第11話 最果ての記憶【メモリー】
教室に着いたのは朝七時ジャストだった。
まだ、誰も教室にはいないだろう。
一番乗りというのはなぜか少し心が踊る。
ゴールデンウィークが終わったばかりで、まだ暑くも寒くもない、心地良い気温を感じながら、ドアを開ける。
そこに彼女は立っていた。
ドアを開けた僕に気がついたのか、ゆっくりとこちらに振り向く。
その顔はやはりボヤけていてはっきりとわからない。
だが、彼女から焦りを感じる。
バツの悪そうな笑みを浮かべ、慌てて何かを隠そうとする。
チラリと見えたそれは、可愛い封筒の便箋だった。
どうやら見られたくない現場に遭遇してしまったようだ。
彼女は手紙を誰かの机の中にいれようとしていた。
その机が誰のものかすぐにわかった。俺の前の席に座る、学校一のイケメン、竜崎君の机だった。
「それって......」
「あ、あはははっ」
彼女は誤魔化すように笑う。
普段は猪突猛進という言葉がよく似合うスポーツ女子。陸上部に所属している彼女は、グラウンドをいつも弾丸みたいに走っている。
恋愛よりもスポーツに青春をかけるタイプだと思っていたが、どうやら竜崎君にラブレターを出そうとしていたようだ。
「あの、それぐちゃぐちゃになってるよ」
「えっ、あっ、うわっ」
彼女は動揺してさらに手紙を握りしめてしまう。
「もう、これ、渡せないや」
いつも明るい声の彼女は、少し悲しい声で俯いた。
「ごめん、俺のせいだ」
「う、ううん。違うよ」
二人とも俯いてしまう。
しばらく沈黙が続く。
「けど、⌘‰§£さんが竜崎君を好きだったなんて、驚いたよ」
沈黙に耐えられなくなり、言わなくていい事を言ってしまう。
「えっ」
彼女が驚いた声を出す。
どうしてわかったの、という驚きだろうか。
「いや、そこ、竜崎君の机だから」
「あ、あーー、ほんとだ。そうだねっ、うん、これは机だねっ、デスクだねっ」
かなり動揺しているのだろう。
言動が支離滅裂だ。
「しかし⌘‰§£さんは凄いな。俺なんてとても告白なんかできないよ」
さっきまで動揺して悶えていた彼女が、いきなり俺のところまで詰め寄ってきた。
瞬間移動したみたいに早い。さすが陸上部だ。
「なに、なになになに、犬飼君、好きな子いるの?」
ものすごい食いついてきた。
「い、いるよ」
なんとか答える。
というか顔が近い。顔と顔がくっつきそうになり、思わず顔を背ける。
「うそっ、ほんとにっ? 誰なの? 私のバレたんだから犬飼君も言ってよっ」
背けた顔を彼女は両手で挟み込み、無理矢理正面を向かされた。これ、男女逆なら襲われているみたいだ。
「わ、わかった、言うよ。俺が好きなのは......」
この時、俺は彼女に嘘をついてしまった。
彼女の事が好きだったのに、叶わぬ恋だと思って違う人の名前を言ってしまう。
後に俺はそれを死ぬほど後悔することになる。
「再生したっ、お姉ちゃん、再生したよっ」
気がつけば、そこは姉妹の研究室だった。
試験管のような物の中に入れられ、緑色の液体で満たされている。
そうだ。リアに操縦してもらってサクラと戦っていたはずだ。
決着はどうなったのか。
最後の記憶はサクラに全力で拳を放ったところで終わっている。
「よかった。ぶっ壊れたと思ったよ」
サクラとリアが試験管の中で浮かんでいる俺を二人で見つめている。
どうやら、俺は危機一髪だったようだ。
「大丈夫? ごめんね、イチ」
リアが申し訳なさそうに謝ってきた。
「最後の攻撃、カウンターでやられちゃった。お姉ちゃんが核に直接攻撃してくるとは、思わなかったの」
どうやら、サクラのカウンターが俺に直撃したらしい。よく壊れなかったものだ。
「すまん。戦いに熱中すると頭が真っ白になるんだ」
サクラが申し訳なさそうに謝る。
「私も調子に乗りすぎたよ。でもね、お姉ちゃんの言ったことなんとなくわかった気がしたよ。一緒に戦ってイチが悪いコアなんかじゃないって、そう思った」
どうやらリアも俺を信用してくれたようだ。
ほっ、とない胸をなでおろす。
「いやしかし、ヒビが入った時はびっくりしたな。よかったよ、再生して」
「本当だよっ、お姉ちゃん、馬鹿力なんだから自覚してよっ」
ヒビが入っていたのか。本当に危なかったな。下手すればすべてが終わっていた。
それは避けなければならない。
俺にはまだやる事があるのだ。
意識がない間にあの時の記憶が蘇っていた。
思い出したくない記憶。告白しようとする前の、二カ月前の記憶だ。
彼女に嘘をついたまま、告白もできないまま、俺はこんな姿になってしまった。
彼女に会える日はもう二度とやってこないかもしれない。
もし、今、涙が流せるなら俺は号泣していただろう。
「お姉ちゃん、なんかイチ、プルプルしてるよ。怒っているんだよっ、もっと謝ってっ」
「ご、ごめんな」
別に怒ってはいないのだが、勘違いされてしまう。
「それと、イチにちゃんとお願いして」
「ワ、ワタシがするのか」
リアはあたりまえよ、と言った感じで強くうなづく。
何か頼み事があるのだろうか。
「わ、わかった。えっと、イチ、さん?」
敬語で話そうとしたサクラだが、慣れてないのか辿々しい。
「実はワタシ達はとある事情で、半年後、戦闘機械人形の大会で優勝しなければならない」
バトルオートマタの大会?
この世界では、そんな大会が開催されているのか。
「もし優勝出来なければ、ワタシ達は奴隷として売られ、地獄のような生活が待っている」
あまりの事に一瞬、思考が停止する。
奴隷? この二人が? あんなことやこんなことをされるというのかっ。
「だからワタシ達は強くなる為にダンジョンに潜って、強い機械パーツを探していたんだ」
ダンジョンに機械パーツが落ちていることを疑問に思ったが、黙って聞く。
もっとも喋れないので、聞くことしか出来ないが。
「そこでイチ。お前と出会った」
もうサクラは敬語をやめている。
熱い紅い瞳で俺をじっ、と見つめている。
「運命という言葉など今まで使ったことはなかったが、これはきっと運命なんだと思う」
運命というものがあるなら、確かにそうなのかもしれない。
コアとして、目覚めてすぐ二人と出会った。
俺は彼女達を救う為にこの世界に来たのかもしれない。
「イチ、ワタシ達と共に戦闘機械人形の大会に出てくれないか」
うなづくことはできない。
だが、心の中でYESとうなづく。
「お姉ちゃん、イチ、光ってる。オッケーてことかな?」
「ああ、そうだな。ありがとう、イチ」
この世界で姉妹と共に戦い生きていく。
それが正しい答えだと思った。
あの時、彼女に嘘をついて、後悔した。
もう二度と間違った選択はしたくない。
全ての答えという俺のスキルは、そんな俺の想いで発動したのではないだろうか。
だが、この時、俺の目の前にいきなり大きな【✖️】という文字が浮かび上がる。
姉妹には見えていないようだ。
俺だけに見える巨大な【✖️】の文字。
全ての答えのスキルが発動したのか?
まさか、俺は選択を間違えてしまったのか?
不気味な【✖️】は、まるで俺を嘲笑うかのように、しばらく消えず、目の前に在り続けた。




