第33話 対策の会議【ミーティング】
研究室の庭でバーベキューが始まった。
もう日は暮れていたが、木にランタンがいくつか設置されており、庭全体がかなり明るく照らされていた。
昨日、サクラが狩ったバトルボアの肉の残りと山草を鉄板で焼く。
鉄板を中心に俺と姉妹とハルで木の切り株の上に東西南北に座っていた。
リアが北、サクラが東、ハルが西、俺が南だ。
正面に少し険しい顔のリアが座っている。
「もう大丈夫だよな?」
生焼けをサクラが食べようとしてリアに手を叩かれる。
ハルは肉をじっ、と眺めながらよだれを垂らしていた。
「色々聞きたいんだけど、いいかな? イチ」
こくん、とうなづく。
「前と同じで、YESなら首を縦に振って。NOなら横ね。わからないなら右手を上げて」
再びうなづく。
「あの白女はイチの知り合い?」
うなづいて、彼女の事を思い出す。
あれは間違いなく輪蛇さんだった。
セルイドの街とボアボ山に戻る途中の街道で、ハルの首輪を外した。
別に逃げたいなら逃げても良かったが、ハルは俺の後を付いて来る。
行くところがないのだろう、姉妹が面倒を見てくれるといいのだが、自分も扶養家族みたいなものなので頼みにくい。
「あうっ」
声が聞こえたので振り向くと、何もないところでハルがずっこけていた。
なるほど確かに壊滅的な運動音痴だ。
街道が終わり、山道に入ると、ハルが外した首輪を俺に持ってきた。
繋いで欲しいという事だろうか?
俺は首を振って断った。
何故、拘束されたいのか疑問に思ったが、すぐに理由はわかった。
「ああああああああっ」
ハルが山道を豪快に滑り落ちて行く。
慌てて追いかけて、首輪をつける。
駄目だ。想像以上に運動音痴だ。
ビフが手放したくなるのも納得できる。
しばらく、首輪を持って誘導して引っ張っていたが、あまりに転倒するので背負う事にした。
このままだと、夜になっても帰れない。
「す、すみません。イチさん」
申し訳なさそうに背中にいるハルは、小刻みに震えていた。
あの戦いを見て、俺のことを怖がっているようだ。
大丈夫、という意味をこめて、軽くハルの背中をポンポンと叩く。
「あ、あぅあぅ」
少しビックリしたようだが、それからハルの震えは止まった。
静かにぎゅっと背中にしがみつく。
これで大丈夫だ。自然と足が速くなる。
姉妹達が待つ研究室に向かって、いつのまにか山道を全力で走っていた。
研究室の庭に首のないサクラが立っていた。
足元にサクラの首が落ちている。
目の前が真っ暗になった。
一体、何が起きたのか。
サクラの首を抱きしめる。
「アァアアアぁあアァアあっ」
その時、すぐ近くからリアの叫び声が聞こえてきた。
ハルをその場に残し、サクラの首を持ったまま、声のした方へ向かう。
「死になさい」
輪蛇さんがそこにいた。
あの時と変わらない姿で立っている。
だが、その表情はあまりにも冷たく、まるで感情のない死人のように感じられた。
「い、イチくん」
輪蛇さんが俺に気がつくと、表情が一変する。
泣きそうな顔から怒ったような顔になり、最後は泣きそうな顔で俺を見る。
「イヂぃ」
泣きながらリアが走ってくる。
抱えたサクラの首ごと抱きつき、声を上げて泣き叫ぶ。
輪蛇さんがやったのか。
サクラの首を切り、リアを泣かしたのか。
この世界に来る前、俺は彼女に酷いことをした。
許されることではなかっただろう。
もう一度会って謝ろうと思っていた。
だが、そんな思いもすべて吹っ飛んだ。
「あ、あの、ひ、久しぶりですね。イチくん」
お前がやったのかっ!
気がついた時、俺は全力で輪蛇さんの頬を叩いていた。
「そっか、やっぱり知り合いなのね」
リアの顔が険しい。よほど輪蛇さんが怖かったのだろう。
「ほらっ、ハル。野菜だけじゃなく、肉も食えよ」
「い、いいんですか? あ、ありがとうございます」
回想している間にサクラとハルが仲良くなっていた。二人で仲良く肉を頬張っている。
「次の質問、やっぱりあの女も王道の十二核なの?」
わからない。輪蛇さんの姿は人間のままだった。
俺とは違うものなのか。
右手を上げ、わからないことを伝える。
「それじゃあ、次。あの白女とイチは恋人同士なの?」
ピタリ、と肉を食べていたサクラとハルの動きが止まる。
リアと共に、俺に注目する。
な、なんでそういう話だけ反応するんだ、この二人はっ。
ゆっくりと首を振る。嘘ではない。
「じゃあ、あの白女は一方的にイチを好きで、ストーカーみたいなものと思っていいのね?」
い、いや、そう言われると答えにくい。
俺が猪国さんについた嘘のせいで、輪蛇さんを傷つけることになった。
首を振ろうか、右手をあげようか迷ってしまう。
「質問を変えるわ。次にあの白女と戦うことになったら、イチは私達の味方をしてくれる?」
俺の心情を察したのか、リアが質問を変えてくる。
その質問に、俺は力強くうなづいた。
「うん、今はそれだけで十分」
リアは笑って、立ち上がる。
「対策を練るわ。次は負けない」
「ほぅ」
肉に夢中だったサクラがリアのほうを見てニヤリと笑う。
「もう弱点がわかってるって顔だな、リア」
「少しだけね。あのお姉ちゃんの首を切った技は連続で使えないのはわかったわ」
空間断絶と輪蛇さんが言っていた技のことだ。
次元ごと切断するとか物騒なことを言っていた。
「あの技をつかった直後、白女は歩いて私の前から立ち去った。でも、イチが来た後、その場から去るのに空間を切り裂いて消えたの。連続で使えるなら、私の時も歩かずに使ってるはずでしょ」
そうだったのか。しかし、あの場面でリアはよく細かく状況を観察している。
「少なくとも、一度使えば二、三分は使えないはず。一度かわしてしまえば、その間に倒すことも可能なはずよ」
「アレをかわすのが、きつそうだけどな」
サクラが珍しく弱音を吐く。
実際に見ていないがそれほど素早い攻撃なのだろう。
「後はあの白女の名前がわかればもっと対策が立てられる。イチはわからないと言ったけど、多分、十二核だと思うの」
やはり、そうなのだろうか。
輪蛇さんという名前を伝えればいいが、話すことができない。いや、犬という文字を知っていたのだから、蛇の文字もわかるのではないだろうか?
リアに貰ったノートに文字を書こうとした時だった。
「あ、あの、輪蛇さんという名前みたいですよ。さっきの人」
そう言って手を挙げたのはハルだった。
リアとサクラ、俺も驚いてハルを見る。
「えっ、なんで知ってるの? 知り合いなの?」
「いえ、初対面なんですけど、イチさんがずっと輪蛇さんって言ってるんで」
今度はリアとサクラが俺の方を見る。
いや、俺考えてるだけで、話せないよ?
首をぶんぶんと振る。
「ハル、人の考えていることがわかるの?」
リアの質問に今度はハルがぶんぶんと首を振る。
「い、いえいえ、今迄、こんなことなかったんですけど、何故かイチさんの考えてることだけが頭に入ってくるんですっ」
リアとサクラがジト目でこちらを睨んでくる。
いや、何もしていないよ。ハルにだけテレパシーを送るとかそんな事していないよっ。
「何もしてない、と言ってます」
本当にハルは俺の考えていることがわかるようだ。
「もしかしたら、これのせいでしょうか?」
そう言ってハルが頭の包帯を外していく。
包帯の中にあった長い黒髪がばさっと広がり、ハルの頭頂部がすべて見える。
そこに二つの可愛いものがぴょこん、と上を向いて立っていた。
「い、犬耳っ。ハルって獣人だったのっ」
リアの言葉に少し照れたようにうなづくハル。
アニメや漫画でしか見たことのなかったケモ耳獣人少女がそこにいた。




