第34話 はぐれ迷子の獣犬人【ワードック】
「犬の獣人、獣犬人。もう西方に少数の部族がいるだけの超希少獣人だよ」
リアの説明に、「いやあ、それほどでも」と言って照れるハル。
「なんでこんな南の辺境の地にいるの? しかも奴隷になって」
「尻尾がないので捨てられたんです」
ハルは俺のしっぽを見ながら言う。
「獣犬人にとって立派な尻尾はステータスなんです。でもわたし、小さい頃に事故で尻尾をなくしたんです」
悲しそうな顔のハル。
「イチのしっぽ、あげたらどうだ?」
サクラがそう言うとハルの顔がパッと明るくなる。
いや、ダメだよ。これ、かなり役に立つんだからっ。
「ダメなんですかぁ」
がっくりとうなだれる。
やはり、ハルには俺の考えていることがわかるみたいだ。
「わたし、しっぽをなくしてから、上手くバランスを取れなくなってしまったんです。普通に歩いていてもすぐコケたりして、仲間たちから白い目で見られるようになりました」
ハルの運動音痴は、しっぽがないのが原因だったのか。
そういえば、と俺の装備するしっぽの効果を思い出す。
追加効果 その2 【舵取り】
走ったり方向転換したり、飛び上がったり、様々な動きをするときに、バランスをとるために自由自在に動きます
どうやら獣犬人にとっても、しっぽは重要な役割を担っていたようだ。
「そんなわたしに一族の長は使命を与えたんです。それは、戌【いぬ】の核を見つけて来い、でした」
「え? イチを?」
え? 俺を?
「え? なんで戌【いぬ】の|核がイチさんなんですか?」
そういえば、まだサクラの戦闘機械人形を全身に装備していて、ハルに正体を明かしていなかった。
「な、なんですか。イチさんの正体って」
「後で話すわ。まずはハルのことを話して」
リアに言われて、ハルが再び語り出す。
「わたしたち獣犬人には、先祖代々、引き継がれた使命がありました。戌【いぬ】の核を発見し守ること。でも長い年月の中、その使命は風化され、今では部族を追い出される時に使われる言葉になっていました」
戌【いぬ】の核と犬の獣人。
なんらかの関わりがあるのだろうか。
俺の心の声が聞こえるのもそこに関係していそうだ。
「何百年も発見されていない戌【いぬ】の核を見つけるなんて、落ちこぼれのわたしが出来るはずがない。それならいっそ、南の島で遊んでやろう、そう思ってこの地にやって来たんです」
「そ、そう、大変だったわね」
いや、最後ちょっとおかしかったよ?
「いえいえ、遊びに来ただけでもないんですよ。部族を出た後、なんだか南の方から声が聞こえているような気がしていたんです。本当にかすかな小さな声が。だから、遊びのついでにちゃんと戌【いぬ】の核も探そうと思ってました」
ついで、って言っちゃってる。
「ああ、思わず本音がっ。でも、そうこうしているうちにお金もなくなって、働こうとしても、どこもすぐ首になって、仕方なく食い逃げしようとしたら1回目で捕まってしまい、奴隷商に売られてしまったんです」
確かにあの運動神経なら捕まってしまうのも無理はない。
しかし、ハルと出会ったのは偶然だけじゃなかったようだ。
彼女が俺の声を聞いてここに来たのなら、これは何かの運命なのかもしれない。
「え、イチさん、わたしの運命の人なんですかっ」
ハルがいきなり真っ赤になる。
リアとサクラが何を考えたコイツ、みたいな目で俺を睨む。
ぶんぶんと首を振る。違う。誤解だ。ハルさん、説明して。
「誤解だそうです。残念です」
そういえば、最初会った時、死んだような目をしていたハルの瞳は、今は活き活きと輝いている。
「わたし、運動神経がなくて、何をやってもダメダメで、いつも、人の目を気にしてビクビクしてました。でも、イチさんはそんなわたしを少しも嫌に思ってなくて、すごく、嬉しかったです」
そうか、最初はビフに虐待を受けていたと思っていたが、そんな理由だったのか。
ハルは自分の存在価値自体を疑っていたのだろう。
「まあ、ある意味、運命ではあるけどね。ハルが探してた戌【いぬ】の核、それがイチだからね」
「ああっ、そういえばっ。イチさんが戌【いぬ】の核を持っているんですか?」
リアが首を振って答える。
「違うよ、イチが戌【いぬ】の核の本体なの。つまり、その胸の核がイチ自身なの」
よくわかってないという顔で首をかしげるハル。
何故か、その正面に座っているサクラまで首をかしげている。
論より証拠だ。俺は面頬がついたヘルメットを脱ぎ、初めてハルの前に岩巨人の姿を見せる。
「ええっ、木偶っ。イチさん、本当に核が本体なんですかっ」
「ああ、そういえばそうだった。あまりに人間ぽいから忘れてた」
サクラ、そこ大事な設定だから忘れないで。
「本当にイチさん、戌【いぬ】の核なんですねっ、凄いですっ」
いや、あまり実感ないんだけどね。
「イチを渡すわけにはいかないけど、みんなで一緒にハルの部族に行ってもいいよ。それでハルは部族のもとに帰れるんでしょ」
ハルはふるふると首を振る。
「戌【いぬ】の核を持って帰っても、歓迎などされません。ただの追い出す口実だったんですから。わたしはもう部族に戻るつもりなんてないです。西方弁も捨てました」
「そういえばハルには地方訛りがないね」
西方弁? 全ての答えや、リアがたまにつかう関西弁のことだろうか。
「あまり役には立てませんが、よかったらイチさんの奴隷のまま、ここに置いていただけませんか?」
リアと、サクラがこちらを見る。
えっ? 俺に決定権があるの?
ハルも心配そうな目で俺を見ている。
奴隷じゃなくて、仲間としてなら。
そう思った時だった。
「奴隷じゃなくて、仲間でいいんですかっ」
ハルが俺に飛びついてきた。
喜んでいるのか、頭の上の耳がパタパタと動いている。
リアとサクラが俺とハルを見て笑っていた。
三人から四人へ。
この日、新たな仲間が加わった。




