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第21話 巨大な大喰らいの岩甲虫【ロックビートル】

 

 その岩甲虫(ロックビートル)は、まさに巨大な岩のようだった。

 丸型に変形した姿は、運動会の大玉ころがしを連想させる。


「仲間を吸収して一つになった。ネームドの中でも、最上位に入るわ」


 リアがポーチからノートを取り出す。

 地図が書いてあったノートとは別のものだ。

 ページをめくると様々な魔物(モンスター)の絵が描かれている。文字は読めないが、その下に様々な説明が書かれているようだ。

 岩甲虫の絵が描かれているところでページを止め、リアが険しい顔をする。

 絵が上手い。少し可愛くデフォルメされているが、よく特徴が描かれている。


巨大な(ジャイアント)大喰らいの(ビックイーター)岩甲虫(ロックビートル)っ。ダブルネームドよ、お姉ちゃんっ」


 最初に出会ったネームドの岩甲虫よりも、はるかに強敵のようだ。


 だが、サクラは巨大岩甲虫を前に気負った様子はない。

 いつものボクシングスタイルでその場で軽くステップを踏んでいる。


「弱点は腹部だけど、丸型体型の時は手が出せないっ。あと、仲間だけじゃなく、機械パーツも食べて吸収するから気をつけてっ」


 サクラにリアの声が聞こえているのか、聞こえていないのか。

 その場で回転し、加速していく巨大岩甲虫をサクラはただ見据えている。

 すでに弱点がわかったからなのか、全ての答え(オールアンサー)は発動しない。


 俺は先程放ったロックビートル弾をワイヤーを手繰り寄せて、再び左腕に装着する。

 今の俺の実力では大した役に立たないだろう。

 リアの方を見て、ポーチを指差す。


「うん、いくね」


 うなづいたリアは、ポーチからコントローラーを取り出し、メガネとゴーグルを付け替える。

 悔しいが今はこれがベストな選択だ。


『前に進んで、隣に立って』


 サクラの隣に歩いていく。

 二人並んで、回転する巨大岩甲虫を前に立つ。


「共闘は初めてだな、リア」


 面頬(めんほほ)をしているため顔は見えないが、きっとサクラは笑っているのだろう。

 声が嬉しそうだ。


 どんっ、という轟音と共に、巨大岩甲虫が俺たちに突進する。

 ゴロゴロという可愛いものではなかった。

 巨大な大砲が放たれたように、真っ直ぐ一直線に飛んでくる。


『右に飛んでっ』


 横っ飛びで躱すが、左足をかすめる。

 ざばっ、と足のカカトが一撃で砕け散った。


 サクラはっ?

 心配して振り返ると、サクラは左手から出したワイヤーで、天井にぶら下がっている。

 どうやら、うまく避けれたようだ。


 攻撃を回避された巨大岩甲虫は壁の前で急停止し、またそこで回転し始める。

 急速なストップ&ゴーができるのか。

 壁に当てての自爆も望めない。


『左脚部の一部が破壊されました。行動が60パーセント低下します』


『スキル【砂の再生】が発動しました。ダメージが完全回復しました』


 アナウンスが同時に流れ、砕けた左のカカトが一瞬で元通りになる。

 ダンジョンの通路と違い、この大広間は砂があるので、再生が出来るようだ。

 (コア)さえ破壊されなければ、俺は何度でも立ち上がれる。


『両手をクロスして、中央に立って、そこで......』


 リアも俺の役割りをわかっている。そうだ。今、俺が出来ることは、(おとり)になり、敵の注意を引くことだ。


 巨大岩甲虫が再び、一直線に飛んでくる。


『そこで踏ん張ってっ!」


 正面から巨大岩甲虫の攻撃を左腕に装備された盾で受け止める。

 ガィン、という金属音と火花が飛び、盾が弾かれ飛んでいく。繋がっていたワイヤーもプツリと切れる。

 クロスガードした両腕もあっという間にバキバキに破壊された。

 だが、同時に【砂の再生】が発動する。


『右腕部 【AY-12R】。左腕部 【AY-12L】。ともに破壊されました』


 装備していた試験用(トレーニング)戦闘機械人形(アーマードオートマタ)の機械パーツが粉々になる中、かろうじて、腕の再生が間に合った。


 だが、巨大岩甲虫はさらに、その場で回転速度を上げ、俺を押し潰そうとする。

 再び、岩巨人(ゴーレム)木偶(デク)の両腕が砕け、弱点である核、つまり、俺が丸見えになった。

 腕の再生は始まっているが、今度は間に合わないっ。


『しゃがんでっ』


 その瞬間に、大きく前のめりになって屈み込んだ。


 つっかえていた棒のような存在だった俺が突如屈んだ為、巨大岩甲虫は勢いがついたまま、俺の背中を駆け上がる。

 ちょうど俺がジャンプ台のようになった為、大きな弧を描き、サクラがぶら下がっている、すぐ横の天井に激突した。


「ギッ、ギッギャッ」


 大広間の天井から瓦礫と共に、虫体型になった巨大岩甲虫が落ちてくる。

 仰向けになり、弱点である腹を見せている。


「お姉ちゃんっ」


「ナイスだっ、リアっ、イチっ」


 リアの叫びに反応するように、天井を蹴ってサクラが巨大岩甲虫の腹目掛けて勢いよく頭から落ちてくる。


「ぶっ潰れろっ、糞虫(くそむし)がぁああああっ!」


 サクラのフルパワーの頭突きが巨大岩甲虫の腹に突き刺さる。


 突き破られた腹から、緑色の体液が噴水のように降りかかった。

 だが、それでも巨大岩甲虫は絶命していなかった。

 サクラを腹に残したまま、再び丸型体型になろうとする。


「イチっ!」


 リアの叫びと同時に巨大岩甲虫に駆け寄る。

 巨大岩甲虫の内部に取り込まれそうなサクラの足をなんとか掴む。


 サクラの上半身は巨大岩甲虫の中に完全に取り込まれている。力を込めて、サクラを中から引きずり出そうとした時だった。


『待って』


 リアから凄まじいアドバイスが送られてくる。


『そのまま、足を持って掻き回してっ』


 マジで? 一瞬リアのほうを見て確認する。

 目がマジだった。


 中のサクラは大丈夫なのか?

 そう考えている暇もなかった。

 巨大岩甲虫を丸型体型にしない為に、サクラの足を掴んだまま、力いっぱい搔き回す。


「ギッ、ギッギャギッ」


 苦しみの声を上げる巨大岩甲虫。


「......ぶっ、こわ、れ、ろ」


 その声にかすかなサクラの声が混ざる。

 良かった。どうやらサクラは無事なようだ。


 腹の中をぶちまけられた巨大岩甲虫は、ゆっくりとその動きを止め、丸まりかけた体がぺたん、と広がる。

 そこで、ようやくサクラを腹から引きずり出した。


「こいつ、頭部装備食べやがった」


 緑の体液でドロドロのサクラの素顔が見える。

 面頬付きの兜のような機械パーツは、どうやら巨大岩甲虫に食われたらしい。


「まあいいや、今迄にない大物だ。それ以上の装備を期待しよう」


 そう言って笑ったサクラを見て、ドキッとなる。

 やはり、彼女はどことなく猪国(いのくに)さんに似ているのだ。

 顔を思い出せないのに、何故、そう思ってしまうのだろか。



「あっ、出るよっ」


 前回と同じように倒した巨大岩甲虫から、プシュー、と白い煙が吹き上がった。レアドロップだ。


 白い煙の中で巨大岩甲虫の姿が変形していく。


「期待、しちゃうね」


 リアの声にうなづく。


 煙が晴れ、そこに現れたものに三人とも注目する。


「なんだ、これ」


 サクラがそう言って、現れたそれをつまみあげる。

 それはどう見ても機械パーツには見えない代物だった。


 それは前の世界で毎日見ていたものだ。

 豆柴のマメを思い出す。


 しっぽ。


 それは茶色い大きな犬のしっぽだった。





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