第30話 決闘の後【アフター】
広場は静まり返っていた。
「シルバっ、ああっ、俺のシルバっ」
バラバラになったシルバの前で、ビフの悲痛な叫びだけが聞こえてくる。
観客達は完全にドン引きで、怯えた目で俺を遠巻きに眺めている。
これ、完全にやりすぎだよね?
『い、いや。あれやで。ほんま、これが後々役に立つんやで。久しぶりに動けて調子に乗ったんやないからなっ』
本当だろうか。かなり、怪しい。
『いやいや怪しないって。わし、イチやんのために頑張ったんやから。あっ、あかん、もう時間やっ』
【全ての答え】が支配する時間が終わるようだ。
『ええか、あまり無茶するんやないで。身体には気をつけや。ちゃんと毎日お風呂入りや』
お風呂は試験管の万能薬のことを言っているのだろうか?
【全ての答え】がまるでお母さんみたいなことを言っている。
『ほんまに、ほんまに、わしは、ずっと昔から、ザ、ザザザザッ、味方やねんから、ザザザザッ、だから、ザザザザザザザッ、プツンっ......』
【全ての答え】からのアナウンスが途切れる。
同時に今まで動かせなかった身体が動くようになっていた。
辺りを見回すと、観客達はびくんっ、と身体を震わせた。
「勝者、イチっ!」
試合を止めた神父服の男がそう叫ぶと、まばらな拍手と小さな歓声が聞こえてくる。
「こ、怖かったよな。なんだ、アイツ」
「おお、あそこまでやることないよな」
俺もそう思います。
いたたまれなくなり、こそこそと外に出る。
ビフがシルバの残骸を抱えながら、怨みがましい目でこちらを睨んでいる。
「おつかれさん」
鉄柵の外に出ると、ギアナさんが出迎えてくれた。
見ると手にコントローラーを握っている。
「機械パーツが外れて中身が見えたら、オレが操縦していることにしようとしたんだ」
おお、ギアナさん、めっちゃいい人だ。
「必要なかったみたいだ。D級だと思って見誤ったよ」
いやいや、これ全部、【全ての答え】がやったからね。俺だけだったら負けてたんだよ。
「王道の十二核。サクラとリアはお前さんの力を知っているのか?」
やはり、ギアナさんは気付いていたようだ。
俺はゆっくり首を振る。
今の【全ての答え】の力は俺も初めてのことだった。
「気をつけたほうがいい。大き過ぎる力は人を遠ざける。いつか、一人になってしまうよ」
一人に。何もわからないまま、核となってこの世界に来て、サクラとリアに拾われた。
彼女たちがいなければ、俺はどうしていいかわからずに未だに路頭に迷っていただろう。
「もし、そんな時が来たら、また店に来な。少しはアドバイスしてやるよ。オレもずっと一人だからな」
そう言ってギアナさんが笑う。
半身が機械だからギアナさんもずっと一人なんだろうか?
核という特殊な存在の俺にどこか親近感を持ってくれたのかもしれない。
ぺこり、と頭を下げお礼する。
そろそろ帰らなければならない。
決闘に時間がかかり、もう日が暮れかっている。
ギアナさんから荷物を受け取り、広場から去ろうと歩く。
観客達は怯えた表情で、道をあける。
「あ、忘れ物だぞ」
ギアナさんが立ち去ろうとする俺に縄を渡して来た。
あっ、と心の中で叫ぶ。
すっかり忘れていた。
縄の先には首輪で繋がれた包帯少女がいて、こちらを見て震えている。
そうだ。彼女を賭けてビフのシルバと戦ったのだ。
しかし、別に奴隷が欲しかったわけではなかった。
ただ、彼女をビフから救ってやりたかっただけだった。
ジェスチャーで、なんとかそれをギアナさんに伝えようとする。
出来たら引き取ってくれないだろうか。
「ん? 助けたかっただけで、いらないのか?」
こくこく、とうなづく。ギアナさん、すごいな。
簡単な身振り手振りであっさりと理解してくれる。
「ダメだ。正式な決闘で受け取ったんだ。責任を持ってお前さんが面倒みるんだ」
がーーん、という風に、手を広げる。
オーマイガッ、のポーズだ。
「サクラやリアもお人好しだからな。捨ててこいとは言わないだろう。頑張って説明しろ。一応、説明の手紙を書いてやるよ」
そう言ってギアナさんはサラサラっと一筆書いて、手紙を渡してくれる。
何から何までありがとうございます。
何度も頭を下げ、立ち去ろうとすると、声がかかった。
「おいっ、貴様っ」
シルバを壊されたビフが鉄柵の中から俺に叫ぶ。
「このままでは済まさんからなっ。必ずリベンジしてやるから首を洗ってまっていろよっ」
涙目になりながら叫ぶビフ。
「あと、その奴隷の名前はハルだ」
首輪に繋がれた包帯少女の名前を言う。
「言っておくが俺は虐待とかしたことは一度もないからな。その怪我は全部そいつが勝手に転んで出来たものだ。壊滅的な運動オンチだから気をつけてやれ」
え? そうなの? てっきり俺はビフに酷い扱いを受けてできたものだと思っていた。
「あと処女だからあまり無茶はするなよ。俺は嫁一筋だから手は一切出してねえ」
あ、あれぇ。もしかしてビフってそんなに悪い奴じゃない?
これじゃあ、シルバを滅茶苦茶にして、彼女を奪った自分が極悪人みたいじゃないか。
包帯少女、ハルを見ると、ビフに見られた時よりもさらに怯えた表情になっている。
青い顔でガタガタと震えながら、頭を下げる。
「い、いじめないで下さいね」
周りの観客達がざわざわと有る事無い事を言い出す。
「かわいそうに、これから酷いことされるんだぜ」
「ああ、それはもう穴という穴をやられちまうんだな」
「恐ろしい奴が現れたな、くわばら、くわばら」
違う、俺はそんなことしない。
そう叫びたいが声を出すことができない。
ぽん、とギアナさんに肩を叩かれ、ため息をつかれる。
その日、セルイドの街に悪魔のような機械闘士が現れたという噂が流れ、あっという間に広がった。




