第24話 禁断の再会【アゲイン】
拘束されていた。
坊ちゃんに殴りかかった時に、手足に付いていた鎖が背中の方に引っ張られ、坊ちゃんの顔面すれすれでその拳は止まってしまう。
「なかなか凶暴だな。期待できる」
坊ちゃんの右手にタバコサイズのスイッチが握られていた。
「やがて、ゆっくり教育してやる。今は黙ってついてこい」
坊ちゃんがさらにボタンを押すと、腰の部位から新たな鎖が出てきて身体をグルグル巻きにしていく。
ただでさえ、際どいボンテージ姿だというのに、拘束された姿は死にたくなるほど恥ずかしい。
「引っ張るぞ、こけるなよ」
鎖の一部を持った坊ちゃんが私を引っ張っていく。
両手足を拘束されている私は、ぴょんぴょんと飛び跳ねてついていくしかない。
屈辱だ。拘束が解けたら、コイツ、絶対にボコボコにしてやるっ。
研究所のような部屋を出ると、そこは長い廊下だった。下には豪華そうな赤い絨毯が敷き詰めれ、壁には高価そうな絵画が飾られている。
廊下を照らす灯は、天井から精巧な彫刻がされたシャンデリア型の燭台が均等に並んでいる。
坊ちゃんと呼ばれるだけあって、やはり随分と金持ちのようだ。
長い廊下の先に、これまた豪華な装飾がされた両開きの扉があった。横に黒い服を来た執事服の男が立っている。
坊ちゃんが近づくと執事は一礼し、扉を開ける。
そこは、さらに豪華な彫刻や絵画が並ぶ、大広間だった。
中央に丸い大きなテーブルがあり、王様が使うような椅子が対面で二つ置かれていた。
そして、その椅子の一つに全身を白い布のフードとマントで覆っている者が座っている。
「すまんな、少し遅れた」
そう言って坊ちゃんは白フードの前に座る。
私はそのまま、坊ちゃんの後ろに立たされている。
「大丈夫です。待つ事には慣れています」
それは女性の声だった。
透き通るような綺麗な声。
なんだろう。それはどこかで聞いたことがあるような声だった。
「それが亥【い】の核ですか?」
「ああ、名前にも猪の文字が入っていた。貴女が言った通りだったよ」
「そう、それは良かったです」
そう言って女性は白いフードをゆっくりと外す。
一瞬、時が止まったように見惚れてしまう。
白いフードよりもさらに白い、透き通るような白い肌。
黒く長い髪はサラサラで輝いている。
そして、部屋にある豪華な装飾品が霞んでしまうほどの美しい顔立ち。
目も鼻も口もまるで超一流の芸術品のようだ。
同じ人間とは思えないほど美しい。
もっとも、今、私は人間ですらないのだが。
「相変わらず美しいな。どうだ、今なら本妻の座が空いているが」
坊ちゃんの求婚に彼女は静かに首を振る。
「私には想い人がいます。それは悠久の時を重ねても、変わることはないでしょう」
彼女の言葉に私は急に不安な気持ちになってくる。
なんだ、聞いたことのある声、そして、その姿、私は彼女とどこかで会ったことがあるのか?
「残念だ。しかし、貴女には感謝している。これで半年後の大会を盤石で挑めるだろう」
坊ちゃんが懐から麻袋を取り出し、テーブルに置いた。
どしり、と重そうな麻袋から、はみ出した宝石が顔をのぞかしている。
「いりません。亥【い】の核が目覚めることは私も望んでいたことなのですから」
不安な気持ちはどんどんと大きくなっていく。
知っている。私は彼女を知っている。
そして、彼女も私を知っているのだ。
「よく、見せてください」
彼女は立ち上がり、私の方へやってくる。
白い手で、私を触り、顔を近づける。
小さな声。私にだけ聞こえるような小さな声で彼女は呟いた。
「お久しぶりです。猪国さん」
名前を呼ばれ、記憶が蘇る。
輪蛇 藍。
彼女の名前を思い出した。
「猪国さん、少しいいですか?」
私が犬飼くんをイチと呼ぶようになった日の放課後、隣のクラスの輪蛇さんは、私を訪ねてきた。
「え、あ、うん、いいよ」
動揺してしまう。イチの好きな人が目の前にいる。
パーフェクトクールビューティーと呼ばれる学年一の美少女。
なんだか、私が勝っている部分が見当たらない。
いや、唯一、胸の大きさだけは勝っているが、それは好きな人の趣向によっては逆にマイナスポイントだ。
「最近、犬飼くんと猪国さんが毎日屋上でお昼を食べていると噂になっていますが、二人は付き合っているのですか?」
「えっ」
どうして輪蛇さんがそんな事を知っているのか。いや、そもそも何故、そんな事を聞いてくるのか。
私は動揺してしまった。そして、言わなくていい事を言ってしまう。
「いやいやいや、そんな、私たち付き合ってないよ、むしろ、イチは輪蛇さんをっ、あっ」
「私を?」
それがきっかけだった。
その一言で、私達の作戦会議は終わってしまった。
その日の放課後にイチと輪蛇さんは付き合うことになったのだ。
「ずっとお待ちしてましたよ」
輪蛇さんが笑う。その笑みはあまりにも美しく、どこか現実離れしていて、ぞくっ、となる。
そういえば、肌の白さも前にも増して、真っ白だ。
それは生きている人間では、ありえない白さ、そう、まるで死人のような白い肌だった。
どうして、私はこんなことになってしまったのか。
亥【い】の核とはなんなのか。
私はこんな姿になったが、輪蛇さんは人間の姿をしている。
イチはどうなってしまったんだろう。
私と同じように核というものになっているのか。
それとも輪蛇さんと同じように人間の姿のままなのか。
「大丈夫です。もうすぐイチくんにも会えますから」
私の考えがわかっているかのように、輪蛇さんがそう言う。
イチに会えるという喜びより、とてつもなく嫌な予感が勝り、不安になる。
それほど輪蛇さんの笑みには不気味なものが含まれていた。
「イチ? なんだ、それは?」
「亥【い】の核の、いえ、私達の知り合いです」
坊ちゃんは、さして興味がなかったのか、それ以上聞いてこない。
「しかし、ここまでしてもらい報酬なしとは気がひけるな。なにか他に望むものはないのか?」
「そうですね、それでは」
輪蛇さんが私を見て再び笑う。
「私も半年後の戦闘機械人形の大会、参加させてくれませんか?」
あの時、私たちの作戦会議が無くなったように、また大切なものが無くなる。
輪蛇さんの笑顔を見て、私はそう思った。




