第10話 勝利への答え【アンサー】
「イチっ、貴様っ!」
サクラに背を向け、リアに向かって突進した俺の背後からサクラの怒声が鳴り響く。
突如、向かってきた俺に、リアも恐怖と驚きで固まっている。
「リアを人質に取る気かっ」
そんなつもりは全く無い。
俺の目的は別にあった。
檻の外にいるリアと柵越しに向かい合う。
そこから俺はリアが腰に装備しているポーチを指差した。
「えっ、何? これ?」
敵意がないのが伝わったのか、リアがホッとした顔でポーチを持つ。
「なんだ、違うのか」
背後から感じていた凄まじい殺気も消える。
よかった。核を壊されるかと冷や汗をかいた。汗、出ないけど。
「この中の何かがいるの?」
リアの問いに首を大きく縦に振る。
ポーチの中でぼんやり光るものがある。
それはきっとサクラと戦うために必要なアイテムだ。
「まさか、これ?」
リアが取り出したのは、ダンジョンで一度見た、あのコントローラーだった。
四つのボタン。十字のキー。二つのアナログスティックにタッチパッドがついている家庭用ゲーム機のようなコントローラー。
それが淡い光を放っている。
俺は更に大きくうなづいた。
「でも、これ操作出来なかったよね? 何に使うの?」
確かにダンジョンでリアが俺を操作しようとした時、全く動くことは出来なかった。
しかし、リアが操作するたびに、俺の頭にはアナウンスが流れていたのだ。
『前へ進んでください』
『右手を上げてください』
『上に飛んでください』
あの時は、サクラの意識が残っていて、身体を動かすことは出来なかったが、今ならコントローラーの指示通りに動くことが出来るはずだ。
リアを指差して、その後に実際は手にはないが、コントローラーを動かすような指の動きを、リアに見せる。
「私に操作してほしいの?」
頷いて、ぐっ、と親指を立てる。
「えっと、いいのかな? お姉ちゃん?」
背後のサクラに質問するリア。
振り向くとサクラも俺と同じように、ぐっ、と親指を立てていた。
「だ、大丈夫なのかな」
恐る恐るといった感じでリアがコントローラーを操作する。
『右腕を大きく回してください』
指示の通りに右腕をぶんぶんと大きく回す。
『左腕を垂直に上げ、手首を手の平を下に向けるように直角に曲げてください。右腕は肘を曲げ、肘から先を平行に手の平は上を向かせてください。同時に右脚を上げて膝を曲げ、膝から先を平行に曲げ、片脚で立ってください』
言われた通りにやってみる。
これ、シェーーのポーズじゃないかっ。
「少し時間差はあるけど、ちゃんと操作できるみたい」
長いアナウンスも一瞬で頭に入ってくる。
考えて行動するというより、動きのイメージが流れてくるといった感じだ。
「私に操作されて、お姉ちゃんと戦いたいの?」
力強くYESとうなづく。
十二核スキル【全ての答え】レベル1【簡単なヒント】。
どこまで信用していいかわからないが、サクラと互角に戦うには、そのスキルに頼るしかないと思った。
「それ、ちょっと面白そうかも」
リアの顔に笑みが浮かぶ。
「お姉ちゃんとは、姉妹喧嘩もしたことなかったからね」
振り向くとサクラも笑っていた。
「妹といえど手加減しないぞ」
「こっちこそ」
お互い向き合って、第二ラウンドが始まる。
『両手を握りしめ、顔の前に構えてください。左足を一歩前に出して膝を軽く曲げてください』
それはサクラと同じ構えだった。
鏡合わせのように対象な姿で向き合う。
「そんな鈍そうな身体で、ワタシと同じスタイルで戦うつもりか?」
そう言ってサクラは残像が残るような素早い左パンチを繰り出してくる。
ジャブだ。避けようがないと、思っていた。
『顔を20センチ、右に避けてください』
それはサクラがジャブを放つ前から聞こえていた。
避けたところに顔面すれすれのパンチが飛んでくる。
『右拳を真っ直ぐに突いてください』
避けている時には、もうアナウンスが流れている。
サクラの姿を確認する余裕はない。
ただ、言われるままに右拳を突き出した。
がんっ、という鈍い音と、確かな手応え。初めてサクラに攻撃が当たる。
ずざざざっ、と砂と足の裏が擦れる音と共に、サクラが反対の柵まで飛ばされていた。
両腕をクロスして、拳を受け止めたのだろう。
攻撃はガードされ、ダメージはないようだが、サクラの表情は険しくなっている。
「やるじゃないか、リア」
「ずっとお姉ちゃんの戦いを見てきたからね。攻撃パターンは全部わかってるよ」
へへん、と笑うリア。対してサクラの表情は険しくなる。
それが、サクラの表情を見た最後だった。
サクラが右手で耳の後ろあたりを触るとシュッと、首の下に収納してあった面頬が顔を隠す。
「こっからは、本気の本気だ」
「上等。こっちも本気でいくよっ」
サクラが遥かに遠い距離から左ジャブを放つ。
届くわけがなかったがリアからのアナウンスが聞こえる。
『大きく右に避けてください』
右に避けた横をシュンっ、と何かが横切る。
それはロープのようなもので、サクラの左拳から放たれたものだった。
先の方にフックが付いていて、自分の背後の檻に引っかかる。
それと同時に収縮するロープに引っ張られ、サクラが地面を蹴って一瞬で目の前に接近する。
これまでのサクラとは比べ物にならない、桁違いのスピードだった。
右パンチ、左パンチ、右パンチ、左ローキック、右ハイキック、右、左、右、左、左っ。
マシンガンの連射のように繰り出される攻撃。
だが、その攻撃をリアのアナウンスでギリギリでかわし続ける。
『右に30センチ。後ろに半歩下がって。膝を曲げて。左斜め45度に傾いて。そのまま、真上に右拳を突き上げて』
いつのまにかアナウンスは、敬語ではなくなっていた。
リアの闘志を伝えるようにどんどんとアナウンスは荒くなっていく。
『半歩踏み込めっ。頭を下げながら、懐に突っ込めっ』
「突っ込めっ、そこだっ」
アナウンスの声とリアの声がシンクロする。
「全力で撃てっ!」
『全力で撃てっ!』
すべての力を込めた拳がサクラに向かって放たれた。




