第4話 戦闘機械の技【スキル】
左右の手を拳に握り、左手を突いた状態にまっすぐ伸ばす。
右手は肋の下まで引き手を取り、突きができる状態に構える。
肘で体を擦るようにまっすぐ突く。拳の捻りは、突きはじめから自然にねじり始め、突ききった時には拳はまっすぐでなければいけない。
突き切った時に肩が前へ流れていたり、拳が曲がったりしてはいけない。
正拳突き。
小さい頃から何万回も繰り出していたその拳は、人の身体と機械装備の力を借りて遂に完成した。
「毎日同じことしてるね」
雨の日の体育館で陸上部だった彼女と、空手部の俺は会話していた。
「みんなは蹴ったり、回ったり、飛んだりしてるのに、犬飼君はずっと突きしかしないんだね」
「う、うん」
彼女の顔を見ずに話した。
女子と話すことに慣れておらず、照れ臭かった。
「納得できてないんだ。まだ基礎を極めてないのに、次の技を覚える気にならないんだ」
小学生の頃、空手の試合で見た正拳突き。
全国大会で優勝した師範代のその突きに憧れて空手を始めた。
だけど、それから毎日、何度も正拳突きを練習しても、師範代のような正拳突きを打てることはなかった。
「一つの事を完成させないと次へ進めないんだ。おかしいだろ?」
自分でもわかっていた。
一つの技をひたすら練習するより、蹴りや受けなど、他の技を習得しないと強くなれないと言う事を。
「ううん」
彼女は笑顔で首を振った。
その顔は相変わらず霞みがかかったように思い出せない。
「うまく言えないけど、一つの事に一生懸命になるの私は好きだよ」
今思えばこの日から俺は彼女に恋をしていたかもしれない。
『スキル【正拳突き】を覚えました』
頭の中にアナウンスが流れる。
人間だった頃から十年近く修練した技の完成に、思わず涙が出る。
「え、何で泣いてるのお姉ちゃん」
リアが怪訝な顔でこちらを見上げている。
慌てて涙を拭い、残り二体の岩巨人を見る。
岩巨人に感情があるのかはわからないが、一撃で核を破壊された仲間を見た為か、警戒して近づいてこない。
頭に核を持つ岩巨人の方にこちらから近づいて行く。
岩巨人の頭は、自分よりも頭二つ分くらい高い。
師範代の言葉を思い出す。
正拳突きの目標が引き手の高さより高い位置の時は、突く時に肩に力が入ったり、ひじの絞めが甘くなるので気をつけなければならない。
「せいっ」
しかし、それは杞憂に終わる。
岩巨人の顔面を狙った正拳突きは正確無比に炸裂した。
まるで一回目の正拳突きをコピーしたような全く同じ正拳突き。
核を破壊された岩巨人は同じように砂になり崩れていく。
スキルを覚えたというアナウンス。
どうやら一度覚えた技は、これからいつでも同じ威力で繰り出せるようだ。
残った最後の岩巨人の方に視線を向ける。
ビクッ、と岩巨人が震えたように見えた。
近づいて行くと岩巨人は奇妙な行動に出る。
右足にある赤い核を自ら取り出したのだ。
跪き、両手の上に小さな赤い核を載せている。
「これは......」
「うそ、守護者が主人と認めた」
岩巨人の核は自分のものより一回り小さかった。
テニスボールくらいの大きさの俺に対して、ゴルフボールくらいの大きさしかない。
その赤い核を受け取ると、目の前の岩巨人は砂になって崩れて消える。
この核にも自分と同じ意志があるのだろうか。
手の中でじっ、と見ているとリアがそれを取り上げた。
「間違いない。これでゴーレム木偶が作れる。買う手間が省けたわ」
ゴーレム木偶?
どうやら岩巨人の核は自分とは違うもののようだ。
リアはその赤い玉を大切そうにポーチにしまい、俺の方を見た。
「で、アナタは一体何者なの? お姉ちゃん、じゃないよね」
睨みつけるように俺を見るリアに、なんと答えたらいいか迷ってしまう。
お姉ちゃんの胸にはまっている核です、と言ったら砕かれてしまわないだろうか。
「俺は......」
それでも正直に言うしかなかった。
嘘はもう二度とつかないと、あの日に決めていた。
だが、いきなり目の前が真っ暗になる。
『木偶が意識を取り戻しました。使用権を失います』
サクラが意識を取り戻したのか。
彼女の視界から見ていた景色が消え、再び胸の核からの小さな視界に変わる。
見えるのは訝しんだ目でこちらを見上げるリアの顔ぐらいだ。
「ん、これは」
サクラが辺りを見渡す。
「気を失ったと思っていたが、無意識のうちに倒していたのか」
どうやら岩巨人を倒したのは自分だと思っているようだ。
「すごいな、ワタシ。どうだ、リア。やっぱり木偶よりお姉ちゃんの方が凄いだろう」
リアは呆れた顔からほっ、とした顔になり、そして険しい顔になって溜息を吐く。
本当にコロコロと表情が変わって面白い。
「いつもの馬鹿なお姉ちゃんに戻って嬉しいよ。乗っ取られたんじゃないかと心配したんだよ」
「乗っ取られる? 何にだ?」
リアがサクラの胸、つまり俺を指差して言う。
「その核。明らかにおかしい。今すぐ外して」
サクラが俺を外さないまま、顔の面頬を下げて素顔を見せる。そして、上からじっ、と俺を見つめた。
額から流れていた血はすでに固まって止まっていたが、彼女の綺麗な顔を赤く染めていた。
「これがワタシを操っていたのか」
紅い瞳に見つめられると、何故か告白しようとしていた彼女を思い出す。
どうしてだか、その理由はわからない。
「だったら命の恩人じゃないか。大切にしないとな」
あまり表情を変えないサクラが満面の笑みを浮かべる。
それを見たリアは、すべてを諦めたように先程よりも大きな溜息をついた。