第5話 森の中の研究室【ラボ】
研究室。
それが姉妹の拠点だった。
研究室というには、あまりにも乱雑とした生活感の溢れる部屋。
岩巨人がいたダンジョンを出ると、そこは森の中の洞窟だった。
鬱蒼と生い茂る木々の中に、その入り口はひっそりと隠れるように存在していた。
そこから数キロ程、離れた位置に木製の家が建っていた。
ボロ小屋。子供の頃に作った秘密基地や、無人島生活で素人が作ったような小屋。そんな印象を受けた。
中には鍋や釜、肉や野菜が木の壁に吊るされており、唯一の研究室ぽい所は机とそこに置かれているパソコンのようなものだけだった。
「じゃあ、お姉ちゃん、調べるから核を外して」
机の前に座ったリアがサクラに手を出す。
サクラは俺を触っているが、なかなか外さない。
くすぐったい気分になって、少し照れてしまう。
「大丈夫、調べるだけだから」
「壊したら絶交だからな」
はいはいと肩を竦めて、サクラから俺を受け取るリア。
リアは俺を手に取ってまじまじと眺める。
「見た目は普通の核なんだけどな」
手の中でコロコロと転がしながら観察する。
景色が回転して気持ち悪くなる。
多分、人間のままなら、嘔吐していただろう。
「リア、気をつけろ。落とすなよ」
「お姉ちゃんじゃあるまいし、そんなドジ、あっ」
話に気を取られたのか、リアが手の中から俺を落とす。
机の上にゴンっ、と落ちるが痛みは感じない。
「リアっ。お前っ」
「わ、わざとじゃないよっ。大丈夫、なんともない。核は丈夫なんだからっ」
慌てて俺を拾い上げ、手で撫で回す。
高い所から落とされる恐怖は、想像以上にヒヤッとするものだった。どうか気をつけて下さい。
「よし、始めるよ」
気を取り直したリアが俺を机の上に置く。
そこにパソコンから伸びたコードを持ってくる。
見た事がある。
USB端子だ。
まさか、それを俺に繋げようというのか?
核である俺に、差し込む穴など存在しないはずだ。
だが、リアが端子を近づけると、俺の内部にずぶずぶと端子の先が吸い込まれていく。
身体に異物が入り込む感覚は、なんだかいけないことをしているような背徳感があった。
「いけそうだよ。情報入ってきた」
パソコンを叩きながらリアが言う。
俺の情報が丸裸になるのだろうか。
しかも、幼い少女にっ。
背徳感は益々上がっていく。
「出た。お姉ちゃんっ。やっぱりこの核、意思をもってるっ!」
「へーー、そうなんだ」
リアが驚きの声を上げるがサクラは平然としている。
「へーー、じゃないよっ、お姉ちゃんっ! 意思を持つ核だよっ! レアアイテムどころの騒ぎじゃないんだよっ」
そうなのか? 普通の核には意思はないのか。
「わかってるの? 世界に十二個しかないと言われる意思のある核だよっ。王道の十二核なんだよっ」
「そうかぁ、すごいなぁ。これが噂のゾディルブかぁ」
「適当に略さないでっ!」
リアが机をバンっ、と叩く。
「いい? 馬鹿なお姉ちゃんでもこれだけはちゃんと理解してっ! この核は本当にヤバイものなのっ。国宝級なんてもんじゃない。これ一つを奪い合って滅んだ国がある位、ヤバイものなのっ」
これまで、適当に話を聞いていたサクラだが、リアの喧騒に真面目な顔になる。
「わかった。ちゃんと聞こう。ただし、一から丁寧に教えてくれ」
「うんっ」
そう言って笑顔を見せたリアの顔が次の瞬間固まった。
「どうやらワタシは馬鹿らしいからな」
「ご、ごめん。お姉ちゃん」
リアが核について解説を始める。
それは核となった自分にとって、非常にありがたい情報だった。
「通常、戦闘機械人形 の使用方法は大きく分けて三つ。それはわかるよね、お姉ちゃん」
「ああ、核を装着せず人が装備して使用する。核を装着し、木偶を中に入れて外から操作して使用する。三つ目は、えっと、ほら、アレだ」
「核を装着しながら人が装備して使用する。今、一番流行ってる戦闘方法ね」
なかなか答えを出さないサクラの解答を待たずにリアが答えを言う。
「わ、わかってたんだぞ」
サクラは拗ねた声で反論するが、リアは無視して説明を続ける。
「三つとも、それぞれに利点と欠点がある。核を装着せず人が装備すれば、思ったとおりの行動がすぐに出来る。欠点は中の人間がダメージを受ければ行動不能になるということ」
「そ、そうだな」
ダンジョンでの出来事を思い出したのだろう。
サクラが苦い顔をしている。
「二つ目、核を装着し木偶を中に入れて、外から操作する方法。利点は木偶が粉々に破壊されない限り、多少のダメージを受けても行動不能にならないこと。人間では不可能な動きをする事ができること。欠点は外部操作の為、行動に遅れが発生すること」
「それはないな。木偶を買う金もないし、リアが操縦すれば、ワタシはやる事がなくなる」
「木偶は手に入ったんだけどね」
リアがサクラに聞こえないような小声で呟く。
サクラが気を失っている間に手に入れた岩巨人の核の事をいっているのだろう。
「そして最後。核を装着しながら人が装備して使用する方法。利点は行動をサポートしたり、中の人間が行動不能になっても外から操作できること。欠点は無茶な操作をしてしまうと中の人間が怪我をしたり、死んでしまうこと」
やはり、核を装着すれば通常ならば外部から操作出来るようだ。しかし、ダンジョンでリアは核である俺を装着した機械人形を操作出来なかった。
やはり、俺は普通の核ではないようだ。
「ワタシの理想はそれだった。リアのサポートが加われば、鬼に金棒と思っていたんだ。だが、この核は違うんだろ?」
「うん、三つの使用方法のどれとも異なる」
そう言って俺を見るリアの瞳には、様々な感情が入り混じっているように思えた。
「四つ目の使用方法。核が自我を持って、自分の意思で機械を操り動き出す。王道の十二核」
リアはUSB端子を俺から引き抜いて、再び手に取る。
手の平に乗せて、サクラの方に手を伸ばし、よく見えるようにした。
「利点は木偶を使っても外からの操作なしに自動で動けること。欠点は必ずしも人間の味方ではないこと」
「それは、コイツが敵になるかもしれないってことか?」
サクラの問いにリアはゆっくりとうなづいた。