第18話 悪夢の中の囚人【プリズナー】
第一章の終わりに用語設定資料を付け足しました。
補足的な説明なので読まなくても特に問題はありません。
忘れたりした場合に参考にしてください。
醒めない悪夢はさらに加速していった。
金色機械の坊ちゃんが、ガーディアンと呼ばれる人型のスライムを腕から炎を出して、ドロドロに溶かしていた。
人の形を保つことが出来ずに崩れるスライム。
うねうねと苦しそうに震えるように動いている。
「さて、とどめは亥【い】の核にさせなくてはな」
「どうぞ、坊ちゃん」
坊ちゃんは鉄マスクに持たせていた私を受け取ると、それを崩れたスライムに近づける。
いやだ。やめて。何をするの。
心の中で叫ぶが声は出ない。
「いくぞ、亥【い】の核」
私のことをそう呼ぶと、坊ちゃんは私を大きく上に振りかぶる。
そして、地面のスライムめがけて、私を振り下ろした。
しばらくの間、気を失っていた。
気がついた時、私はガラスのケースに入れられていた。
違うどこかに運び出されたのか。
なにかの研究室だろうか。
見たこともない様々な機械に囲まれていた。
そこに何人か研究者のような人間がいる。
皆、一様に白衣を着て白いマスクと白い手袋をしている。
「洗浄開始します」
そのうちの一人がそう言うと、ガラスケースの上から大量の水が流れてくる。
身体中に、こびりついていたスライムの残骸が洗い流される。
あの坊ちゃんとかいう金色機械が、私を何度もスライムに撃ち込んだのだ。
頭がおかしくなりそうだ。
何がなんだかわからない、荒唐無稽なこの悪夢は一体いつまで続くのか。
早く悪夢から目覚め、イチに会い、あの言葉の続きを聞かないければならない。
「終わったか?」
私の洗浄が終わった時に、金色機械の坊ちゃんが現れる。顔を覆っていた金色の機械仮面が外れていた。
金髪のサラサラヘアーが真ん中できっちり分かれていた。青い瞳に大きな鷲鼻。眉毛が太く、かなり濃い顔立ちだ。年は二十歳くらいだろうか。
ザ・アメリカン。それが坊ちゃんの第一印象だった。
「坊ちゃん。こちらを」
ケースから出された私を受け取ると坊ちゃんは、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
「スライムガーディアンの核は?」
「こちらに、傷は培養液で再生しました」
坊ちゃんの視線の先に小さな赤い玉が入った水槽があった。
あれがスライムガーディアンの核なんだろうか。
「複写【コピー】」
坊ちゃんが水槽の赤い玉に向かってそう言った。
しかし、何も変化はない。
「よし、僕は主人に認識されていない」
嬉しそうにそう言った坊ちゃんは私に向かって言う。
「亥【い】の核。アレに向かって複写【コピー】と念じろ」
何を言っているのかわからなかったが、この男の言うことを聞くのは嫌だった。
拒絶反応。生理的に受け付けなかった。
「早くしろ。でないと貴様を舐めくり回すぞ」
坊ちゃんが顔の前に私を近づけて舌を出す。
人間に見えなかった。気味の悪い爬虫類が連想され、全身が怖気立つ。
嫌だ。嫌だ。助けて、イチっ。
私は仕方なく複写【コピー】と水槽の赤い玉に向かって念じる。
変化はすぐに起きた。
ごぼっ、と水槽の中の水が盛り上がり、変化していく。
水槽から水は溢れ出し、徐々に人の形に変わっていく。
洞窟で見た人型のスライムがまたここに現れる、そう思っていた。
しかし、それはまた別の人型スライムだった。
体型がまったく違っていた。
洞窟のものより、一回りほど小さく、平だった胸の部分に大きな膨らみが二つあった。
女性だ。今度のスライムは女性の形をしたものだったのだ。
水で出来ているとはいえ、服を着ていない女性スライムになんだかエロチックだな、と思ってしまう。
だいたい、胸がデカすぎる。メロンが二つ入っているような巨大な胸。やりすぎじゃないだろうか。あそこまで巨大な胸の女性など、クラスにもほとんどいなかった。
そう、自分をのぞいて......
えっ、まさか、このスライム?
いやあああああああぁ
声にならない叫び声をあげる(もともと声は出ない)。
目の前のスライムは、私を形どったものだった。
巨大な胸がぷるんぷるん、揺れている。
「ほう、これはなかなか凄まじいな」
坊ちゃんが食い入るようにそれを見る。
「大変立派なものをお持ちのようです」
周りの研究員達が鼻血を垂らしていた。
やめて、いや、やめてっ。まだイチにも見せたことないのにっ。
これはもう裸を見られているのと変わらない。
しかし、隠そうにも坊ちゃんの手に握られた私は全く動けない。
「坊ちゃん、エメラルドグリーンの亥【い】の核が、真っ赤に染まってます。これ以上は......」
「ああ、そうだな。機械パーツを持ってこい」
機械パーツが何なのかわからなかったが、研究員が服のようなものを持ってくる。
テキパキと私を形どったスライムにそれを着せていくのを見て、少しだけ安堵する。
だが、着せ終わった服を見て私は絶句する(もともと声は出ない)。
「坊ちゃん、装着完了しました」
「うむ」
そこにはSMの女王様が着るようなボンテージ衣装に身を包んだ私の形をしたスライムが立っていた。
際どいVラインの黒の衣装は胸がさらに強調され、その真ん中に穴をはめ込むような空洞がある。
それが足のガーターベルトとコードのようなもので接続されており、益々エロさが増している。
そして、手と足には銀の鎖が巻きついていて、その全てが背中の方に伸びて繋がっている。
更に頭部には、黒い全頭拘束マスクが被された。
兄貴が隠していたエロ本でしか見たことのない格好を私の形をしたスライムがしている。
あまりの恥ずかしさに思考は完全に停止していた。
「では、始めるぞ」
何を始めようというのか。
坊ちゃんは、SM女王となった私型のスライムの胸の穴に私を近づける。
「坊ちゃん、お気をつけ下さい」
周りの研究員達から緊張の色が伝わってきた。
カチリ、と私が胸の穴にはめ込まれると、急に視界がクリアになった。
これまでの狭い視界ではなく、久しぶりに人としての視界を取り戻したことを実感する。
同時に自分の身体が動くことに気がついた。
手を動かすとジャラリ、と繋がった鎖から音がする。
まさか、今、私はSM女王スライムの身体に入り込んでいるのか。
「動けるようだな。亥【い】の核よ」
坊ちゃんが満面の笑みを浮かべ、私に話しかけてくる。
「いいか、お前はこれから......」
坊ちゃんが何かを言おうとしたが、関係なかった。
動けるようになったら最初にしようと思っていたことを行動に移す。
私は全力で坊ちゃんに殴りかかった。




