1話 転生、いきなり襲われる
『フリースキルで異世界無双しよう!』
通称フリー無双というゲームに昔、俺は大ハマりした。
かなり凝ったRPGで一部の人には熱狂的な人気があった。
内容が濃かったこともあり、俺のプレイ時間は一万時間をゆうに超え、このゲームのことなら知らないことはほぼない。
特にスキル関連には自信がある。
フリー無双のウリの一つは主人公のフリースキルという能力で、能力を自由に獲得できる。
敵を倒してフリーポイントを貯め、自分をカスタマイズしていくのだ。
盗み系スキルを極めて犯罪者に、学習系スキルを覚えて学者に、教育系スキルで指導者にだってなることができた。
……なぜこんな話をするかって?
実は俺、神様に能力をもらって転生することになった。
死因は交通事故らしいが、記憶があまりない。
真っ暗な世界に、声だけが響く。
『――それで、赤子からやり直すかい? それとも君の肉体を作り直す?』
「赤子はちょっと……後者で、お願いします」
生前の俺は28歳の会社員だ。赤子からやり直して、オムツを変えられるのは勘弁だった。
『では次に能力だね。魔物や悪人の多い世界だ。特殊能力があった方が良い。何か希望のものは?』
「何でも良いのでしたら、フリースキルというものを――」
俺は詳細を説明する。
『可能だよ。あと、転生先の言語を話せるようにしよう。他の能力は……君が自由に決めたらいい』
「あの! 転生先で俺がやるべきことはありますか?」
『自由に生きていいよ。仮に人殺しとして生きても私は何も言わない。もちろん、君はそんな生き方はしないと思うけど』
「転生は皆してるんですか?」
『そこは未回答にしよう。それでは、君の幸せを願っている。満ち足りた人生を!』
とてもやわらかい口調だった。
温かい気持ちになると同時に、明かりが差し込んでくる。
◇ ◆ ◇
ハッと俺は目を覚ます。夢だったのかと体を起こすと、見慣れぬ森の中で焦った。
「やっぱり夢じゃなかった……? じゃあこの体は……」
皮膚をつねると痛みはあるし、思考も正常。だが車にひかれた傷はない。服装は今日着ていた私服だった。
転生は成功したんだろうか。
「確かめる方法はあるかね」
俺はゲームの主人公と同じ能力を選んだ。『フリースキル』といって、スキルと言われる特技や魔法を条件さえ満たせば自由に得ることができる。
そして主人公は、ステータスを自分で確認できる。
俺もそうしたいのだが。
大門悠人
フリーP:10000
スキル:オゾン語7 拳術1 従魔5
「念じるだけでいいとは楽だなっ。それにフリーPが一万も……!?」
異世界言語も含め、神様のはからいだろう。本当に感謝します。
拳術1は、昔ボクシングを習っていたからかな。ちなみにゲームの設定通りならば、強さのレベルは1~10まであり、10がマックスだ。
従魔は、魔物を使役する才能を指す。地球じゃ機会がなかったけど、魔物を手なずける才能が俺にはあったのか?
ともあれ、フリーPを消費してスキルを会得しよう。
スキル一覧と念じると、スキル名と会得に必要なPが表示される。剣術に注目してみる。
剣術1(10P) 剣術10(1000P)
フリースキルは、いきなり強さレベルマックスも狙える。ただし、この通りPを大量に要求される。
スキルは使い続けると成長する。
低いのを取って、練習を積んで強くするのが基本だ。
スキルの内容はゲームと同じようだ。そこで俺は経験を活かして、獲得していく。
スキル:オゾン語7 身体能力1 拳術1 剣術1 槍術1 斧術1 鎚術1 弓術1 盾術1 火魔法1 水魔法1 風魔法1 土魔法1 雷魔法1 回復魔法1 物理耐性1 魔法耐性1 全状態異常耐性1 魔力調整1 魔力増量1 従魔5 全スキル成長10
この構成でほぼ全て使った。スキル成長10が馬鹿高く、これで所持Pの九割以上を消費した。でもそれだけの価値があるのだ。
残りは1ばかりだが、無スキルに比べれば相当な差が出る。
本当に覚えたかをチェックするために、炎魔法を使用する。
ボォォォオオオオ――
伸ばした手の先から炎が勢いよく噴射する。
「すげっ!? 本当に使えたーっ!?」
炎の射程距離は三メートルくらいか。でも『魔力調整』を使えば…………よし、やっぱりもう少し伸びたな。炎の勢いも増している。
この魔力調整のスキルが地味に優秀で、魔法に強弱を付けやすくなるのだ。
あとは、風魔法なんかも試そう。
風魔法1では強風を発生させる。うん、これも成功。イメージが大事みたいだな。ゲームでどんな技かは見てるので、楽ではある。
魔法は魔力を使うので、それが尽きない限りは使えるはず。
ちなみに魔法系は、強くなると威力が上がるだけでなく新しい魔法を覚えることもある。
お次はフリーPを貯める方法だが……
「いたぞ! 本当にいたッ」
「だから言っただろう!」
何だ!?
灌木の向こうから二人組の男たちが駆けつけてくる。
四十歳前後のおっさんたちだ。二人とも剣を腰に携えているので、警戒してしまう。俺が無言で一歩後ずさると、二人は両手を伸ばして、待ってくれと言いたげなジェスチャーを取る。
「おい、異世界人に警戒されてるぞ。こいつは多分こっちに来たばかりだ。言葉は通じねえんだから笑顔を作れ」
「わ、わかってる。逃げられちゃ元も子もねえ」
いや、普通に全部理解できてるけどね。二人はオゾン語を話しているってことだろう。
しかし、なぜ俺が異世界人だとわかる? ここは敢えて言葉が通じないフリをしてみよう。
「だいじょーぶ、おれたちは敵じゃない。仲良くしたい」
そう言って、片方が握手を求めてくる。俺が応じないと知ると、少しイラ立った。
「馬鹿、いきなり握手はねーだろ!」
「じゃあどうすりゃいいんだっ。どうせ売り飛ばすんだ、前のやつみたいに強引にやっちまおうぜ」
「ちぃぃぃ、完全に警戒されちまってる……。しゃあねえ、やっか!」
男たちが剣に手をかけた刹那、俺は腕を伸ばして風魔法をぶっ放す。さっき練習しておいて良かった。
両者とも怯んだので、俺はすぐに接近してまず片方の顎にフックをぶち込む。
自分でも驚くほど綺麗に決まり、男がバッタリ倒れる。
「ああっ、てっめええええええ!?」
もう一人の怒鳴り声を無視して、倒れた男の腰から剣を引き抜いた。剣は授業で習った剣道くらいしか覚えがないけど、さっき剣術1を取っている。
これはいわゆるパッシブスキルで、会得すると自動で発動する。つまり今の俺は、以前よりは剣の扱いが上手くなってるはず。
「俺が異世界人だと、そしてここに転生したと、なぜわかった?」
「おま、喋れるのかよ…………いや、それより転生だと? 転移じゃなかったのか!」
「神様は、俺の肉体をこちらで作り直して、魂を入れてくれたんだと思う。一応、転生だろう」
「よくわからんが、他の異世界人とは違うみたいだな……」
異世界人……地球人が定期的にこちらに転移している?
「お前らは転移してきた人を騙して、奴隷か見世物小屋にでも売ってたんだな。しかし、なぜ場所までわかる?」
「……俺にゃ、予知夢があってな。昔から異世界人がくる前の晩に夢を見る」
俺を見つけるんだから精度は高いな。それはともかく、俺は剣を正眼に構えて男を睨みつける。
このままこいつを斬れば、フリーPを入手できる。フリーPは、自分が敵だと認識した存在を『殺す』ことで入るからだ。
ゲームでは、相手が強ければ強いほど見返りは多かった。
「だが……俺に殺せるのか……」
ボソッと呟いてしまったそれに、男が強く反応した。
「まま、待って! 悪かった、争う気はない。もう退散するから、そいつをこっちに渡してくれ……」
「酷い目にあわされそうになった。はいどうぞと渡せるかっ。そうして欲しいなら、有り金全部置いて、森の出口とそこから一番近い街の方角を言え」
これじゃどっちが悪人かわからないな。
自分のセリフに驚く。
男は意外にも財布を地面に放り投げ、出口の方を指さす。
「ここを真っ直ぐ歩けば出られる。そのまま進めば、フィラセムって大きい街がある」
巾着袋の中身を確認しておく。少し汚れた銅貨っぽいのが結構詰まっていた。
そこで、俺はゆっくりと倒れている男から離れ、片腕を伸ばしておく。
「俺は風魔法以外にも色々使える。妙な動きを見せたら二人とも灰になるぞ」
「やるわけないっ。俺たちゃ弱いんだよぉぉぉ!」
男は、仲間のほっぺたを叩いて無理やり目を覚まさせる。逃げるぞ、と声をかけると、そのまま二人で逃走していった。
背中が見えなくなってから、俺はその場に座り込む。
「ハァハァ……ハァ、ハァ」
脈と呼吸が早い。緊張してたもんな。
「危うく拉致されるところだった……。色々と気をつけないと」
いつ日が暮れるかもわからないし、のんびりと休んでばかりもいられない。
俺は立ち上がって、森の出口に足を向けた。