第31話 最後の笑顔【スマイル】
「リア、イチのやつ、遅くないか?」
お姉ちゃんが研究室の窓から外を見て呟く。
「大丈夫だよ、もうすぐ帰ってくるよ」
機械パーツを修理しながら話す。
もうすぐ日が暮れそうだが、心配はしていなかった。
お姉ちゃんに買い物を頼んだ時は、一日経っても帰って来ないで、結局迎えに行った。
イチはきっとそんなことにはならないだろう。
ダンジョンでの地図作成があれだけちゃんと出来るなら、大丈夫だ。
「そうか、早く帰ってきたらダンジョン行けるんだけどな」
そわそわしながら、イチを待つお姉ちゃん。
まるで好きな人を待つ恋人みたいだ、そう思って微笑んでしまう。
両親が監獄に捕らえられてから、二人ともあまり笑わなくなっていた。
ダンジョンに潜って、必死に機械パーツを集める毎日。心に余裕がなかったのだ。
だけど、イチが来てから少しお姉ちゃんも私も笑うようになった。
イチには不思議な魅力がある。
意思を持つ伝説の核、王道の十二核ということで最初は警戒していたが、蓋を開ければまるで警戒する必要はなかった。
イチの行動はとても人間くさい。
普通にどこにでもいる、ただの人間だ。
それも、私達を助けてくれるかなりのお人好し人間だ。
ギアナさんに正体がバレてもきっと大丈夫だろう。
人を見る目は、私やお姉ちゃんよりも優れている。
「お、帰ってきたぞ」
お姉ちゃんの声が弾んでいる。
そういう私も自然と顔がほころんでいることに気がついた。
たった三日なのに、いつのまにかイチは私達にとって大切な存在になっていた。
「......違う。誰だ、アイツ」
「えっ?」
お姉ちゃんがそう言って、研究所から外に出る。
私も作業を中断し、慌てて外に出る。
嫌な予感がした。
ここを訪ねてくる者など一人もいなかった。
まさか、両親を陥れたあの男が私達を追ってきたのか?
「誰だ? お前は」
お姉ちゃんの前に全身を白い布のフードとマントで覆っている者が立っていた。
嫌な予感はさらに大きくなっていた。
周りの空気が重く、目の前の人物から気持ちの悪い威圧感を感じる。
「ここにイチくんがいるのですね」
女性の声がして、その人物は白いフードをゆっくりと外す。
その姿に息を飲む。
向こうが透けて見えそうな白い肌。上質の生糸のような光る長い黒髪。S級機械パーツのような整った美しい顔立ち。
人間離れした美しさ、だが、それ以上に、この女性からは、不気味な何かを感じてしまう。
瞳だ。私達を見るその美しい黒い瞳にまるで感情がないのだ。
まるで爬虫類に見られているような、そんな気分になってしまう。
「なんだ、イチの知り合いか。今、アイツは出掛けてていないぞ」
「知っていますよ」
軽々しく話すお姉ちゃんを止めたくなる。
わかっているのだろうか?
十二核のイチと知り合いということは、その関係者だということだ。
そんな人物がこの世に何人いるというのか。
選択肢は限りなく少ない。
この女は、もしかして......
「イチくんがお世話になっている方々に挨拶に来ました。彼を見つけてくれてありがとうございます」
「ああ、そうなのか、それはどうも」
逃げて、そう叫びたいが声が出ない。
お姉ちゃんは気がついてないのだろうか。
その女からドス黒い殺気が溢れ出ている。
「で、なんで、お前はやる気満々なんだ?」
わかっていたのっ、お姉ちゃんっ。
「そうね。シナリオ通りとはいえ、女性が二人もイチくんのそばにいるのが、心配でして」
白い女が薄く笑う。
背筋がゾクっ、と怖気立つ。
ダメだ、ダメだ、ダメだ、こいつはやばいなんてもんじゃないっ。
「一人減らしておこうと思って参りました」
白女が白いマントをばっ、と翻す。
真っ白な戦闘機械人形を装備していた。
見たことのないデザインだ。
全身が白い鱗のようなもので覆われている機械パーツ。
滑っとした光沢に滑らかなフィルム、細い造形に心を奪われる。
そして、胸の中心には真珠のように白い核が輝いている。
「はっ、やんのか、おもしれえ」
お姉ちゃんが構えを取る。
イチに装備を貸しているので生身の身体だ。
ただでさえ、戦闘機械人形を装備している人間に勝てるはずがない。
さらに相手はどうみても只者ではない。
「やめてっ、お姉ちゃんっ」
絞り出すように声を出す。
お姉ちゃんがこっちを見て大丈夫というふうに笑う。
その顔は、両親が監獄に捕らえられた時と同じ笑顔だった。
「貴方、あの女に似てるわね。イチくんは貴方を好きになるかもしれない」
白女がお姉ちゃんをじっ、と見る。
「決めたわ、貴方のほうを消しましょう」
「できるものならっ、やってみやが......」
お姉ちゃんの台詞は最後まで言えなかった。
白女がハエを払うように、軽く右腕を動かす。
ヒュっ、と風が横切ったように何かが通り過ぎた。
とん、とん、とん、と目の前を丸い物体が転がる。
それがお姉ちゃんの頭だと理解するまで時間がかかった。
「えっ」
さっきまで笑っていたお姉ちゃん。
イチの帰りを待って、そわそわしていたお姉ちゃん。
その首が私の前に落ちている。
白女の目の前には首のないお姉ちゃんの胴体だけが立っていた。
「貴方は、生かしておいてあげるわ」
白女がそう言って、私に背を向ける。
目の前が真っ暗になり、私は言葉にならない声をあげた。




