第3話 岩の守護者【ガーディアン】
守護者と呼ばれる岩巨人が迫ってくる。
両手を大きく広げ、掴もうとしているのか。
胸に俺をはめ込んだ彼女は、まるで動揺せず、その場から動かない。
「遅い」
摑みかかろうとする岩の手を屈んで躱し、低い体勢になる。
そのまま勢いよく立ち上がると同時に、岩巨人の顔面にアッパーカットを喰らわした。
ぼんっ、という炸裂音と共に岩巨人の顔面が粉々に吹っ飛ぶ。
機械の腕の力なのか。
女性の力で、岩の塊をここまで破壊できるとは思えない。
そう思った時、頭に情報が流れてくる。
右腕部 【AN-25R】
効果【装備者の筋力を50%増量】
50%筋力が増量しただけでこの威力なのか。
どうやら彼女の力は俺が思っているより強いようだ。
「お姉ちゃん、まだっ! 再生しているっ」
背後からリアの声が聞こえてくる。
見ると粉々に砕かれた筈の岩巨人の頭が元どおりに戻っている。
「何処かに核があるはずだよっ、それを破壊しないと再生し続けるよっ」
岩巨人にも核があるのか。
それは自分と同じものなのか。
「面倒くさい、全部ぶっこわす」
手当たり次第に岩巨人を殴りまくる。
腕、胸、足、狙いを定めず、破壊する。
しかし、そこに岩巨人の核はなく、次々と再生していく。
「あと左足と右腕と股関節。そこ以外はもう破壊しているよっ」
背後からリアが叫んでいるが、彼女に聞こえているかわからない。
狙って破壊しているのではない。
目の前にある岩巨人の部位をただひたすら殴っている。
「うりゃああぁっ」
さらに彼女の攻撃が速くなる。
岩巨人の再生が追いつかず、右腕がもげ、頭はなく、身体の所々が砕け、全体が細くなっている。
「砕け散れ」
最後に彼女は岩巨人の股関節を蹴り上げる。
そこに核があったのか、ガラガラと岩巨人は崩れて、足元に砂の塊が残る。
「どうだ、リア。木偶よりもワタシのほうが強いだろう」
妹のリアが視界に入る。
驚きの中、幼い顔に安堵の笑みが浮かぶ。
「まったく、お姉ちゃんは......」
その安堵の顔が一瞬で凍りつく。
「お姉ちゃんっ、後ろっ!!」
彼女が背後を振り向くと同時に、岩巨人の巨大な拳が振り落とされた。
どんっ、という衝撃音と共に飛んでいくような感覚。
「嘘っ、そんなっ」
リアの絶望を含んだ声が響き渡る。
倒したはずの岩巨人。
だが、そこには同じ様な岩巨人が三体立っていた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ」
リアが彼女の身体を揺さぶっている振動が伝わってくるが、起きる気配はない。
「嫌だっ、起きてっ、お姉ちゃんっ、お姉ちゃん!」
何かが俺に落ちてくる。
赤い何か。
それが彼女の血だと気付いた時には、三体の岩巨人が目の前に迫っていた。
「くそっ、くそっ」
リアがコントローラーを取り出して、機械パーツを動かそうとする。
『立ち上がってください』
前と同じように合成音声が頭に響く。だが動くことは出来ない。
「動けよっ、ど畜生っ!」
リアが泣きながらコントローラーを地面に投げつけた。
どくん、と何かが反応した。
『操縦者の意識が無くなりました』
再び合成音声が聞こえてきた。
『木偶として使用できます。使用しますか?』
言葉を発することは出来なかった。
ただ、二人の姉妹を救いたい。
そう強く思っただけで、それはYESと取られたようだ。
何かのスイッチが入ったように頭が澄み渡る。
これまで狭かった視界が急にクリアになる。
どうやら視界が彼女のものに切り替わったようだ。
情報が流れてくる。
戦闘機械人形 37式零号機
頭部 【HD-DATE】
胸部 【ZGL-XA/2】
右腕部 【AN-25R】
左腕部 【AN-25L】
右脚部 【LN-1001R】
左脚部 【LN-1001L】
エンジン 【GB-10000】
ブースター 【B-VR-33】
メイン武器 【SW-MASAMUNE】
補助武器 【WH-1700】
核 【犬飼 一郎】
木偶【サクラ・アルシェード】
サクラというのは彼女の名前だろうか。
彼女のことは何も知らない。
彼女の膝元で泣く少女も知らない。
そして、自分が何故、こんな姿になったかもわからない。
だけど、今すべきことはわかっていた。
泣いているリアの頭を撫で、立ち上がる。
「お姉ちゃん?」
キョトンとした顔で、リアが俺を見上げる。
「大丈夫」
そうリアに言って驚いた。
俺の口から発せられた言葉は、女性の、サクラの声だった。
「すぐ片付ける」
それはハッタリではなかった。
状況を確認する。
四方を岩壁に囲まれた部屋。扉はどこにも存在しない。部屋の中央に台座と開かれた宝箱が置いてある。
あの中に俺は入っていたようだ。
迫ってくる三体の岩巨人。
その身体の内部に赤く光る玉が見える。
それぞれ、頭、右足、胸にあることを確認する。
きっとそれがコイツらの核なんだろう。
俺が核という存在だから見えるのか。
サクラが何度も攻撃して破壊した核を、今の俺なら一撃で砕くことが出来る。
ゆっくりと落ち着いて、構える。
それは、小学校時代から習っていた空手の構えだった。
はっきり言って才能のカケラもなかった。
組手と呼ばれる試合では、人に勝ったこともない。
だけど一つだけ自信のある技がある。
正拳突きと呼ばれる基礎の突き。
それだけは毎日1000回、一日も欠かさず続けてきたのだ。
サクラの身体と、この機械の装備があれば、きっと大丈夫なはずだ。
一番先頭の胸に核を持つ岩巨人が近づいてくる。
「何それ、お姉ちゃん? 本当にお姉ちゃんなの?」
空手の構えなどサクラはしたことがないのだろう。
早くもリアにはバレている。
だが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
岩巨人が俺を捕まえようと両手を広げて襲いかかる。
その岩巨人の胸めがけて、思いっきり拳をぶつける。
本来の自分の身体では成し得なかったスピードとパワーが加わり、信じられないくらいの威力となった正拳突きが岩巨人の胸につきささった。
核を砕いても勢いは止まらず、拳は岩巨人の背を突き抜ける。
ざーー、と一瞬で砂になり崩れる岩巨人。
俺は思わず歓喜の雄叫びを上げていた。