第26話 戦闘機械人形の階級【クラス】
「これで全部だ。袋はサービスしてやるよ」
機械パーツの入った袋をギアナさんから受け取る。
けっこうな容量だ。紐がついていて、肩にかけることができた。
お礼のつもりで頭を下げる。
「礼はいいよ、お得意様だからな。それとこれもオマケだ」
そう言ってギアナさんが何か書かれた一枚のカードを渡してくれる。
文字は読めないが一つだけ、理解できる文字があった。
【D】
免許証のような、そのカードには大きくそう書かれていた。
なんだろうか、これは?
首を傾げているとギアナさんが説明してくれる。
「それは、イチ、お前さんが装備している戦闘機械人形の階級だよ」
クラス? このサクラの装備はDクラスということなのか。
「サクラの奴は装備の階級なんて関係ない。ワタシが戦うんだからSクラスだ、とか言って受け取らないからな。お前さんが持っててくれ」
サクラらしい。しかし、Dクラスというのはどのくらいのものなのだろうか。
Sクラスがあるということは、随分と下のほうではないだろうか?
「なんか、ガッカリしてるな。まあDクラスは確かに下のほうだ。上にS、A、B、C、の階級があるからな」
そうなのか。確かに腕装備の筋力1.5倍はそれ程、強い効果ではないと思っていた。
「さらにその上にSSS級というのもあるみたいだが、ほぼ伝説みたいなもんだ。オレは見たことがない」
SSS級。それは特別な装備ということだろうか。
「世界で12個しかない王道の十二核。その核が発見されたダンジョンからは、特別な機械パーツが見つかるといわれてるの」
リアの言葉を思い出し、お尻のしっぽを触ってみる。
これがSSS級の装備、とかいうことはないだろうな。
どうみても、ただの可愛いアクセサリーだ。
「ああ、そういや、そのしっぽはなんだ? ただのお洒落か? ならダサいから外しといたほうがいいって、リアに言っとけよ」
しっぽがしゅーーん、と垂れ下がる。
やっぱりこれ、ダサいのか。
もしかしたら、ちょっと可愛いんじゃないかと思っていた自分が恥ずかしい。
「え、それ、動くのか。わはははっ、垂れ下がってる。悪い悪い、ダサいなんていったが、よく見たら可愛いよ、わははははっ」
豪快に笑うギアナさん。
悪い人じゃなさそうだが、歯に物を着せぬ言い方といい、だいぶガサツな人のようだ。
大笑いしているギアナさんを尻目にもう一度頭を下げて、店を出ようとする。
そこにもう一人、来客者が現れた。
「よう、ギアナ。ちょっといいか」
そこに現れたのは、ちょび髭の四十代くらいの男だった。肌はやはり褐色だ。ここらの人々は皆、褐色の肌なのだろう、と納得する。
オールバックに黒いタキシードみたいな服を着ているその男は、かなり恰幅がよく、服を突き破りそうなぐらい腹がでている。
「なんだい、ビフさん。新入荷はまだないよ」
「いや、今日はそっちじゃねえんだ。逆に買い取ってほしいものがあってな」
ビフと呼ばれた男はそう言って、腰のホルダーからコントローラーを取り出した。
リアが使っていたのと同じタイプだ。
手慣れた感じの手付きで、動かすと戦闘機械人形が店に入ってくる。
動かしている太いビフと真逆の細い銀色の戦闘機械人形だった。
中世の鎧騎士のようで、全体的に線が細かく長身だ。
中に人が入っているとしたらハリガネのようなガリガリな人しか無理だろう。
「あれ、それ売っちゃうの? ビフさん、その戦闘機械人形お気に入りじゃなかった」
「馬鹿野郎。俺がシルバを売るわけねえだろ」
どうやらビフは戦闘機械人形に名前をつけているようだ。
確かに、そのシルバと名付けられた戦闘機械人形は、ピカピカに磨かれていて、ビフがかなり愛着をもって大切にしているのが見て取れる。
「買い取ってほしいのはこっちなんだ」
そう言ってビフが再びコントローラーを動かすとシルバの右手が大きく動いた。
よく見るとシルバの手には、縄紐が握られており、その先が店の外に繋がっている。
「あっ、痛っ」
入口から首に縄をつけられた女の子がシルバに引っ張られて入ってくる。
全身に包帯が巻かれていた。
長い黒髪の頭にも、ぐるぐると巻かれ、左目が隠されている。
残った右の黒い瞳も生気を失い、完全に死んでいる。
歳はリアより少し上に見える。
身体は痩せているのを通り越し、貧相なくらいのガリガリだ。
ぼろ布の白い服を着ているが、生地のない手足は全て包帯で隠されている。
少しだけ見える肌は、包帯と変わらないような白い肌でこの地方に見られる褐色の肌ではなかった。
「細いからシルバの中に入れようと思って買った奴隷なんだがな」
ビフの奴隷という言葉に嫌悪感が湧き出てくる。
そういえばリアやサクラも大会で優勝しないと奴隷になると言っていた。
「コイツ、運動神経が悪くて、操縦核の予備にもなりゃしねえ。奴隷商に返品しようとしたら傷物は返品不可だとぬかしやがった」
包帯の少女はビフが話すたびにビクっ、と身体を震わせていた。
よほど酷い目にあったのだろう。
嫌悪感が怒りに変わっていく。
「悪いが、うちも奴隷は取り扱ってないよ。城下町のほうなら買い取ってくれるんじゃないか」
さっきまで笑っていたギアナさんも不機嫌そうに言う。
「ちっ、あそこには行きたくねえんだがな」
ビフは包帯の少女を憎々しい目で睨みつける。
ひっ、と少女が声を上げて視線を逸らした。
「ん? なんだ、おまえ、コイツに興味があるのか?」
ビフがここで初めて俺に話しかける。
じっ、と包帯少女を見ていたからだろうか。
「良かったら格安で譲ってやるぞ。戦闘には向かないが、それ以外にも使い道はあるぜ」
下卑た笑いを浮かべるビフ。
正直、救ってやりたいと思うが先立つものがない。
リアから渡された空っぽの財布を逆さにふる。
「ちっ、オケラかよ。いや、それならアレはどうだ」
ビフがそう言った時、ギアナさんが小さく舌打ちした。
「決闘だ。この奴隷を賭けてやろう。シルバに勝てば、コイツはくれてやる」
決闘? この世界は戦いで人を賭けたりするのか?
シルバに勝てば包帯少女を解放できる。
だが、当然、俺も何かを賭けなくてはいけないだろう。
ビフがじっ、と俺を見る。文字通り、俺そのものをだ。
「負けた時はおまえの核を貰う。どうだ、やってみるか?」
ビフはやる気満々だった。よほどシルバに自信があるのだろう。
「やめときな、あれはB級だ。勝ち目はない」
ギアナさんが小さく耳打ちしてくれる。
だが、俺はビフの前に立ち、正拳突きの構えをする。
「承諾、そう取っていいんだな」
ビフがニタリと笑う。
だが、すでにこの時、俺は勝利を確信していた。
ビフの顔を囲むように、それは俺の目の前に現れた。
全ての答え。
俺の目の前に大きな【○】の文字が浮かび上がっていた。




