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第32話 戦慄の嫉妬【ジェラシー】

 

 大切なものを失うのは、自分の死よりも辛い。

 両親が監獄に捕らえられた時、そう思った。

 そして、再び、私は失う。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ」


 涙でぼやけた視界には、その顔がわからない。

 嫌だっ、これは嘘だっ、こんなことが起こるはずがない。


「アァアアアぁあアァアあっ」


 声にならない叫びを上げ、ここから去ろうとする白女を追いかける。


 どうにもならないことはわかっていた。

 もはや、自分の命などどうなっても構わないと思っていた。


 山を降りている白女の背中に力いっぱい、ただの体当たりをぶちかます。

 白女はまるで汚いものを見るように私の方を振り返った。


「賢そうに見えたけど、そうでもないのかしら」


 感情が一切感じられない声でそう言う。


「貴方が死んでしまうと変わりを見つけるのが面倒だけど、仕方ないわ」


 白女がお姉ちゃんにしたように右手を動かす。

 確実な終わりがやってくるのを感じていた。


「死になさい」


 目を閉じる。お姉ちゃんのところに私もいく。

 そう思っていたが、いつまでもその時はやってこない。

 恐る恐る目を開ける。

 白女がぽかんと、大口を開けて固まっていた。


「い、イチくん」


 白女が初めて感情的な声を出す。

 その視線の先にイチが立っていた。

 両手に何かを抱えている。

 それはお姉ちゃんの首だった。


「イヂぃ」


 涙が洪水のように溢れてくる。

 イチに向かって全力で走っていた。

 お姉ちゃんの首ごとイチに抱きつく。

 声を上げて泣き叫んでいた。


「あ、あの、ひ、久しぶりですね。イチくん」


 先程までの感情のない冷酷さは消えていた。

 もはや完全に別人のように、あたふたしながら喋る白女。


 パァン、といきなり破裂音がした。

 白女が頬を抑えて呆然としている。


「い、イチくん。ご、ごめんなさい。こんな事するつもりはなかったの、少し脅すだけのつもりで......」


 パァン、と再び破裂音。今度はしっかりと見た。

 イチが白女に思い切り平手打ちをしたのだ。


「うわぁああああん」


 白女がうずくまり泣き叫んだ。


「だって、だって、似てたんだもんっ。猪国(いのくに)さんに似てるから不安になったんだもんっ。イチくんがまた私以外を好きになるのが嫌だったんだもんっ」


 口調もかわり、まるで幼児のように泣き喚く白女。

 そんなくだらない理由でお姉ちゃんは殺されたのか。


「殺すっ! 絶対に殺すっ!」


「まあ、落ち着け、リア」


 私が白女に噛み付いてやろうとした時だった。

 信じられないことに、お姉ちゃんの声がしたのだ。


 驚いてイチの方を向く。

 首だけのお姉ちゃんをイチの左手が抱いている。


「あーー、まだワタシ、死んでないみたいだ」


 その首が普通に、ごく普通に話しかけてきた。


「な、なにっ! お姉ちゃん、首だけで生きてるの? 実は化け物だったのっ」


「わからん、でも、普通に大丈夫っぽい」


「大丈夫ちゃうわっ」


 思わず、突っ込んでしまう。


「空間断絶です。次元ごと切断したので、実際には斬れていません」


 泣いていた白女がいきなり復活して立ち上がる。

 だが、何を言っているかわからない。

 お姉ちゃんは大丈夫なのか?


「このままにしておけば、繋げられなくなり本当に死んでしまいます。でも、イチくんが私の言うことを聞いてくれるなら、戻して......」


 イチが白女を睨む。

 いや、実際は睨んでいるかわからないのだが、睨んでいる雰囲気が伝わってくる。


「あ、えっと、言うことは聞かなくていいです。そ、そのかわり私を許してくれませんか?」


 弱っ。白女、イチに弱っ。

 イチがうなづくと白女は、お姉ちゃんの首に向かって手をかざす。


 ばっ、とお姉ちゃんの首が消えて無くなった。


「お姉ちゃんっ」


 本当にこれで元に戻ったのか。

 その不安はすぐに解消された。


「おーーい」


 首の戻ったお姉ちゃんが研究室(ラボ)のほうからやって来る。

 そして、その腕には何故か、縄があり、その先に首輪に繋がれた包帯まみれの少女がいた。


「お姉ちゃんっ、良かった無事でっ。でもその子は誰?」


「知らん、庭にいた」


「イチくんっ、誰っ、その女は誰っ!」


「あ、わ、私、ハルといいます。この度、イチさんの奴隷になりました」


 全員が包帯少女、ハルに注目する。


「「「奴隷っ」」」


 みんなの声がハモる。


「イチ、お前、機械パーツ買いにいって、なんで奴隷買って来るんだ?」


「ほんまやっ、意味わからんわっ」


 私とお姉ちゃんが問い詰める中、黒い淀んだ空気が辺りを包む。


「イチくん、その子、イチくんの奴隷なんですか?」


「ひぃ」


 白女から溢れ出した殺気に奴隷のハルが腰を抜かす。

 必死に首をぶんぶんと振りまくるイチ。

 先程の堂々とした態度は微塵もなく吹っ飛んでいる。


「私、すごく長い間、待ってたんですよ。その間、イチくんのことだけを考えていたんですよ。イチくんはこっちに来るなり、奴隷を買って、何をしていたのですか?」


 イチと白女が対峙する。

 ダメだ。まともに相手したらひとたまりもない。


 イチは慌てて肩にかけていた袋から何かを取り出す。

 それは一通の手紙だった。


「あ、ギアナさんからの手紙だ」


 私とお姉ちゃん、白女でその手紙を同時に見る。


『イチは成り行きで決闘(デュエル)して、奴隷をゲットした。オレに預けようとしたが、断った。お前らで面倒みてやれ。一人も二人もかわらんだろう』


 豪快な文字でそう書かれている。

 ギアナさんらしい。

 そして、どうやら奴隷は購入したのではなく、仕方なく手に入れてしまったようだ。


「わ、私は最初からイチくんを信用していました」


 嘘つけ、この野郎。

 そう言いたいが怖いので黙っておく。

 精神が不安定で、いつ牙を剥いてくるかわからない。

 この白女は爆弾みたいなものだ。それもとてつもなく大きな爆弾だ。


 はぁ、と白女が大きくため息を吐く。


「感動の再会を計画していたのですが、色々と予定が崩れてしまいましたね」


 残念そうにイチを見る。


「半年後の大会でもう一度再会しましょう。それまで浮気しないでくださいね」


 そう言った後、お姉ちゃんを見て、次にハルを見る。

 私を見ないのは眼中にないからか。少し悔しい。


「もし浮気したら、次は本当に殺しますから」


 待てっ、というふうにイチが白女に手を伸ばそうとする。だが、その前に。


「また会いましょう。イチくん」


 白女の周りの空間に切り目が入る。

 ガラスが割れるように、空間が粉々に砕け散る。

 気がついた時には、白女の姿はどこにも見当たらなかった。


「ちっ、次は覚えとけよ」


 舌打ちするお姉ちゃんは相変わらず何も考えていない。

 大会に今の白女が出れば、私達に勝ち目はない。


 イチのほうを見る。

 もし、あの白女に勝てるとすれば、イチに頼るしかないのではないか。

 イチは何か考えるように、白女がいた空間をじっ、と見つめている。


 その時、風が吹いて、持っていた手紙がめくれて裏返る。

 見るとギアナさんは裏にもなにかメッセージを残していた。


『大き過ぎる力はやがて身を滅ぼす。手に負えなくなったら、イチは解放してやれ』


 手紙を丸めて、ポケットに突っ込む。


 私はその意味を十分理解しながらも、イチを手放したくないと思ってしまった。









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