第2話 迷宮の姉妹【シスターズ】
「本当っ、本当に核なのっ」
いきなり眼前に現れたのは、これまで声しか聞こえなかった少女だった。
鉄の装備で身を固めた褐色の女性の手から俺を奪い取る。
撫で回すようにベタベタと触られる。
くすぐったいという感覚はないが、何故か居心地が悪い。
落ち着いた感じの鉄少女と違い、こちらは落ち着きがない。
年は十歳ぐらいだろうか。
鉄少女をお姉ちゃんと呼んでいたことから彼女達は姉妹なのだろう。容姿もよく似ているが妹のほうはメガネをかけていて、姉よりも目付きが鋭くない。
姉が綺麗系なら、妹は可愛い系といったところだ。
「青いコア。向こう側が透けそうな綺麗な青。偽物には見えないね」
自分が青い玉だということを知る。
褐色の肌に赤みがかかった茶色の髪、紅い瞳。コロコロと変わる表情。鉄少女と違い、服装は簡易な布製のものを着込んでいる。
長い髪を後ろでくくっているポニーテールの彼女が動くたびにぴょんぴょんと髪が跳ねていた。
「リア、貸して。試してみる」
「ダンジョンから帰ってからのほうがよくない?」
妹のほうはリアという名前らしい。
そして、ここはどうやらダンジョンのようだ。
ダンジョン。またゲームでしか聞いたことのないような単語。迷宮という意味だっただろうか。
自分の視界はあまり広くない。
見えるのはせいぜい姉妹の顔から胸の辺りまでだ。
どのような場所にいるのか、まるで把握できていない。
「魔物の気配はない。大丈夫だろう」
再び鉄少女の手の中に収まる。
俺を再び見つめた後、彼女は自分の胸に俺を近づける。
鉄の鎧。いや、鎧というよりは機械に近い。
大きな二つの胸の谷間に丸い穴が開いていた。
よく見るとそこから青や赤のコードが出ている。
まさか、その胸の穴に俺を嵌め込むつもりなのか。
その巨大な胸の間に俺を入れるつもりなのかっ。
「お姉ちゃんっ」
リアが突然声を上げた。
「どうした?」
「わからない。なんだか嫌な予感がしたの。そのコアから何か変な気配が......」
ぎくり、と冷や汗が流れた。いや流れた気分になった。
「なんか、上手く言えないんだけど、スケベな気配?
あるわけないのに、何かコアからヤラシイ気配がしたよ」
するどい。この子、鋭すぎる。
「何を馬鹿な」
鉄少女は気にせず俺を嵌め込もうとする。
だが、その手が止まる。
「これ、青かったのに、少し赤くなってる」
どうやら俺は興奮すると赤くなるようだ。
もし汗が出るのなら、今頃、だらだらと流れているところだろう。
「やめよ、お姉ちゃん。せめて外に出て鑑定してからに......」
「まあ、いいか」
カチリと鉄少女は気にせずに胸の穴に俺を嵌め込んだ。
「あぁーー!」
リアが悲鳴に近い大声を上げる。
「なんでお姉ちゃんはいつもそうなのっ! 呪いのアイテムだったらどうするのよっ」
「大丈夫。なんともない」
異常なしと彼女は判断したが、こちらには異常な事態が起こっていた。
彼女の胸の穴に嵌め込まれたと同時に、俺に向かって青と赤のコードが差し込まれていく。
そこから何かが流れてくる。
情報。
それは彼女が装備している鉄鎧。
いや、戦闘機械人形の情報だった。
戦闘機械人形 37式零号機
頭部 【HD-DATE】
胸部 【ZGL-XA/2】
右腕部 【AN-25R】
左腕部 【AN-25L】
右脚部 【LN-1001R】
左脚部 【LN-1001L】
エンジン 【GB-10000】
ブースター 【B-VR-33】
メイン武器 【SW-MASAMUNE】
補助武器 【WH-1700】
核 【犬飼 一郎】
木偶 【なし】
鉄少女が装備しているものは、どうやら戦闘用の機械パーツのようだ。
パーツの名称はわかったが、それがどんな効果をもたらすものかは英数字の記号からはわからない。
ただ、コアの部分の名称が自分の本名であることがわかった。
改めて、自分がコアと呼ばれる球体に変えられたことが判明する。
「本当にお姉ちゃんっ、無謀なんだからっ」
リアはそう言いながら、腰にあるポーチから何かを取り出す。
見たことがあるものだった。
四つのボタン。十字のキー。
二つのアナログスティックにタッチパッドがついている。
どう見ても家庭用ゲーム機のコントローラーだ。
「でも、これで動いたら中に木偶を入れて、戦えるね」
入ってきたパーツの情報欄に木偶と出ていた。
これはゲームでも聞いたことのない言葉だった。
「それは嫌だな。ワタシはこれを脱ぐ気はない。非常時にリアが動かしてくれるだけでいい」
「もうっ、またそんなこと言う。木偶で戦ったほうが強いんだからね。人間には可動限界があるけど、木偶にはそれがないんだから」
姉妹の会話からくる予測だが、木偶はマネキンのようなものなのだろう。
人型のマネキンに機械パーツを装備させて、遠隔操作させる。
確かにそれで戦闘が出来れば、危険は少なくなるだろう。
「外部からの操作はどうしても遅れが生じる。ワタシは木偶よりも強い自信がある」
「......お姉ちゃん、強いけど馬鹿だからなぁ。心配なんだよ」
姉に聞こえないように小声で呟いた声が俺にだけ届いた。
「ダメだ。受け付けない」
リアが残念そうな声でコントローラーを動かしている。
「反応はあるのにな。コアが壊れているのか、アーマーが壊れているのか。ここではわからない。ラボに戻って調べて見ないと......」
「そうか」
姉の方は対して残念そうにはしていない。
「まあ、綺麗なコアだし、動かなくても装着しておこう」
そう言って、俺を撫でる。
「あ、またなんか赤くなってるよ。やっぱり怪しいよ、このコア。捨てていこうよ、お姉ちゃん」
「嫌だ」
女性の胸に挟まれて、撫でられたら、健康な高校男子が照れないで入れるはずがない。
「もう、どうなっても知らないからね」
リアが苛立ってコントローラーをガチャガチャと動かす。
先程からリアがコントローラーを動かすたびに、頭に信号のような機械音声が流れてくる。
『前へ進んでください』
『右手を上げてください』
『上に飛んでください』
しかし、それを実行することはできない。
本来なら機械のパーツを動かすことが出来るのかもしれないが、その方法がわからなかった。
「よし、一旦帰還しよう。リア、案内を頼む」
「はいはい、じゃあ、来た扉から......」
そう言いかけたリアの言葉が止まる。
「扉、なくなってる」
俺からは確認できない。
視界は狭く、見えるのはリアの愕然とした顔と、挟まれている巨大な胸だけだ。
「魔物の気配だ」
姉の声は何処か高揚していて、嬉しそうにも聞こえた。
「お姉ちゃんっ、地面盛り上がってるっ、ゴーレムっ」
「守護者かっ」
目の前の地面から、巨大な何かが現れる。
ゴツゴツとした岩の巨人。
目も鼻も口もない。
だが、その岩巨人は胸にはまっている俺をじっと見ている気がした。
「倒すぞ、リア。サポートを頼む」
そして、ゴーレムとの戦闘が始まった。