第7話 木偶となる岩巨人【ゴーレム】
研究室から出たサクラとリアは、ダンジョンで手に入れた岩巨人の核と俺を持って歩いていた。
サクラは機械装備をしたまま、パンパンに膨らんだ大きな袋を背負っている。
研究室から少し離れた空き地に到着する。そこには、木の柵で囲まれた円形の檻が作られていた。
大きさは相撲の土俵ぐらいだろうか。
簡素な木の扉を開け、二人は中に入る。
リアはその中心に岩巨人の赤い核を置いた。
「お姉ちゃん、核に向かって手をかざしてみて」
リアに言われたように、サクラが右手を地面の核に向ける。
「複写【コピー】って言って念じて」
「複写【コピー】」
サクラがリアの言葉をそのまま呟くが何も起こらない。岩巨人の核は、ただそこに転がっている。
「やっぱり、身体はお姉ちゃんでも、守護者が主人と認めたのは、こっちなんだね」
リアが口惜しそうに手に持った俺を見る。
「仕方ない。お姉ちゃん、一応、戦闘準備していてね」
リアが俺を右手に握りながら、岩巨人の核の方に向ける。
「なんと呼べばいいかな。犬でいいかな。戌【いぬ】の核だしね」
どうやら俺の事を言っているようだ。
「犬。それに向かって、複写【コピー】って言葉を念じてみて」
犬と呼ばれることに少し抵抗はあったが、言われたとおりに岩巨人の核に向かって、複写【コピー】と念じる。
先程と違い、変化はすぐに現れた。
岩巨人の核の周りの砂があっという間に盛り上がっていく。
再びダンジョンで見た岩巨人が現れると思った。
だが、目の前に現れたそれは、ダンジョンで見た岩巨人とは全く違うものだった。
サクラよりも頭二つ程大きかった岩巨人は、サクラより少し背が高いくらいになっていた。
体型も変わっている。ゴツゴツとした岩で出来ていることに変わりないが、全体的に細く、スリムになっている。
いや、この体型は見たことがある。
毎日風呂場の鏡で見ていたものだ。
目も鼻も口もないが、この形はまさしく、俺そのものだった。
昔見たアニメのコピーロボットのようなものだろうか。
まるで、俺の形を型取ったマネキンがそこに出来上がったようだった。
「やっぱりこの犬、男だよ」
嫌そうなリアの声が聞こえる。
「お姉ちゃん、男をずっと胸に挟んでいたんだよ。気持ち悪くない?」
いやーー、言わないでっ。
急に羞恥心が込み上げて来る。
「別に核だし、気にならない」
サクラのクールな性格に少し救われる。
「そんな事より、早く試してみよう」
そう言いながら、サクラは持ってきた大きな袋から何かを取り出す。
機械パーツだ。
ただし、サクラが装備しているような機械鎧のような立派なものではない。
もっと簡素な。ライダースーツのような、如何にも防御力のなさそうな機械パーツだった。
「トレーニング用の機械パーツだからって、油断しないでね。お姉ちゃん」
「わかっている」
薄い装甲の皮シャッツのような機械パーツを、俺の姿をした岩巨人に装着させる。
手袋やブーツのような機械パーツを付けた後、最後に赤いヘルメットのようなものを頭に被せる。
どうやらこれでフル装備のようだ。
「行くよ、お姉ちゃん、準備はいい?」
リアが緊張した声でそう言った。
サクラがうなづくと、リアは手に持った俺をゆっくりと岩人形が装備した機械パーツに近づける。
岩巨人が装備した簡素な機械パーツの胸にも、核をはめ込む穴が開いていた。
赤と青のコードが俺を迎えるかのように、穴から出ている。
カチリと、再び俺は、胸の穴に嵌め込まれる。
青と赤のコードが俺の身体、核に向かって差し込まれていき、前回と同じようにそこから情報が流れてくる。
試験用戦闘機械人形 28式七号機
頭部 【HD-AKAHEL】
胸部 【KKK-SS】
右腕部 【AY-12R】
左腕部 【AY-12L】
右脚部 【LY-31R】
左脚部 【LY-31L】
エンジン 【GBG-1000】
ブースター 【なし】
メイン武器 【なし】
補助武器 【なし】
核 【犬飼 一郎】
木偶【岩巨人】
サクラの身体を操った時と同じように、狭かった視界がクリアになる。
正面にサクラが立っていた。
全身像を初めて見る。
面頬はしておらず、サクラの少し吊り上がった紅い瞳が、俺をじっ、と見つめていた。
「犬、聞こえている? 聞こえていたら右手を上げて」
いつのまにか檻の外に出ていたリアが、緊張した声でそう言った。
目も耳も口もない岩巨人だが、ちゃんと見えるし、声も聞こえる。
話すこともできるのではないかと、声を出そうとしたが、どうやら声は出せないようだ。
仕方なく、右手をあげる。
「オッケー、聞こえてるわね。これからいくつか質問をするわ。アナタが良いコアか悪いコアか、こちらで判断させてもらう。もし、悪いコアなら残念だけど破壊させてもらうわ」
強気の発言をするリアだが、その声は震えている。
本当に俺はそんな恐れられるような存在なのだろうか。まるで実感がない。
「でも、その前に一つだけお礼を言わせて。ダンジョンで私達を救ってくれて、ありがとう」
「そういや言ってなかったな。ありがとうな」
リアに続いて、サクラも礼を言う。
出来れば、二人に信用されたい。そう思うが、果たして大丈夫だろうか。
言葉を話せないことがもどかしい。
「では最初の質問ね。YESなら首を縦に振って。NOなら横ね。わからないなら右手を上げて」
首を縦に振り、YESと答える。
「アナタは王道の十二核と呼ばれる核、その戌【いぬ】の核で間違いないわよね?」
わからない。多分そうなのだろうが、自分では全くわからないのだ。
恐る恐る右手を上げる。
今更、この状況の危険度に気がついた。
質問されても俺は、ほとんど何もわからないのだ。
破壊される恐怖に怯えながら、地獄の質問タイムが始まった。