第14話 岩甲虫の魔物【モンスター】
正拳突きの構えを取り、再び丸くなった岩甲虫と対峙する。
距離は二メートルくらいか。リアを背にして、そちらに危害が及ばないようにする。
岩甲虫の下の地面が擦れるような音が聞こえてきた。
丸い身体が回転している。どうやらその場で回転して勢いをつけられるようだ。
「来るよっ」
リアが叫んだと同時に岩甲虫が跳ねた。
最初の転がってきた攻撃と違い、バウンドして向かって来る。
一直線に俺の顔面に飛んできた。
せいやっ、と心の中で叫び、【正拳突き・鈍】のスキルで迎え撃つ。
しかし、まったく間に合わず、岩の塊が顔面に直撃した。
ごつんっ、という派手な音と共に衝撃が伝わってくる。
『頭部に55のダメージ。あと445ダメージで頭部が破壊されます』
大したダメージではなく、痛みもない。破壊されても岩巨人の【砂の再生】スキルで回復できる。
自分の核さえ守っていれば、やられることはないはずだ。
落ち着こう。敵を観察し、最初の一撃を当てることに集中しよう。
俺の顔面に当たった岩甲虫は、丸まった身体のままで跳ね返り、ダンジョンの壁に激突する。そのまま再び跳ね返り、また壁に当たる。
バン、バン、バン、とダンジョンの通路の壁に当たるたびにスピードが増していき、まるで小さな箱の中で跳ねるスーパーボールのようになっている。
「嘘っ、岩甲虫がこんな動きをするなんてっ」
リアが驚いて声を上げる。
ザコの小型モンスターしか出ないとリアは言っていた。
だが、この岩甲虫の動きはザコという感じはしない。
「気をつけてっ、ネームドモンスターの可能性が高いっ」
ネームドの意味は分からないが、とにかく強敵なのだろうと認識する。
うなづいて、さらに集中して岩甲虫を観察する。
スキル【全ての答え】が発動するのを期待していた。
しかし、それはいつまでたっても発動されない。
がんっ、がんっ、がっ、がっ、がんっ、と連続して攻撃を喰らう。
『頭部に35ダメージ。脚部に45ダメージ。腰部に38ダメージ。腕部に32ダメージ。頭部に38ダメージ。あと...... いっぱい攻撃を受けると破壊されます』
あまりに連続で攻撃を食らったので、アナウンスが途中で計算を諦めたっ。
一つ一つのダメージは大したことないが、連続で喰らうとまずいことになる。
大事をとって早めにスキル【砂な再生】を発動させよう。
地面に手を置き、砂を吸収しようとした。だが、しかし。
『砂がないため再生できません』
俺が発見された部屋と違い、ダンジョンの通路や壁は白いブロックに覆われている。
どうやら砂以外のものは吸収できないようだ。
ガンッ、ガンッ、ガンッ、とさらに岩甲虫の攻撃を喰らう。
『速度20パーセント低下。強度30パーセント低下。攻撃力25パーセント低下』
まずい。岩巨人の木偶が削れていき、身体能力が低下していく。
試験用の戦闘機械人形には防御力も無い上に特別な付与もついていない。
【正拳突き・鈍】は当たらないし、【全ての答え】の発動条件もわからない。
あれ、これ、俺、勝てないんじゃないか?
空手の試合で一度も勝てなかった、かつての自分を思い出す。
頭が真っ白になり、パニックになりかけたところにリアの声が聞こえてきた。
「操縦、するよ」
背後にいるリアの方を向く。
メガネをかけた紅い瞳が俺を真剣な目で見ている。
こんな状況なのにすぐに操縦しなかったのは、俺を尊重してくれたのだろう。
俺がうなづくと、リアは普段のメガネを外し、ポーチから取り出した分厚いゴーグルを装着する。
サクラとの戦闘の時は余裕がなくリアの姿を見ていなかった。
コントローラーを握るリアの身体から紅いオーラのようなものが出ているイメージが湧く。
やだ、リアさん、すっごいかっこいい。
『右に30センチよけてっ、すぐさま、後方に50センチのけぞってっ』
リアの指示通りに動くと目の前を岩甲虫が飛んでいく。すぐさま壁に当たって跳ね返ってくるが、それもギリギリで避ける。
『左に45センチっ。右斜め下30センチ屈んでっ』
これまでアホみたいに喰らっていた岩甲虫の攻撃がまったく当たらなくなる。
サクラとの戦闘では、姉妹なのでサクラの動きを知っていたから互角に戦えたのかと思っていた。
違う。リアの操縦技術は俺の予想を遥かに上回る程の腕前だったのだ。
俺のいた世界でリアのような子供が、格闘ゲームの世界大会で優勝するのをテレビで見たことがあった。
もしかしたらリアは、戦闘機械人形を操る技術において、同じくらいすごい力を持っているのかもしれない。
『右、左、左、下、右っ、屈んでっ、飛んでっ、今だっ』
「そこだっ」
リアの気合いのこもった声が響く。
『前を向いたまま、右腕をまっすぐ伸ばして、そのまま背後にぶん回せっ』
バックハンドブロー。空手でいうところの裏拳が後頭部を狙ってきた岩甲虫にヒットする。
がいんっ、と小気味良い衝撃音と共に岩甲虫は吹っ飛び壁に衝突する。
「ギギ、ギチギチギチギチ......」
岩甲虫が苦しそうな声で丸型体系から虫体系に戻っていく。しばらく悶えていたが、その動きがゆっくりになっていき、やがて完全に停止した。
「ふう」
リアがゴーグルを外し、操縦をやめる。
俺の視線に気がついたのか、こちらを見て親指を立てる。
「やったね、イチ」
俺を操縦していた時とはまるで別人のような、可愛い少女の笑顔に打ちのめされる。
圧倒的なリアの実力を垣間見る。
戦闘機械人形を外から操ることにより、360度の視点で戦えることが出来る。
正面しか見えない自分に、最後の裏拳を当てることは何百年修行しても無理だと思った。
「あれ、どうしたの? イチ?」
落ち込んでいる俺に気がついたリアが話しかける。
王道の十二核と大層な名前で呼ばれ、自分が強いと勘違いしていた。
こんな力で、姉妹を助けようなどと思っていた自分が恥ずかしい。
今の俺はリアにも、サクラにも全く叶わない。
「大丈夫だよ。これからみんなで強くなるんだから」
そう、リアが言った時だった。
完全に動きを止めていた岩甲虫から、突然、プシューー、と白い煙が吹き上がった。
まさかっ、まだ生きていたのかっ。
慌てて戦闘態勢を取ろうとした俺の前にリアが一歩踏み出す。
「大丈夫。これは......」
白い煙の中で岩甲虫の姿が変形していく。
なんだ、これは?
岩のような外観だった岩甲虫が、機械のように変わっていく。
「レアドロップよ」
煙が晴れるとそこには、機械パーツが転がっていた。




