第20話 岩巨人の強化【レベルアップ】
岩甲虫の群れの中心に躊躇なく飛び込んだサクラは雄叫びをあげながら拳をふるう。
鬼神の如き、暴れっぷりだった。
吹っ飛ばされた岩甲虫が次々と壁に激突していく。
俺はリアの前に立ち、彼女に流れ弾が当たらないよう気をつける。
今度はイチに少しは譲れそうだな、とかサクラは言っていたが、また全部片付けてしまいそうな勢いだ。
「油断しないでね」
リアが後ろから俺の背中に手を置いた。
「お姉ちゃんの強さには二面性があるの。防御力を捨てての攻撃特化、一撃でも喰らったらかなりやばい」
そういえば確かに最初出会った時に、岩巨人の不意打ちでダウンしていた。
心配になりサクラの方を見ると、まさに背後から後頭部めがけて岩甲虫が飛んでくる。
危ないっ、と叫ぼうとして声が出ないことに気がつく。だが、それは必要なかった。
がんっ、と背後を振り返らず、サクラはその岩甲虫をバックハンドブローで撃ち落とす。
俺がリアに操って、岩甲虫を倒した攻撃だ。百年修行しても出来ないと思っていた攻撃を、サクラはあっさりとやってのける。
「集中している時は、敵の気配とか全部わかるみたい。でも、集中が切れると普通の人より鈍感になる」
岩巨人を一体倒して油断したサクラは、驚くほどの脆さを見せた。
サクラの強さはまるでギリギリまで尖らせた鉛筆の芯のようだ。鋭いが脆く折れやすい。
「お姉ちゃん一人では大会を勝ち抜けない。今、一番必要なのは、私がお姉ちゃんをサポートできる核を見つけること」
リアが言っていた戦闘機械人形の三つ目の使用方法。
核を装着しながら人が装備して使用する方法。
確か、利点は行動をサポートしたり、中の人間が行動不能になっても外から操作できること。欠点は無茶な操作をしてしまうと中の人間が怪我をしたり、死んでしまうこと、だったはずだ。
確かに今のサクラには一番必要だ。
リアの操縦がなければ役に立たない俺よりも......
「あ、もちろん、イチの協力も超期待しているよっ。一緒に頑張っていこうねっ」
落ち込んでいるのに気がついたのか、リアが慰めてくる。
任せて、というように右手で力こぶを作るジェスチャーをする。
落ち込んでなどいられない。少しでもこの姉妹の役に立ちたい。自分の目的の為にも。
「ギッ、ギチギチッ」
サクラが討ちもらした岩甲虫が二匹程、こちらに向かってくる。
ネームドの岩甲虫に比べれば、動きはかなりスローだ。
これならリアの操縦なしでもいけそうだ。
虫体型から丸型に変形しようとしているところに、【正拳突き・鈍】のスキルを撃ち込んだ。
初めて、鈍い正拳突きがヒットし、岩甲虫は一撃で粉々に砕け散る。
動きは鈍いが威力は中々のものだ。
もう一匹は丸型に変形し、加速をつけて一直線に転がってくる。
左手をそこに向け、カチリ、と左肘のスイッチをおす。
盾型から丸型に変形したロックビートル弾が勢いよく発射された。
正面からぶつかり合い、岩甲虫がぱんっ、と弾け飛ぶ。
「やるじゃん、イチっ」
リアが俺の背中に飛び乗って喜んでくれる。
初めて自分の力で魔物を倒した。
ずっと負け続けていた空手の試合を思い出し、感慨深い想いが込み上げてくる。
その時だ。頭にアナウンスが鳴り響く。
『岩巨人の木偶がレベル2に強化されました』
おおっ、と心の中で喜ぶ。
岩甲虫二匹を倒して岩巨人のレベルが上がる。
『強度が少し上がりました。造形が少し細かくなりました』
強度が上がるというのはわかる。防御力が増えたのだろう。だけど造形が細かくなったというのはどういう事だろうか?
「ああっ、イチっ」
背中から顔を覗きこんできたリアが驚きの声を上げる。
「鼻ができてるっ!」
ハナ? なんの事だかわからなかったが、顔に違和感を覚える。右手を持っていくと確かにそこに突起物が出来ている。
触って見てわかる。ああ、これは俺の鼻だ。
しかし、これはなんの役に立つのだろうか。
匂いを嗅ぐこともできないし、鼻水もでない。
ただ、そこにある、それだけのものだった。
「へーー、ほーー、はーー、イチってそんな鼻してるんだ。ねえねえ、もしかしてイチって男前だった? モテモテだった?」
ぶんぶんと首を振る。
スポーツも勉強も大したことはなく、好きな人に告白もできなかった。
モテることなどあるはずがなかった。
いや、そういえばあの時、ただ一度だけ......
「一緒に登校してもいいですか?」
不意に蘇る記憶。
猪国さんではない。
輪蛇さんの記憶。
通学路の坂の途中にとんでもない美少女が立っていた。
太陽が照りつける中、微動だにせず立っている。
風に吹かれサラサラの長い髪がキラキラとゆれていた。
まるでそこだけが切り抜かれた映画のワンシーンみたいだった。
二人で並んで、木の生い茂った街路樹を歩く。
彼女の顔は、ボヤけてはっきり思い出せないが、とんでもなく美しかったことだけは覚えていた。
「犬飼くん、私も」
そんな彼女が俯いたまま、顔を真っ赤に染めて言った。
「私もイチくんって、呼んでいいですか?」
「イチっ」
そう呼んだのは輪蛇さんでなく、リアだった。
いつの間にか、回想の世界にトリップしていた。
危ない。戦闘中でも過去の記憶が蘇ると、その世界に浸ってしまう。
「大丈夫?」
心配そうなリアに大丈夫、という意味でうなづく。
サクラの方を見ると戦闘はあらかた終了していた。
動いている岩甲虫はほとんど見当たらず、残骸だけが散らばっている。
「なんだ、結局ネームドはいないのか」
残念そうなサクラは、まだまだ暴れたりないといった感じだ。
だが、その時、俺は異変を感じていた。
サクラにやられた岩甲虫の残骸が、明らかに少ないのだ。
最初、現れた時の群れはこんな数じゃなかったはずだ。
バリッ、という音が岩影から聞こえた。
大広間の奥、下に続く階段の東側に人間ひとりがすっぽりと隠れられそうな巨大な岩がある。
その影から、何かを噛み砕くような音が聞こえてきたのだ。
「お姉ちゃんっ! あそこっ!」
「わかってる。ついに来たな」
岩影から、3メートルを超えるような巨大な岩甲虫が姿を現わす。
その口に、サクラにやられた岩甲虫の死骸を咥えている。
バリ、バリバリ、という音と共にそれが砕かれていく。
「仲間を食べてるっ。普通の岩甲虫はダンジョンの岩や砂しか食べないっ。間違いないっ。ネームドよ、お姉ちゃんっ」
「オッケーー、燃えてきた」
リアの声に振り向かず、サクラは右拳を上に突き上げ返事する。
仲間の死骸を食べ終わった巨大岩甲虫は、さらに大きく膨れあがる。
「ギチャアアアアッアアアアァッ!!」
巨大岩甲虫の雄叫びがダンジョンに鳴り響く。
地下一階、最後の戦いが始まった。




