第12話 同じ世界の別場面【アナザーサイド】
最初に感じたのは閉塞感。
暗闇の中、どこかに閉じ込められていると思った。
四方に壁の存在を感じるけど、何も見えない。
身体を動かそうとして、まるで動けないことに気がつく。
おかしい。指先一つ、動かせない。
拘束されいる? 何かの薬かを打たれた?
陸上部で鍛えた自慢の足、その感覚がまるでない。
一体、今、私はどういう状況なの?
思い出そうとしたが、思い出せない。
昨日までは、普通の一日だった。
いや、そうだ。いつもとは違っていた。
高校一年の夏休み前の教室。
夕方の日差しが窓から入り、教室をオレンジ色に染めていた。
そこに彼が真っ赤な顔をして立っていた。
彼は私に何を言おうとしているのだろう?
心臓が高鳴り、激しく動く。鼓動が彼に聞こえないか、心配になった。
多分、私の顔は、彼以上に真っ赤になっている。
それを少しでも隠そうと下を向く。
「俺はっ」
彼の声が聞こえて、前を向く。
その時に異変に気がついた。
オレンジ色に染められていた教室が眩しい光に包まれていた。
「イチっ」
最後の記憶は、私が彼の名前を叫んだところで終わっていた。
何かが起こったのだ。
あの時、教室で。
一体何があったのか。
自分の事もだが、彼がどうなったのか、心配でたまらない。
早く、ここから出なければっ。
何者かに捕らえられたのだとしたら、どうにか脱出し彼を救わなくては。
その時だった。
壁の向こうからいくつもの足音が聞こえてきた。
相変わらず身体は全く動かないが、その分、聴覚が研ぎ澄まされているのか、やけにクリアに聞こえくる。
足音はこちらに向かって、どんどんと近寄ってくる。
「坊ちゃん。アレを」
男の声が聞こえた。少し興奮気味の声だ。
「ああ、予定通りだ。具現化された」
また別の男の声。坊ちゃんと呼ばれる男だろうか。
具現化という聞き慣れない言葉を言っている。
「二人で開けろ、ガーディアンに気をつけろよ」
「了解です。解除にかかります」
ガーディアン? また耳慣れない単語を聞く。
私は一体、何に巻き込まれているんだろう。
テレビ番組のドッキリだ。
そう思うことで気持ちを落ち着かせようとする。
「開きます。鍵はかかっていません」
箱か何かに閉じ込められているの?
ぎぎぎ、という音と共に頭上から光が差し込む。
岩で出来たごつごつとした天井が見える。
ここは洞窟の中なのだろうか。
その時、視線を遮るように、大きな影が私を覆った。
ひぃ、と心の中で叫ぶ。
声は出そうと思ってもでなかった。
私の頭上に巨大な二つの顔が見えた。
鉄のマスクをした二人の巨人。
助けて、助けてっ、イチっ!
叫びながら、この時、信じられない事に気がついた。
イチの顔が思い出せない。
何故? どうして? 私は彼のことを、ずっと......
巨人の手に掴まれても、私は呆然としていた。
「核です。エメラルドグリーンの見事な核です」
コア? なんのことを言っているのだろう。
それよりも思い出さないといけない。
「よし、その核が本当に王道の十二核か、すぐに調べろ」
ゾディアックオブトゥエルヴコアとか、もう何かの呪文にしか聞こえない。
そうか。これは夢なんだ。
目が覚めたら、きっといつもの自分の部屋にいるはずだ。
鉄マスクの巨人は、私を掴んだまま移動する。
坊ちゃんと呼ばれていた男の姿は見えない。
もう一人の巨人が何かを運んでくる。
それは学校の教室でいつも見ていたものだった。
巨大なパソコン。
私よりも大きなその画面の前に、鉄マスクの巨人は私を置く。
やはり、これは夢なんだ。
パソコンの画面に私の姿が映る。
玉。それはただの丸い球体だった。
まさか、コレが私だというのか。夢だとわかっていても笑えない。
鉄マスクがパソコンから伸びたUSB端子を私に差し込んでくる。
早く覚めて、この夢から。私はただ、それだけを祈っていた。
「核の名前、出ましたっ。猪の文字がありますっ。亥【い】の意味を持つ12番目の核ですっ」
鉄マスクが大声で叫んでいる。
『猪国 蘭』
パソコンの画面に大きく私の名前が表示されていた。
「あの預言者は本物だったな。11番目の戌【いぬ】の核が目覚め、最後の亥【い】の核が現れる。まさにその通りだっ」
坊ちゃんと呼ばれる男の声が上擦り、高くなる。
「クッ、クックッ、コレでもう、あの姉妹に勝ち目はない。アイツら、僕に逆らった事を死ぬほど後悔させてやるっ。クッ、クッハハハハハッ」
込み上げる笑いを我慢出来ないといった感じで、坊ちゃんは笑い出した。
姿は見えない。
なのにその笑い声だけで、全身が震えるように怖気立つ。
「流石です。弱者にも全力で挑まれる坊ちゃんは、まさに機械闘士の鏡です」
鉄マスク巨人が坊ちゃんにおべんちゃらを言った時だった。
ぼとん、と洞窟の天井から何かが降り注ぐ。
最初、それは水の塊が落ちてきたと思った。
だが、それはうねうね、と不気味な動きをした後、人型に変形していく。
あっという間に、鉄マスク巨人と同等の大きさにまでなっていた。
「守護者っ。スライムのガーディアンですっ」
鉄マスク巨人が叫んだと同時に、スライムと呼ばれる水人間が素早く鉄マスク巨人に抱き着いた。
「あ、ああっ、うああああっ」
溶けていた。
鉄のマスクが剥がれ、中から人間の顔が出てくるが、それも半分溶けている。
鉄の装備に覆われた全身も同じように溶解していき、もはや人の形を留めていない。
「坊ちゃん、下がってください。ここは貴公が」
「いや、いい。すこぶる気分がいい。僕がやる」
もう一人の鉄マスクを制し、坊ちゃんがスライムの前に出る。
その姿を初めて見る。
まばゆいばかりの金色の装備が全身を包んでいた。
電飾だろうか。まるで、クリスマスに見たイルミネーションのように、様々な部位が光っている。
悪趣味な機械人形。
それが、坊ちゃんを最初に見た私の印象だった。
「核を取り出し、亥【い】の核の木偶にしてやるか」
ヌルヌルとスライムが坊ちゃんににじり寄る。
半分溶けていた鉄マスクは、崩れ落ちただの肉の塊となっていた。
イチ。
心の中で彼の名を呼ぶ。
しかし、彼の顔は思い出せない。
早く、この悪夢から目覚めて、思い出したい。
そう強く願ったが、悪夢はいつまでもたっても覚めることはなかった。




