカグーグー。ムシャモシャ、モシャガリッ!?』
小石が混じってたらしく、悲しい顔をするギンロー。口横から緑の草がはみ出ている。まったく、可愛いやつめ。
宿で沢山食べさせるからと説得して、俺たちは帰ろうとする。
「待ってください! 本日の指導料です」
「……えぇ……」
普通に九十万ギラを渡され、平民の俺は動揺する。
なんと効率の良いバイトなのだろうか。
「これは、絶対にソフィアを勝たせないとな」
「それはあくまで指導料です。私が負けても返金不要です。先生のお好きにお使いください」
キラキラと澄んだ瞳でそう告げられると、ますます勝たせてあげたい想いが強まった。
指導料には手をつけない。万が一、彼女が負けた時は全額返金しよう。
帰り道、ドーガさん対策を考えていたら、思いがけないところからヒントを得る。
『オジサン、クスリ、クサカッタァ』
「薬?」
『ヒザカラ、キズグスリ』
ああ、だから嫌そうな素振りだったのか。
どっちの膝か聞くと右と返ってくる。
最近負ったものかもしれないし、古傷が痛んで薬を塗っている可能性もある。
どっちにしろ、弱点があるなら攻めるのは手だな。
一週間か……。
短いが、俺の方も色々と動いてみた方がいいかもしれないな。




